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第百三話

「ヒカル、突っ込んだらあかんで?」


 アキが近寄ってきて、耳打ちする。


「……わかってるよ。わかってる」


 ここで無理に突っ込んでも、ユウェイルに蹂躙されるだけだ。良い勝負ができるのは、ルーフェルくらいだろう。そんな彼も、この人数を一人で相手にできるかどうかは分からない。


「おいおいおいおい? なんでかかってこねぇ? ビビってんのか? ビビり散らしてんのか! おい!」


 ユウェイルの挑発的な声に、深呼吸する。彼と理性的に話し合うだけ無駄だ。そもそもの考え方が違うのだから。


「ビビってねぇ、お前と戦うだけ無駄だって思ってるだけだ」

「それをビビってるって言うんだろ? 逃げるなよ、卑怯者!」

「あぁ、逃げるさ! そもそも俺はお前には敵わねぇからな!」


 その宣言に、ユウェイルが驚いた顔を見せる。笑いだし、徐々に声を大きくしていく。

 彼の大爆笑は、森に響き渡った。


「どこまで俺様をコケにしやがるんだてめぇはよぉ!」

「コケになんかしてない!」

「良いぜ! そんなに怖いっていうなら、俺様一人が相手してやる! それでも逃げるっていうのか!? 笑い者にされるけどいいのか!?」


 怒りと嘲笑の混ざった声だ。人を見下し、自分は偉いと思っている。

 何もかも癪に障る人間だ。


「のるなよ? ヒカル」


 アキの再びの小さな声に、ヒカルは微かに頷く。ここでのれば、相手の思い通りだ。

 自分のステータスが、あんな奴にすら届いていないことにふつふつと焦燥感が湧く。


「……許さないっす」


 小さく呟いたのは、ミサキだった。


「ミサキちゃん……?」


 サクラの心配そうな声を無視して、彼女は弓をつがえる。

 ギリギリまで引き絞り、両の手に力を込めている。


「ミサキ! あかん!」


 アキの声は間に合わなかった。

 放たれた矢には、明確な殺意が宿っている。


 誰もがその矢の軌跡を追えなかった。ユウェイルの頬をかすめ、後ろのプレイヤーを貫いた。

 体力バーが一気に削れて、彼は消える。


「み、ミサキちゃん!?」


 サクラの悲鳴にも似た声が聞こえる。


「……そっちのやつのほうが見どころがあるみてぇだな」


 ユウェイルは矢が掠めた頬を拭いながら、首で仲間たちに合図した。雄叫びを上げたプレイヤーたちが、一斉に襲いかかってくる。


「あーもう、めちゃくちゃや!」

「かっかっかっ! やっぱり人間は醜くてええの」

「笑ってる場合ちゃうでルシ!」


 アキが頭を抱えて嘆いていると、ルーフェルが前へと飛び出した。

 両手斧を振り回して、プレイヤーを牽制する。


「ここは、俺に任せろぃ!」


 頭の上で斧を回転させる姿は、大迫力だ。近づくオレンジプレイヤーに向かって、躊躇なく振りかぶる。


「ベル、突破をお願いできるか! ルーフェルが殿を努めてくれる!」

「分かりました!」


 二人の会話に、続いて弓を矢に装填しているミサキが噛み付いた。


「なんで逃げるっすか! 目の前にいるのは人を人とも思ってないゲス野郎たちっすよ!?」


 その瞳の奥は、黒く燃え続けている。


「だからって勝てない戦いをしてたらあいつらの思い通りだろ!」

「勝てなくても立ち向かうのが正義ってもんじゃないっすか!」

「俺は正義になったつもりはない!」


 プレイヤーたちの乱戦の中、ミサキが信じられないとでもいうようにこちらを見つめている。

 その唇は、小さく戦慄いていた。


「見損なったっす! 私は一人になっても戦うっすよ!」


 そう言って駆け出そうとした彼女の背中を、サクラが後ろから魔法で撃ち抜いた。

 彼女の体が、痺れたように痙攣する。そのまま地面へと倒れた。


 サクラのカルマ値がまた上がる。


「な……んで?」

「ひ、ヒカル……彼女を今のうちに運ぶです」

「サクラお前……」

「カルマ値を下げるのは、あとで手伝ってです」


 彼女の小さな声に、ヒカルは頷く。


「お前ら……お前らお前ら! 逃がすわけねぇだろばーか!」


 ユウェイルの怒号が飛ぶ。彼が振り回す大剣を、ルーフェルが弾き飛ばした。

 その横をベルがすり抜けて、オレンジプレイヤーたちに剣を振るう。


 相手は寄せ集めなのか統制が取れていない。ベルの一点突破だけでも崩れるほどガタガタだ。


「逃げるぞ!」


 ヒカルはミサキを担ぎながら走り出した。サクラもそれを手伝う。


「サファイアウルフは呼べないんか!?」


 アキの疑問にヒカルは首を横に振った。


「基本的には無理!」

「しゃあないなぁ! うちも手伝ったる!」


 そう言って、相手への牽制をアキが始める。


「お前ら絶対に絶対に絶対に逃すなぁ! あとでぶっ殺すからなぁ!」


 背後から飛ぶユウェイルの怒号。横を走るルシは振り返り、そんな彼を無言で見つめていた。


 小さい声で、彼女はつぶやく。


「つまらん」


と。

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