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クビになった解体屋のおっさん2 〜いつもの技が通じない魔獣肉を、それでも五百円の旨い飯に〜  作者: さくらろ
第2章 弾かれた鶏の端材で百五十食

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第27話 背ガラ白湯の寸胴とコリコリつくねの黄金比

「つくね煮込みか。夜明け前の埠頭なら、湯気と匂いだけで足が止まるな」


 俺が頷くと、透は中華包丁の背を布巾で拭きながらニカッと笑った。

 隣ではリンが、もう二号車の増設保冷庫に手を伸ばしている。


「……なら、出汁から引く。背ガラ、全部使う」

「おう。俺は今のうちに、明日の朝に出す五十食分の種を叩きちまうぞ」


 八日目の午後四時。カメラは切ったまま、二号車の狭い調理台がそのまま本仕込みの戦場に切り替わった。

 リンは保冷庫から冷え切った風切り迷宮鶏の背ガラを取り出し、ごつごつと角張った骨を寸胴へ移すと、たっぷりの水を張って左コンロの強火にかける。

 下茹でで表面の血合いをさっと洗い流してから本炊きに入ると、すぐに白い泡が立ち昇り始めた。リンはお玉を手に、浮いてくる灰汁だけをすくい取っていく。


「……首皮も、少し混ぜる。赤身と軟骨だけだと、煮込んだ時にパサつくから」

「なるほどな。あのぶ厚い首皮の脂を、内側から吸わせるわけか!」


 二人は保冷庫から、追加で使う分の膝軟骨と砂肝、それに冷気で締まった首皮をバットへ取り出し、残りの端材はそのまま庫内へ残して扉を閉めた。

 俺は壁際に背を預け、手を出さずに見守った。

 ストッパー溝を掘った補助まな板の上で、リンの骨スキが垂直に落ちる。パツン、ベリッ。乾いた音が一定の間隔で刻まれ、関節の二重腱と砂肝の銀皮が次々と弾かれる。首皮も細かく包丁を入れてから、右隣の透へ滑らせた。

 透は中華包丁を縦に振るい、軟骨を三ミリ角の星に砕き、砂肝の赤身と首皮の脂をトントントンと小気味よく叩き合わせていく。

 バットの上の端材をすべて捌き終えるのに、十一分もかからなかった。弾いた硬い腱や筋を廃棄し、さっきの試作で保冷庫にしまってあった分と合わせると、ボウルの中に明朝の仕込みを賄えるだけの粗叩き材がずっしりと揃った。


「よし、ここから味を決めるぞ」


 俺が声をかけると、透が自分の屋台から持ってきた小鍋とタレ瓶を右コンロの横に置いた。

 左の寸胴では、背ガラ二千五百グラムの髄から旨味が溶け出し、とろりとした乳白色の白湯スープが十リットル出来上がっている。リンが火を止め、役目を終えた背ガラのガラ殻を網で引き上げて廃棄した。


「まずは試食用だ。端材の粗叩き百グラムに、おろし生姜と刻み葱、片栗粉を合わせた補助具材を十二・五グラム混ぜて練ってみてくれ」


 透がボウルの中で手早く種を練り上げ、四つの団子に丸めて沸騰した湯で下茹でした。

 ただ、そのスープを合わせる段になって、二人の手が止まった。


「……透さんのかえし、そのまま入れると、生姜と鶏の匂いが消える」


 小さな味見猪口を啜ったリンが、静かに眉を寄せた。

 透が普段ホルモン焼きに使っている甘辛い焦がし醤油ダレは、鉄板の上では無類の強さを発揮する。だが、せっかく引いた背ガラ白湯にそのままぶち込むと、醤油と砂糖の角が立ちすぎて、鶏の繊細な甘みが塗り潰されてしまうのだ。

 かといって、リンの普段の生姜粥みたいに薄塩だけでまとめた別の猪口を飲むと、今度は透が首を振った。


「いや、この上品な塩味だけじゃ駄目だ。夜明け前に冷凍倉庫から出てくる連中は、全身汗をかいて塩っ気と脂に飢えてる。一発目でガツンと喉を殴るパンチがねえと、三百円払って満足しねえよ」


 リンは薄塩の猪口を持ったまま寸胴を振り返り、透はタレ瓶に手を添えて唸った。

 俺はコンロの前に歩み寄り、二つの猪口を見比べた。


「なら、スープのベースはリンの背ガラ白湯をそのまま使おう。透の焦がし醤油とかえしは、液量を増やすんじゃなく、少量の味付け調味料として鍋肌から香りだけ落とす。……そしてパンチは、タレの濃さじゃなく油で足す」


 俺は保冷庫から、昨日引いた黄金鶏油のポットと首皮チップの保存容器を取り出した。

 白湯スープ五百ミリリットルを小鍋に取り分け、別扱いの調味料として透のかえしをほんの少しだけ落として火にかける。そこに下茹でした試食用のつくね四個を浮かべ、中心までしっかり熱を通したところで四つの器へ分けた。

 仕上げに、鶏油を全部で三十ミリリットル、カリカリの首皮チップを三十グラム、四つの器へ均等に散らす。


「食ってみろ。二人の折衷案だ」


 俺とリン、透、そしてカメラの位置を調整していたこはくの四人で、熱々の器を手に取った。

 レンゲで黄金色の油が浮いた白湯を掬い、つくねと一緒に頬張る。

 ジュワッ、コリコリッ!

 歯を立てた瞬間、首皮の脂を吸った砂肝の赤身から熱い肉汁が弾け、続いて膝軟骨が快音を立てて砕けた。リンの引いたまろやかな白湯と生姜の香りが鼻へ抜け、あとから透の焦がし醤油の香ばしさと、首皮チップのザクザクしたコクが波のように押し寄せてくる。


「……っ、これだ!」


 透が目を丸くして、器のスープを一気に飲み干した。


「白湯が優しいからゴクゴク飲めるのに、鶏油と焦がし醤油の香りでガツンと腹に溜まる! 軟骨の歯ごたえも最高だ……これなら一杯三百円で、誰に出しても胸を張れるぞ!」

「……うん。透さんの醤油、香り付けに少し落とすだけなら、鶏の甘みがもっと立つ」

「ガチで美味しいです! お出汁がトロトロで、冷えた指先まで一気にポカポカしてきました!」


 こはくも頬を紅潮させて空の器を見つめた。

 器を置いたリンと透は、そのまま明朝の五十食分を仕込む作業へ移った。

 残りの粗叩き材に生姜と葱、片栗粉を加えて一気に練り上げ、現場で火が通りやすいよう、少し平たい扁平な円盤状に手分けして丸めていく。

 成形し終えたつくねを大鍋の沸騰湯で順番に下茹でし、中心温度が七十五度で一分以上保たれたことを確認してから、氷水に当てて急冷し、清潔なホテルパンへ収めた。

 白湯スープも寸胴ごと氷水で粗熱を取り、残りの鶏油や首皮チップと共に、四度以下の保冷庫へきっちり格納する。


「よし、これで明日の朝は現場で温め直して合わせるだけだ」


 俺が時計を見ると、時刻は午後七時になろうとしていた。

 調理台の端に固定した小型カメラの前で、こはくが小さな集音マイクのつまみを指先で絞った。


「大将、リンさん。今夜のテスト販売ですけど、宣伝口上は一切なしでいきましょう。二号車の手元と夜市の湯気だけを映す、音声最小の『深夜定点配信』で繋ぎます」

「顔も声も出さないのか?」


 透が不思議そうに尋ねると、こはくはいたずらっぽく微笑んだ。


「夜明け前に起きてる人たちには、言葉より、グツグツ煮えるお鍋の音と白い湯気の方が百倍効きますから。……さあ、大将たちは一旦帰って、たっぷり寝てくださいね!」

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