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クビになった解体屋のおっさん2 〜いつもの技が通じない魔獣肉を、それでも五百円の旨い飯に〜  作者: さくらろ
第2章 弾かれた鶏の端材で百五十食

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第34話 二つの出汁の衝突と三口コンロの試運転

 十日目の午後四時三十分、湾岸夜市の仕込み区画へ戻った俺たちは、二号車の側面パネルを跳ね上げ、そのすぐ右隣へ透の屋台をぴたりと横付けした。脇の脚立では、こはくが電源を切ったままのカメラを構え、三つの火口が一画面に収まる定点アングルの位置だけを確かめている。


「よし、鉄板を外したぞ。ガスホースの安全弁もヨシ!」


 透が自分の屋台の一口強火コンロを点検し、二号車の二口コンロとL字型に連結させた。

 これで右端の屋台コンロが「つくね再加熱用」、中央となる二号車左コンロが「つくね煮込み白湯用」、そして左端の二号車右コンロが「特製生姜粥用」という三口コンロの並びが完成した。


「火口の高さも、レードルを回す肘の余裕も十分だな。じゃあ、検証用十キロロットの最後の残り――未処理端材千三百グラムを全部使い切って、生姜粥とつくねのセット試作に入ろう」


 俺は四度以下の増設保冷庫から、検証用端材の残り千三百グラムを取り出した。

 まな板の前に並んだリンと透が、息を合わせて骨スキを握る。


「いくぞ、リンさん! 軟骨のV字外しは俺がやる!」

「……うん。砂肝の銀皮と首皮の筋切りは、私」


 カツン、スッ、ザクッ。

 二人の包丁が迷いなく動き、わずか四分半で処理が終わった。

 硬い関節腱と厚銀皮を取り除き、手元には鮮やかな可食端材千百五十グラムが残る。


「背ガラは一昨日の仕込みで使い切っているからな。今日は首皮と砂肝の端材三百五十グラムを小鍋で煮出して簡易的な鶏スープ五百ミリリットルを引き、煮出した身も細かく刻んで試作粥の具材に戻そう。残りの八百グラムはつくねの試作に回すぞ」


 俺の提案に二人が頷き、さっそく三口コンロに火が入った。

 透が右と中央のコンロを使って端材つくねを成形・下茹でして煮込み、リンが左のコンロで濃い鶏スープ五百ミリリットルを煮出していく。

 そして俺は保冷庫から、昨夜本店で炊いて有償振替した『新規・豚背脂出汁』を五百ミリリットル取り出した。


「まずは分かりやすく、鶏スープと豚背脂出汁を五百ミリリットルずつ、『五対五』の同量で合わせてみよう」


 合わせたWスープに洗った生米と生姜を加え、煮出し終えた首皮と砂肝を細かく刻んで鍋へ戻し、コトコトと四人分の試作生姜粥を炊き上げていく。

 仕上げに、保冷庫に残っていた黄金鶏油八十ミリリットルとカリカリの首皮チップ百二十グラムを四つの器へたっぷりと振りかけた。


「よし、試作第一号の『湾岸朝粥つくねセット』だ。食べてみよう」


 調理台の前に俺、リン、透、こはくの四人が並び、つくね椀と生姜粥の器を同時に持ち上げた。

 まずはつくねを一口。コリコリした軟骨の弾力と砂肝の旨味は、昨日の五十食本番と同じく文句なしの出来栄えだ。

 続けて、豚背脂出汁と鶏スープを五対五で炊いた生姜粥をレンゲで掬い、口へ運んだ。


「んっ! お米の一粒一粒に豚の甘いコクと鶏の旨味が染みてて、すっごくリッチな味です!」


 こはくが目を輝かせ、二口、三口とレンゲを進めた。

 確かに最初の一口目のインパクトは強い。刻んで戻した首皮と砂肝の具材も噛み応えがあり、黄金鶏油とチップの香ばしさがガツンと鼻を抜ける。

 だが――半分ほど食べ進め、隣り合うつくね煮込みの白湯スープと交互に啜ったところで、リンと透の手がほぼ同時に止まった。


「……大将」

「……巧」


 二人が器を見つめたまま、まったく同じタイミングで口を開いた。


「「……あと一歩、後半が重い」」


 声が重なり、透とリンが互いに目をパチクリとさせた。

 俺は思わず口元を緩め、残りの粥とつくねを綺麗に平らげてから二人を見た。


「よく気づいたな。どのあたりが重く感じた?」

「豚背脂の甘みと、鶏油のコクが、お粥の中で正面衝突してやがる」


 透が空になった自分の器を指差した。


「単品のお粥ならこれでもいいかもしれねえ。だが、横には濃厚な鶏白湯のつくね煮込みがあるんだ。五対五で豚出汁を入れると、後半になって舌の上に豚のゼラチンと鶏の脂が二重に溜まって、せっかくの生姜のキレが消えちまう!」

「……うん。私の生姜粥は、飲み干した後に喉がすっきりして、すぐ仕事に戻れるのが取り柄。……五対五だと、豚が強すぎて、鶏の香りを追い越してる」


 リンも自分のレンゲを置き、悔しそうに、けれどどこか楽しそうに透を見た。

 俺は二人が置いた器の縁に目を落とした。冷め始めた粥の表面には、煮出した具材の脂と後から掛けた鶏油が薄い膜になって残っている。


「お前たちの言う通りだ。豚背脂出汁は主役として前に出すんじゃなく、鶏白湯の下支え――米の芯に丸い甘みを吸わせる『影の土台』に徹した方がいい」


 俺が頷くと、リンがすっとメモ帳を引き寄せた。


「……比率を変える。明日の本仕込みでは、背ガラの一番白湯を『七』、本店の豚背脂出汁を『三』。七対三で合わせて、お米を炊く時はおろし生姜だけを入れる」

「なるほど! んで、仕上げの黄金鶏油と首皮チップも、さっきみたいに欲張って掛けすぎず、一人前三ミリリットルと四グラムに絞って生の針生姜を乗せるんだな! それなら最初は香ばしくて、中は丸くて、後味は生姜でスパッと切れる!」


 透がパンと手を叩いた。

 リンも小さく頷き、寸胴の温度計を見つめて静かに言った。


「……豚背脂は、米の芯に吸わせるだけにする。明日の午後一番、二十キロの本物の背ガラ白湯と合わせて、比率を決め切る」


 試験用の鶏端材と昨日引いた鶏油・チップをこれで使い切り、保冷庫には明日合わせる豚背脂出汁の寸胴だけが残った。俺たちは鍋とコンロを洗い上げ、午後七時三十分までに防波堤へ戻った。

 今夜の本店営業を終えて一眠りすれば、昼には二十キロの本番荷が届く。

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