二十一話 あいつの弟だ
天にはパフォーマンスを見てもらいたい相手がいるらしい。その相手は弟。そんな天の弟と、世奈が出会う。
「それでは、本日新曲を発売しましたDreaming Makerの皆さんにパフォーマンスを披露してもらいます。よろしくね。」
「はい。それでは聴いてください…」私は息を呑んだ。全員の顔に目をやる。やはり御影くんが心配だ。それでも真剣な顔で位置についた。
「『ゴールテープを切る日まで』!」8人が声を合わせて曲がスタートした。ダンス、歌、それぞれの得意不得意はまだ少し見えるが、頑張りが伝わってくるし、皆気持ちが前を向いている。私は噛みしめるように一秒一秒目を見張った。そしてサビ前、御影くんのソロパート。今まで後ろ側にいた御影くんが一番前に出てきた。大量の汗をかいていたのがここからでも見える。心拍数が上がっているのだろう。パフォーマンスの質は悪くはないと思う。でもいつもより少しだけ体が震えているように見えた。番組レギュラー陣は気づいていないようだが、私には、そしてそんなレギュラー陣の中でも一人だけ、レイヤくんには分かっていた。それでも後ろめたさは感じなかった。せめて倒れないように、最後まで裏から見守った。
パフォーマンスが終わり、カメラが一旦止まった。私は待ちきれずにメンバーに、今にも倒れそうな天くんに駆け寄った。
「大丈夫ですか…わっ…」「ごめんなさい、ちょっと肩を貸して。」そのまま天くんは体の力が抜けて全体重を私に預けた。顔色が徐々に悪くなっているのが分かる。息も荒くなっていった。ここでDreaming Makerの出番は全て終わったので、あとは楽屋に戻れる。
「…マネージャー、あとは御影のこと、頼んだよ。俺たちがいると邪魔だろうから。」明石くんたちはそう言ってスタジオを後にした。様子を見かねたレイヤくんが、「救護室に運んだ方がいいよ。俺も手伝う。」と声をかけてくれて、救護室まで運んでもらった。
「…お、目が覚めましたか?」「ベッド…?ここは?」顔色もだいぶ元に戻った御影くんがゆっくり体を起こした。
「ごめんなさい、迷惑かけちゃいました。もう具合も良くなったし、皆のところに帰りたいです。」
「大丈夫なら、いいですよ。皆待ってます。」そう言って皆の元に帰った。
全員揃い、着替えを済ませてもらって事務所に戻った。いつものレッスン室。皆緊張の糸が緩み寝転がったりあぐらをかいたり好きなように座っていた。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。新曲発売日に放映、そして、その翌日にはミニステージも予定しています。ステージについてはまた後日詳しくお伝えします。さて、ここで何か言いたいことがある人は手ー挙げて!」すると全員揃って手を挙げた。ひときわ主張が激しい織くんにまずは答えさせる。
「はい織くん!」「御影に質問だ。一体誰相手にパフォーマンスを見せたくて、そんなに緊張してんだよ。言えねぇ相手じゃないなら言ってみろ!」誰もが思っていたことだろう。聞けるならぜひその理由を聞きたい。
「いいよ、皆にも伝えるべきことだ。えっとね、僕には弟がいるんだ。」弟、初耳だ。
「僕と同じく、アイドルを目指している。僕が先にアイドルになる、という夢を叶えた。でも、最近弟が元気がないんだ。僕に対してとても冷たくなった。その理由は時が来たら話すけど。もしかして弟は、陽昇は、アイドルのことが嫌いになったんじゃないかって思ったんだ。」陽昇くんという名前が初めて出てきた。
「僕の一生懸命、できる全てを尽くしたステージを見てもらって、アイドルのこと、嫌いにならないでいてほしいなと思った。でも急に冷たくなった弟の顔や声を思い出した時、心臓がぎゅっと掴まれたというか、いくら足掻いても無駄なんじゃないかって少し思ってしまったんだ。そんな緊張状態で鼓動が早まって息が荒くなって…」
「そうなんだ…弟さん、アイドルのこと嫌いにならないでくれたらいいですね。」心配しながら優しく声をかけた。そんな無言で御影くんを慰めるオーラの中、明石くんが立ち上がった。
「その理由、本当に言えないの?リーダーの俺にだけでも教えてくれたら嬉しい。」
その立ち姿からは、どこか怒っているような、苛立ちを感じた。
「…家の事情が色々あるんだ。時が来たら皆に言うよ。」表情を変えずに御影くんは呟いた。
「それでは、しばらくゆっくり休んでくださいね!解散!お疲れ様でした!」しんみりしたムードを無理やり明るい声で吹き飛ばすと、さっきまで黙りこんでいた花咲くんたちも徐々に口数が戻ってきた。それぞれバラバラに部屋を出る中、明石くん、織くん、久瀬くんはその場に座り込み話をしていた。
「なぁなぁ、御影のやつ、怪しすぎるよな。」「確かに。弟って初耳だったけど本当なのかな。」そんな噂話をしていた。
「信じてあげてください。私も聞ける範囲内で聞きますから。」そう言って一旦レッスン室を後にした。
廊下を歩いていると、後ろから上司に声をかけられた。
「ん?どうしました先輩?」「ちょっと、可愛いご来客が来ててね。」可愛い、ご来客?
「ここの部屋にとりあえず案内したんだけど、詳しい話を聞いてあげて。」「ええっ、何の話…?いきなりすぎてよく分からないんだけど…」促されるまま、部屋に入る。そこにいたのは…
「お前みたいなちんちくりんが、Dreaming Makerのマネージャーなのか。」私より小さい、小学生くらいの少年。
「いかにも、そうですけど…どうしたの?迷子になっちゃった?」「馬鹿にするな!」優しく声をかけてあげると、少年は立ち上がった。
「僕は陽昇。あいつの弟だ。」よう、しょう?
「御影…くんの?」「そうだが、問題でもあるか。」御影くんの弟くん。名前は御影陽昇くん、でいいのかな?
「それで、どうしたの?…その学校のランドセルと、プリントは…?」「社会科見学だ。…ていうか先生どこ行ったんだ。」先生?だんだん混乱してきた時、部屋のドアが開いた。
「よ、陽昇くん歩くの早すぎるよ〜!先生迷子になりかけちゃったよ!」若い女の先生が出てきた。
「ええっと、社会科見学に来たんですか?そういうことですか?」「ええ。今回の授業は好きな場所に社会科見学しに行く授業で、陽昇くんは一人で、ここに来たいって言ったんです。皆と組んで欲しかったのに言うこと聞かないし人数もそもそも合わないし…特別に私と二人で来ることになってたんです。あれ、お伝えしたんですけど…」「そんな話私聞いてません、多分先輩が伝え忘れたんだと思います…」それにしてもこんなところに社会科見学、天くんの弟だということは分かったけど、あの社長がよく許してくれたな…
「それでは気を取り直して、聞きたいことがあれば質問してください!」私はそう言って陽昇くんから話を聞くことにした。
「本日はお忙しい中ありがとうございました、陽昇くんも。」「…ありがとう。」「い、いえいえ…それでは、お気をつけてお帰りください。」二人が部屋を出て行ったその時、私は誰もいないことを確認してから地面に寝転がった。と、いうのも。陽昇くんの質問があまりにも鋭くて。例えば、「 レッスンで気をつけていることは?」と聞かれて、「皆を見守ること?」と答えたら、「その程度しかできないマネージャーなのか。あいつもよく足繁くこんなところに通うよな。お前なんかにはもったいない逸材だぞ、あいつは。」「こら陽昇くん!言葉を丁寧に!」「は、はぁ…」なんて返事が返ってきたり、話を聞いていると陽昇くんはお兄ちゃんの実力をとても認めてはいた。でも、愛想は悪かったし、アイドルについて勉強したいのは分かったけどアイドルを好きな感じはあまりしなかった。御影くんの言う通り、もしかしたらアイドルへの夢は諦めていなくても、心のどこかでアイドルを嫌いなんじゃないかと思った。御影くんが心配するのも分かる。私には正直どうすることもできないが、何かあったら二人の心の支えでありたいと思った。




