第35話 背脂と鶏白湯の黄金比と二号車特製の生姜粥
深夜の本店営業を終え、午前四時から昼前までしっかり身体を休めた十一日目の午後一時。
配信を伏せた湾岸夜市の仕込み区画に、卸組合の保冷トラックが滑り込んできた。
「まいど! 明日の本審査用、『風切り迷宮鶏』未分別端材二十キロ、四度以下保冷で搬入だ!」
「ありがとうございます。これ、本日の仕入れ代六千円です」
透が現金で六千円を支払い、温度記録を確認して大型保冷コンテナを受け取った。
総重量二十キロ。背ガラ、首皮、膝軟骨、砂肝がぎっしりと詰まっている。
「よし、まずは『二号車特製の鶏だし生姜粥』と黄金鶏油の本仕込みからだ。背ガラ五キロと首皮一・六キロを今ここで使い、残りの十三・四キロはつくねの仕込みまで四度以下の増設保冷庫へ入れておくぞ」
俺の声で、リンと透が同時に動いた。
リンは背ガラの血合いを冷水で丁寧に洗い流し、大寸胴へ投入して強火で『背ガラ一番白湯』の炊き出しを開始した。
一方の透は、首皮の表面に三本の浅い筋を入れ、少量の水からじっくりと火にかける『水出し低温鶏油引き』に入った。
一時間半後。
リンの大寸胴には、乳白色に輝く濃厚な『背ガラ一番白湯』二万八千ミリリットルが立ち上がった。
そして透の鍋からは、透き通った『黄金鶏油』四百八十ミリリットルと、狐色に揚がった『カリカリ首皮チップ』六百四十グラムが寸分の焦げもなく抽出された。
「よし、ここから昨日の課題だった『七対三』のWスープ調合だ」
俺は増設保冷庫から、本店で炊いておいた『新規・豚背脂出汁』の寸胴を抱え出した。
「リンの一番白湯が七、この豚背脂出汁が三だ。粥に使う分をきっちり量って合わせよう。寸胴に残った一番白湯と背ガラは、後で二番白湯を引いてつくねの煮込みに回すぞ」
一度に全量を炊く前に、まずは最終確認として、同じ七対三の比率で合わせた初回ロット一万一千ミリリットルに洗った生米と皮ごと摩り下ろした生姜を加えて火にかけた。
リンが木べらで鍋底を焦がさないよう一定の周期で返し、米の花がふっくらと開いたところで水分を微調整して炊き上げる。
「できた。……味見、お願い」
リンが炊きたての生姜粥から六百ミリリットルを四つの器に取り分けた。
そこへ透が、今引いたばかりの黄金鶏油とカリカリ首皮チップを昨日の試作よりぐっと絞った適量で回し掛け、切りたての針生姜を添えた。
俺とリン、透、そして記録写真を撮っていたこはくの四人で、湯気の立つ生姜粥を一口啜った。
瞬間、昨日の五対五の試作とはまるで別次元の広がりが口の中を満たした。
最初に鼻をくすぐるのは、黄金鶏油と首皮チップの香ばしい鶏の薫り。そしてとろりと炊けた米を噛み締めると、芯に吸い込まれた三割の豚背脂出汁が、丸く優しい甘みとなってじんわりと滲み出てくる。
それなのに、七割を占める背ガラ一番白湯とおろし生姜・針生姜の二段の清涼感が、舌の上の脂をすっと綺麗に洗い流していくのだ。
「……っ、美味い! 大将、リンさん、これだよこれ!」
透が目を大きく見開き、二口、三口と夢中でレンゲを動かした。
「昨日は半分で舌が重くなったのに、今日はレンゲが止まらねえ。飲み込んだ端から生姜で喉が軽くなって、腹の底からカーッと温まるぞ!」
透は器を傾けて最後の一粒まで掻き込み、額の汗を腕で拭った。隣ではこはくが記録用のカメラをストラップごと胸に抱え、ふうふうと息を吹きかけながらあっという間に器を空にしている。
「ごちそうさまです! お米の甘みがすっと入ってきて、ガチで朝の寝起きに毎日食べたい味です……っ、もうひと匙だけ残ってませんか!?」
空の器を覗き込むこはくの横で、俺も自分の椀を置いた。
リンは自分の器を最後まで飲み干し、ほっとしたように小さく息を吐いた。
「……うん。本店の豚出汁が、私の鶏白湯を後ろから支えてくれてる。……これが、二号車と伊吹屋台の生姜粥」
迷いの消えたリンの声に、透も力強く頷いた。
「……完璧だ。これなら明日の朝、百五十人全員を黙らせられるぜ!」
味が決まったところで、俺たちは残りのWスープと生米で追加ロットを一気に炊き上げた。
完成した『二号車特製の鶏だし生姜粥』は、明朝の予備を含めて三万四百ミリリットル。寸胴ごと氷水で粗熱を抜いて四度以下の増設保冷庫へ移し、本番用の黄金鶏油と首皮チップも清潔な容器へ分けて冷気の中へ収めた。
寸胴の蓋を閉めた透が、保冷庫で出番を待つ残りの端材十三・四キロを見据え、骨スキの柄を握り直した。
「よし、ここからが三手省略捌きの本番だ。一気に百五十人分のつくね種十三・五キロを仕込むぞ!」




