第31話 三口目のコンロと一皿五百円の壁
昼過ぎまで追加の睡眠を取って身体を休めた、九日目の午後三時。
湾岸夜市の仕込み区画で、俺とリンは透、こはくと共に作業台を囲んでいた。カメラは切っている。
「さて、三日後の十二日目朝だ。二十キロの端材を捌いて百五十人を迎えるには、今朝のやり方をそのまま三倍にするわけにはいかない」
俺が白紙のメモ帳を広げると、透が腕を組んで唸った。
「今朝の五十杯は、珍しさと匂いで一気に捌けた。だがな、荷揚げを終えて腹を空かせた連中を毎朝百五十人留めるとなると、三百円の汁物一杯じゃ『飯』が足りねえ。結局、腹に溜まるもんを探してよそへ流れちまうぞ」
「……うん。だから、二号車の生姜粥とセットにする」
リンが自分のメモを指差した。
「生姜粥一杯二百ミリリットルと、軟骨つくね煮込み一椀(つくね九十グラム+白湯スープ百八十ミリリットル)。この二つを盆に乗せた『湾岸朝粥つくねセット』にして、ワンコインの五百円で出す。それを百五十人分――つまり百五十セット」
「生姜粥とつくね煮込みの二品セットで五百円か! それなら腹の虫も完全に収まるし、五百円玉一枚で釣りもいらねえ!」
透が身を乗り出したが、すぐに二号車の厨房を見て眉をひそめた。
「待てよ。二号車のコンロは二口しかねえぞ。生姜粥の寸胴と白湯の寸胴を並べた時点で、つくねを温め直す三つ目の火口が塞がっちまうじゃねえか!」
透の指差した通り、二口のままでは三つの鍋を同時に回せない。それに、今回のロットの背ガラから二番出汁まで引いても、百五十セット分の粥と煮込みの両方を鶏だけで賄えば出汁の厚みが足りなくなる。
俺はメモ帳に三つの丸を描いた。
「だから、火口も出汁も『連結』する。まずコンロは、透の屋台の一口強火コンロから鉄板を外して二号車の横に繋ぎ、合計『三口コンロ』の三段リレー動線にする。一口目で透が下茹でつくねを再加熱し、二口目の左コンロで煮込み白湯を張り、三口目の右コンロでリンが熱々の生姜粥を盛る」
「お、俺の屋台のコンロを三口目として連結すんのか!」
「ああ。そして足りない出汁の厚みは、今夜俺が本店で新しく炊き出す『通常豚の背脂・スネ筋出汁』を有償で二号車へ振り替えて、リンの鶏白湯と合わせたWスープの生姜粥にする」
前回二号車に繰り越していた豚背脂出汁は七日目の夜に全て使い切っている。百五十セットを回すには、ちゃんとお金を払って新しく引いた本店出汁を組み合わせる必要がある。
「……鶏白湯と、本店の豚背脂出汁を合わせる。それなら、六十リットルでも絶対に水っぽくならない」
リンが目を輝かせて頷いた。
俺は増設保冷庫を開け、今朝の残りで保管していた未処理端材の中から首皮を四百グラムだけ取り出し、残りの端材はそのまま冷気の中へ戻した。
ぶ厚い首皮に骨スキで三本の浅い筋を入れ、小鍋でじっくりと低温にかける。脂が澄んだ音を立てて溶け出し、黄金色の新しい鶏油と、きつね色に揚がったカリカリの首皮チップが引き上がった。
「議論ばかりじゃ腹が減るからな。まずはこの新しい鶏油で小腹を満たそう」
俺は持参した冷や飯を四つの三角形に握り、熱したフライパンへ今引いたばかりの鶏油をひと回し敷いて、両面をこんがりと焼き上げた。残りの油とチップを保存容器へ分けてから、焼き上がった握り飯の肌へ焦がし醤油をジュッと絡め、カリカリの首皮チップをたっぷりまぶして皿に盛る。
「賄いの『鶏油醤油の焼きおにぎり』だ」
俺とリン、透、こはくの四人で、熱々の焼きおにぎりに齧りついた。
パリッ、ザクザクッ!
黄金鶏油で揚げ焼きのように香ばしくなったお焦げの層が砕け、焦がし醤油の香りと首皮チップの濃厚なコクが白飯の甘みと一体になって口いっぱいに広がる。
「んーっ! ガチで反則級の香ばしさです! お焦げと首皮チップのザクザクがたまりません!」
「くそっ、ただの握り飯に鶏油と醤油塗っただけなのに、なんでこんなに尾を引く味になるんだよ……」
透は悔しそうに言いながらも、あっという間に一個を平らげた。
そして指先の油を紙ナプキンで拭き取ると、ふと真顔になって自分の屋台の古い暖簾を見上げた。
「……なあ、大将、リンさん。三口コンロを繋いで、Wスープの五百円セットで百五十食をクリアする計算はよくわかった。……だが、一つだけ大事なことを聞かせてくれ」
透が向き直り、俺とリンの目を交互に見た。
「十二日目の本審査を通って、卸組合と『毎日二十キロの定期買い取り本契約』を結ぶ時……その契約書の名前と、毎日の原価や衛生管理の責任は、一体誰がどう背負うんだ? 俺は、まかべ食堂に雇われる下請けになるのか?」
独立した屋台主としての、真っ直ぐで重い問いかけだった。




