第36話 十三・五キロのつくね種と四度以下の保冷庫
十一日目の午後四時三十分。生姜粥の急冷を終えた二号車の調理台で、残る未処理端材十三・四キロの高速仕込みが始まった。カメラは引き続きOFFだ。
俺は増設保冷庫から最初の二キロ分だけを取り出し、氷水を当てたボウルの上へ置いた。
「一度に全部出したら、切る前に肉の温度が四度を超えてしまう。一回二キロずつ出し入れして、四十五分で捌き切るぞ」
「おう、任せてくれ!」
「……二キロずつ、順番に回す」
俺が時計を測る中、二号車のL字調理台で透とリンの『三手省略の歩留まり捌き』がフル回転し始めた。
まず透が保冷庫から出した冷たい膝軟骨をまな板の溝に固定し、骨スキの刃元でY字の硬い関節腱だけをV字に一刀で切り落とす。そのまま軟骨を包丁の腹で押し潰し、縦横にザクザクと粗く刻んで左のボウルへ送る。
同時にリンが砂肝の厚い銀皮の端に刃を入れてまな板の上を滑らせるように一気に引き剥がし、可食部に格子状の包丁を入れてから三ミリ角に叩いていく。
カツン、ザシュッ、トントントンッ!
二人の包丁の音は、七日目に初めて並んだ時とは比べものにならないほど正確に噛み合っていた。
二キロの処理が終わるたびに氷水で冷やしたボウルごと増設保冷庫へ戻し、次の二キロを取り出す。手首に無理な捻りをかけない直線的な刃筋のおかげで、十キロを超えても二人の速度は一秒も落ちない。
四十二分で膝軟骨と砂肝の処理が終わり、切り落とした硬腱と厚銀皮を廃棄する。透が続けて残りの首皮を筋切りから粗挽きミンチへ仕立て、赤身と軟骨が混じるボウルへ合わせた。
「よし、冷えているうちに繋ぎを入れるぞ」
俺は保冷庫から、みじん切りの生姜と刻み葱、片栗粉、塩と少量の焦がし醤油を合わせた補助具材を取り出した。
巨大なステンレスボウルの中で、肉と脂が白っぽく粘りを出すまで一気に練り上げる。これで本番用の生つくね種十三・五キロが仕上がった。
透とリンが並んだバットへ手際よく種を分けて四百五十個に丸めていく間、俺は一番白湯を引いた後の背ガラに新しい水を張り、強火で追い炊きして二番白湯を引き出した。
旨味を出し切ったガラを網で引き上げて廃棄し、残しておいた一番白湯と合わせて、つくね煮込み用の『二号車特製・背ガラ白湯スープ』二万八千ミリリットルを整える。
「つくね四百五十個、成形終わったぞ! 一次下茹でに入る!」
午後六時過ぎ、事前検査のために到着した久世が見守る中、透とリンが沸騰した大鍋へつくねを次々と投入していく。
扁平な三十グラムサイズに揃えてあるため、熱の通りが極めて早い。
中心までしっかり火が通ったところで、久世が抜き打ちで数個のつくねの中央へ温度プローブを突き刺した。
「……中心温度七十八・四度、保持時間一分三十秒。一次加熱基準、完全にクリアです」
久世の声と同時に、俺たちは茹で上がった四百五十個のつくねを網杓子で引き上げ、氷水を張った二重バットの上で扇風機の風を当てて急速冷却し、四度以下の増設保冷庫へ収納した。
最後に、炊き上がったばかりの背ガラ白湯から五百ミリリットルを小椀に取り、俺とリン、透、久世、こはくの五人で最終の塩加減を試飲した。
一番白湯の濃厚なゼラチン質に二番白湯のすっきりした骨の旨味が重なり、喉の奥へ染み渡るような深い味わいになっている。
「塩分濃度も香りも申し分ありませんね。これなら明朝の再加熱でつくねの旨味が溶け出した時、ちょうど最高のバランスになります」
久世も納得の表情で頷いた。
残りの背ガラ白湯二万七千五百ミリリットルも氷水で四度以下まで急冷し、保冷庫へ収める。
午後七時二十分、久世は増設保冷庫のデジタル温度計が『三・二度』を示していることを公式端末に記録し、扉に検査済みの封印シールを貼った。
「前日仕込みの加熱と保冷の記録は、すべて基準通りです」
久世は封印シールの端を指先でなぞって密着を確かめ、記録端末を閉じて俺たち三人を見渡した。
「明朝、火を入れて窓口を開ける前に、もう一度ここで立ち会います。……本番は夜明け前からです。今夜はしっかり休んでください」
俺たちは力強く頷き、二号車と屋台を湾岸の保冷仕込み区画に施錠して据え置いたまま、午後八時からの前倒し睡眠へと向かった。




