第38話 三段リレーの湯気と前半八十セットの疾走
「きたぞ、第一陣の先頭班だ! 一番から順番にどうぞ!」
午前三時四十五分。列の先頭に立ったガルシアが、「ハイ、ワタシ、常連。五百円玉を準備して、順番にお進みくださいね」と流暢な日本語で番号札を配り、百二十分・百五十セットの最終本審査が幕を開けた。
「あいよ、五百円! 朝からいい匂いさせてるじゃねえか!」
「おっ、今日はつくねだけじゃなく生姜粥もついて五百円なのか!」
ヘルメットを小脇に抱えた最初の作業員が、窓口のトレイへ五百円硬貨をチャリンと置いた。
その音が、俺たち三人の『三段リレー動線』の合図だった。
まず一段目――右端の屋台コンロの前に立つ透が、中心まで八十五度以上に温め直された下茹でつくね三個を網杓子で素早く掬い上げ、湯を切って器へ入れる。そのまま左半歩だけ体重を移し、二号車左コンロ(二段目)の寸胴から熱々の『背ガラ白湯スープ』百八十ミリリットルをレードル一掬いで注ぎ入れて、左のリンへ器を滑らせた。
続く二段目から三段目――二号車右コンロの前に立つリンが、受け取ったつくね椀の隣へ別の器を置き、左手で『二号車特製の鶏だし生姜粥』二百ミリリットルをよそう。そして右手の小レードルで、粥とつくねの両方に『黄金鶏油』を計三ミリリットル、さらに『カリカリ首皮チップ』計四グラムと針生姜をパラリと散らし、俺の前へ二つの器を押し出した。
そして最終段――俺が五百円硬貨を目視で確認して金庫へ落とし、二つの器を乗せたトレイを両手で客へ差し出す。
「お待たせしました。『湾岸朝粥つくねセット』です!」
チャリン、ザッ、トクトク、パッパッ、スッ。
注文から受け渡しまで、手元の作業周期はわずか三十五秒。
客がトレイを受け取って飲食ベンチへ移動する入れ替わりの時間を足しても、一セットあたり平均四十五秒を切る圧倒的なスピードだった。
定点カメラの画面には、湯気の向こうで透とリンのレードルがリズミカルに交差し、黄金色の鶏油が輝く生姜粥と白湯つくねが次々と送り出される手元だけが映し出されている。
『うおお、手際が良すぎる!』『二つの器が三十五秒で出ていくぞ』『お粥の上にカリカリの鶏皮乗せるの反則だろ……』『見ているだけで体が温まる』
視聴者のコメントが流れる中、現場のベンチでは、第一陣の作業員たちが一斉にレンゲと箸を動かしていた。
「うわっ、あちちっ……! くううっ、この軟骨つくね、やっぱりコリコリで最高だぜ!」
「おい、こっちの生姜粥を食ってみろ! 首皮のカリカリが香ばしくて、米の奥からすげえ深い甘みがしてくるぞ!」
一人の作業員が、生姜粥を半分ほど食べたところで、つくね椀の濃厚な背ガラ白湯をレンゲでひと匙掬い、粥の上へかけて掻き込んだ。
「……っ、たまらねえ! 豚のコクが染みた生姜粥にこの鶏白湯を混ぜると、旨味が倍になりやがる! 五百円でこの二品は神様かよ!」
歓声とともに、冷え切った作業員たちの顔にみるみる血色が戻っていく。
七対三の黄金比で炊いたWスープの生姜粥は、濃厚なつくね煮込みと交互に食べても一切脂っこくならず、二段仕込みの生姜が後味をスパッと引き締めるため、誰もが驚くほどの速さで完食していくのだ。
厨房の中では、透とリンが一言も無駄口を叩かず、視線と鍋の音だけで呼吸を合わせていた。
三日前の五十食テストの序盤のように、透が一人で抱え込んで動線が詰まる場面は一度もない。透が提供中の既加熱分と混ざらないよう仕切り網の奥へ保冷庫のつくねを先行補充し、次に出すまでに中心温度が八十五度を超えていることを確かめれば、リンがそのタイミングに合わせて生姜粥の寸胴を底から返し、温度のムラを消す。
脇でストップウォッチと温度計を構えていた久世が、三十分経過時点の保温温度(八十六度)を記録しながら感嘆の息を漏らした。
「……速い。数分おきに上がってくる四、五人の作業班を一度も滞留させず、どの班も並んでから三分以内に受け取れています。これなら全員が次の荷揚げシフトの二十分以上前に完食して現場へ戻れますね」
隣に立つ卸組合の代表も、山積みになっていた発泡容器がみるみる減っていくのを呆然と見つめていた。
「うちのラインで弾かれたC級の未分別端材が、本当に一級の朝飯に化けていく……。これなら誰も端材だなんて思わんぞ」
そして開始からちょうど六十分が経過した午前四時四十五分。
第一陣の八十人目となる作業員が「ごちそうさん、また明日も頼むぞ!」と笑顔で空の容器を返却し、前半八十セットの提供が、一人の遅刻者も出さずに完了した。手元には後半七十セット分の粥と白湯、つくねがきっちりと残っている。
だが、息をつく暇はなかった。
午前四時四十五分、一日の中で最も気温が下がる夜明け前の冷たい海風が吹き抜けると同時に、沖の大型冷凍船の荷揚げを終えた作業員六十八人と、その最後尾へ合流する葛城・久世の二人を含めた『第二陣七十人』の先頭班が、白い息を弾ませて屋台の前へと姿を現した。




