第百四話
ミサキを背中に担ぎながらヒカルは全速力を出した。
つくづく、ステータスポイントを俊敏に振っていて良かったと心の中で安堵する。
「どう……してっすか……?」
背中から聞こえる彼女の声は、悔しげだった。それをできるだけ耳に入れないようにした。
「おらぁ!」
ルーフェルが攻撃をはじき飛ばしながら、大きな声を出す。その横でアキがちょこちょことちょっかいをかける感じだ。
「クソが……クソクソクソ! 邪魔すんな!」
「邪魔すんなって勝手やな! そっちが邪魔してんやろ!?」
「俺はただ、そこのクソ悪魔族のやつをぶっ殺してぇだけだ!」
「あかん! ほんまに話が通じてへん!」
肩越しに振り返ると、血走った目のユウェイルと目が合う。背中にゾクリとしたものを感じて、思わず尻尾を立たせる。
ストーカーどころではない。ここまで来ると、もはや狂気だ。
「あ、あう。魔力が切れたです……!」
ルーフェルを適宜回復していたサクラの一言で、ルーフェルが豪快に返事をした。
彼女はその後所持品から魔力回復ポーションを取り出すと、それをがぶ飲みしながら走り続ける。
「ベル、とにかく村まで突き進め! 依頼は資材を渡せば完了する!」
「分かりました!」
村の資材を搬入すると、そこからギルド役場が使っている簡易結界が発動する。そうすれば、村は安全圏内へと変わる。
つまり、オレンジプレイヤーは入ってこれなくなる。
そこまで無事に辿り着けば、逃げ切れる。
息が切れるような感覚を受けながら、隣でどこか唇を尖らせているルシが目に入った。
「どうしたんだよ……!」
尋ねると、彼女は大きくため息をつく。
「もっと面白いことをしてくれると思うたが、ただの私怨で人の足を引っ張るとは……あの男は本当につまらんの」
「それがなんだよ……!」
息を切らし気味のヒカルへと、ルシは視線を向ける。
「これからもあの男が現れるのは不快じゃ」
その言葉は、とても冷たく聞こえた。
「邪魔だ邪魔だって言ってんだろ!」
「……っ! さすがに逃げながらだと分が悪いぜぃ!」
金属の打ち合う音がヒカルの背中にぶつかる。
「ふんばりぃや! 矢はうちが打ち落としてるから!」
アキの声も聞こえる。
そんな彼らを回復しているのは、一生懸命に杖を振るサクラだ。
仲間たちの奮闘を見て、ヒカルは情けない気持ちになった。自分はただ逃げてるだけ、守られているだけ。
心にのしかかってくる感情を振り払うように、尻尾を揺らす。
走っていると、サファイアウルフたちの遠吠えが聞こえた。
森の中から現れた狼が、オレンジプレイヤーを一人また一人と森の奥へと引きずり込んでいく。
「クソクソ! クソ犬どもが! また邪魔しやがって!」
「……これで少しは楽になるぜぃ!」
後ろの大きな音から逃げるように、ヒカルは足を動かし続けた。
「見えました!」
そのベルの一言で、顔を上げる。
ベルの故郷。今は廃村となった壊れた入口が見える。一行は、そこに足を止めることなく入り込む。
何か温かいものが広がるような感覚を受けた。緑色の膜が村を一瞬覆う。そのすぐ後に、クエスト完了のウィンドウが表示された。
『全体通知:元アラクネの村がクエスト完了したため、安全圏に指定されます』
その表示を見て、ヒカルは大きく息をついた。膝に手をつき、肩で呼吸を整える。
他の仲間たちも全員、無事にたどり着いていた。
オレンジプレイヤーの一人が村に突っ込んで、そのままどこかに強制的に転移させられる。その光景を見て、ユウェイルは足を止めた。
「卑怯者が! 今すぐ……今すぐ出てこい!」
圏外で騒ぐ彼を見やりながら、ヒカルは尻もちをつく。
「誰が……出ていくかよ」
「正々堂々と勝負しやがれ! お前もゲーマーだろうがよ!」
「お前に……ゲーマーを名乗る資格はないよ」
怒り狂うユウェイルを見て、ルシがただ一言放つ。
「醜いの」
その言葉は重く、底冷えするようなものだった。
彼女はユウェイルにゆっくりと近づくと、彼の顔に手をかざす。
「お主からは死相が出とる」
「はぁ!?」
直後、ユウェイルの目の前にウィンドウが開く。
「は? なんだこれ!? “復活ポイント取り上げ”!? どうなって──」
彼の言葉は続かない。顔面が、矢で射抜かれたのだ。
そのまま地面に倒れたユウェイルの体は消えていく。
「ずっと言い忘れておったが、“お前も誰かに狙われとったぞ”?」
その長距離狙撃には、覚えがある。アキと顔を見合わせて、ヒカルは息を呑んだ。
「……どうなってるんや? あの狙撃ってあいつの仲間のもんやでな?」
「俺に聞かれても知るかよ……」
状況を理解していないヒカルに、ルシは笑顔で振り返る。
「すまんの。力を使ったから、しばらくは動けなくなるのじゃ」
そのままルシは仰向けに倒れた。




