第百五話
「……寺」
微睡む中に、声が聞こえた。あと五分と身動ぎする。
「大円寺穂香!」
「は、はい! 起きます!」
穂香は、耳元で聞こえた声に飛び起きた。ズレていた眼鏡をかけ直し、茶色の短めの髪を整えた。
「何昼間っから眠りこけてんだ?」
上司の怒り顔に、彼女は苦笑いを浮かべる。
「すみません、徹夜続きで」
あくび混じりに言った彼女の言葉に、彼は呆れるようにため息をついた。
机に手をついて、身を乗り出す。
「モニタリングに夢中になりすぎだ」
「仕方ないじゃないですか。私の弟が向こうに行ってるんだから。心配で心配で」
彼の呆れるようなため息に、穂香は眼鏡をかけ直す。
「そもそも、このゲームに入る予定だったのは、私だったんです」
数年前、とあるゲーム会社があった。そこが開発していたのは、次世代型のVRゲーム。しかし、開発途中にゲーム会社は全社員とともに失踪した。
それなのに、発売は無事に行われた。
そのゲームはプレイヤーたちを巻き込んで、姿を消す。
特務調査を任せられた穂香は、何とか一つだけそのゲーム機器を手に入れられたのだ。しかし、その機器にはすでにアバターが登録されていた。
誰が送ってきたかもわからない。紐づけられたプレイヤーは穂香の弟。
当然弟の光琉に提案すると二つ返事だった。
彼は今回のゲームの抽選に落ちていてしまっていたため、入ることに物凄く乗り気だった。十万人が消えたゲームと忠告したのだが、彼はやりたいと乗り出したのだ。
こういうときは生粋のゲーマーを止めることはできない。
取り敢えずモニタリングだけは欠かさずやっているが、こちらからは全く干渉できなかった。ただ、見てハラハラする日々を過ごしている。
「……このゲーム、一体何なんでしょうね?」
頬杖をつきながら、小さくため息をつく。
「俺が知るかよ。こっちのほうが専門外だっての」
「頼りにならないですね〜。ゲームはやってこなかったんですか?」
「キャリア人生、ゲームに関わることはない。むしろ、俺が配属されたのがビックリだ」
上司の頼りない発言に、穂香は苦笑いをするしかなかった。
これまでで分かっているのは、向こうのゲームの世界は現実と連動していること。プレイヤーたちは意識しているのかわからないが、食事や睡眠などの一定の内部パラメーターが設定されていること。
ここまで行くと、痛覚のない別世界だ。むしろ、彼らは異世界に飛ばされて、何かをやらされていると考えたほうが適切だろう。
何とか手探りでアレやコレやと手を尽くしたが、全て無駄に終わった。今や穂香はモニタリングしたことを文書に起こすことを主な仕事にしていた。
「にしても、プレイヤー同士って案外社会構築するもんなんだな」
提出された書類に目を通しながら、上司は感嘆の声を漏らす。
「知らないんですか? 大規模オンラインRPGなんて大体そうやって回っていくんですよ」
「こうなると国と変わりねぇな」
「開発者は良く国の運営をしているって例えを出しますね」
百万規模の世界的大ヒットでは毎日チーム同士で戦争が行われているほどだ。コミュニティ系の論文さえも確立されるほど、ゲームは人間社会の構築に貢献している。
今回のゲームでも、PKが暴れたことによって疑心が生まれた。ここからさらに分かれ、再編されることになるだろう。
七柱という世界軸を相手にする前に、プレイヤー同士のわだかまりをどうにかしなければクリアは一生できない。
そこのところは弟の光琉はよくわかっているはずだ。わかっているからこそ、先に進むことを選んだのだろうか。
「引き続き、監視を頼んだが無理は禁物だぞ? 交代も用意しているんだから活用してくれ」
「いえ、まだまだ大丈夫です。弟も頑張ってるんだから、姉である私も頑張らないと」
「その弟が戻ってきた時に、お前が倒れてたらどうすんだよ」
資料で軽く叩かれて、穂香は大げさに痛がる。呆れ顔の上司はその場に離れていった。
彼がいなくなったのを見計らって、彼女は大きなため息をつく。上司に報告していないことが一つある。
それはルシというNPCの存在だ。彼女は人間の復活ポイントを1へと落としてしまった。それによってユウェイルというプレイヤーは一発で退場することとなった。
この事実をもし上司が知ってしまえば、必ず上へと報告に行く。そうなってしまえば、データごと弟が消えてしまう可能性もある。
しかし、いつまでも隠し通すことはできないだろう。
穂香はため息をつきながら、資料作成を再開する。




