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クビになった解体屋のおっさん2 〜いつもの技が通じない魔獣肉を、それでも五百円の旨い飯に〜  作者: さくらろ
第2章 弾かれた鶏の端材で百五十食

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第26話 三手省略の歩留まり捌きと狭い車内の二人動線

 八日目の午後一時ちょうど、俺とリンは湾岸夜市の仕込み区画に止めた二号車の車内へ、時間通りにやってきた伊吹透と白瀬こはくを迎え入れた。

 配信は切ったままだが、車内の隅では、こはくが二人の顔を映さず調理台の手元と鍋の湯気だけを収める位置を探りながら、小型固定カメラの画角テストを静かに進めている。


「大将、昨日言ってた『手数を三つ削った屋台の刃筋』ってのは、一体どういうやり方なんだ?」


 透が身を乗り出して尋ねてくる。

 俺は二号車の調理台に、昨夜のうちに溝加工を施しておいた分厚い補助まな板を置いた。

 まな板の手前側から五センチほどの位置に、深さ三ミリ、幅五ミリの浅い直線溝――ストッパー溝が一本掘られている。その横に、俺の二番手の骨スキと、透が持参した幅広の中華包丁を並べた。


「昨日、お前たちが膝軟骨を捌くのを見ていたがな。時間がかかった理由は二つだ」


 俺は増設保冷庫の検証用ロットから、膝軟骨一キロと砂肝一キロの計二キロを取り出してバットに広げた。


「一つは、丸くて滑る端材を左手の指だけで押さえようとしていたこと。もう一つは、膝軟骨の『腱膜剥がし・関節包開き・軟骨削ぎ・筋切り』っていう四つの工程を、包丁を横に振って真面目に全部やっていたことだ。……屋台の仕込みじゃ、そのうち三手は要らない」


 俺はまず、膝軟骨を一つ摘まみ上げ、まな板のストッパー溝に関節のくぼみをカチリと引っ掛けた。


「よく見てろ。溝に引っ掛ければ、左手で強く握り込まなくても軟骨は動かない。その状態で、骨スキの刃先じゃなく一番力が入る『刃元(アゴ)』を、二重腱の付着部一点に上から垂直に当てる」


 俺は肘を脇に締めたまま、刃元を当てた手首をクイッと手前に五ミリだけ返した。

 パツンッ!

 乾いた快音が響き、関節に食い込んでいた太い二重腱が根元から一刀で弾け飛んだ。横に包丁を振る動きはゼロ。上から当てて手首を返す、縦の一手だけだ。


「えっ……!? 今、一太刀で二重腱が両方外れたぞ!?」

「二重腱は途中を切ろうとすると滑るが、骨にくっついている根元のくぼみは一箇所に集まっている。溝で固定して刃元を垂直に落とせば、力のない手でも一秒で断てる」


 続けて俺は砂肝を一つ取り、青白い銀皮の端を同じくストッパー溝の角に噛ませた。

 そこに骨スキの『峰』を斜めに当て、向こう側へグッと押し滑らせる。ベリッという音と共に、分厚い銀皮と筋膜が一手で綺麗に引き剥がされた。


「細く削ぐ必要はない。こうして腱と銀皮を一手で外した軟骨と砂肝を、そのまま右隣へ滑らせる。……透、これを中華包丁で粗叩きにしてみろ」

「お、おう!」


 右隣に立った透が、俺が滑らせた軟骨と砂肝を幅広の中華包丁で受け止め、ダダダダッ! とリズミカルな縦の上下動だけで粗いミンチ状に叩き上げた。

 砂肝の赤身が粘りを出し、その中に三ミリ角ほどに砕けた膝軟骨が白い星のように混ざり合う。


「……これが『三手省略の歩留まり捌き』だ。一粒ずつ形を整える必要はない。噛み切れない二重腱の根元と銀皮の筋だけを最初に弾けば、残りの可食部はそのまま粗叩きのタネになる」


 俺は骨スキの柄を拭き、リンへと手渡した。


「左側のリンがストッパー溝で腱と銀皮を縦に外し、右側の透が中華包丁で縦に粗叩きにする。どちらも包丁を横に振らない『L字の一方向リレー動線』だ。……二キロある。二人でやってみろ」

「……わかった。透さん、いくよ」

「おう、どんどん寄越しな!」


 ストップウォッチが押されると同時に、二号車の狭い車内で二人の動きが噛み合った。

 人類最強の探索者でもあるリンの正確な一点荷重が、ストッパー溝の上でパツン、ベリッ、と全くブレることなく二重腱と銀皮を弾き飛ばしていく。肘はピタリと脇に収まり、隣の透には指一本触れない。

 そして左から次々と滑り込んでくる可食部を、透の高速な中華包丁がトントントンッ! と小気味よい太鼓のような音で粗叩きに変えていく。


「速い……! ガチで肘が全然ぶつかってないです!」


 画角を確認していたこはくが目を丸くした。

 最後の一塊を透が叩き終えた瞬間、俺は時計を止めた。


「――七分ちょうどだ。二キロ抜いて七分、一キロあたり三分半だな」

「……横へこじる動きが消えただけで、この二キロを叩いた後の右手首の重さが昨日とまるで違う。リンさんのパスも一定のテンポで滑ってくるから、包丁を落とすリズムが一度も止まらなかったぞ」


 透が中華包丁を置き、湿布を貼った右手首を軽く回して息をついた。

 バットを秤に乗せると、弾き出した硬い二重腱と銀皮筋の廃棄分が三百グラム、残った可食粗叩き材が千七百グラムで、歩留まりもきっちり八割五分に収まっていた。


「よし、この粗叩き材千七百グラムのうち、二百グラムを使って結着力と火の通りを確かめよう」


 俺は粗叩き材二百グラムに塩をひとつまみだけ加えて練り、四つの小さな小判型に丸めて、沸騰した塩湯へと落とした。

 中心温度が七十五度で一分以上保たれるよう、きっちり三分間茹で上げてから引き上げる。


「試食の『叩き軟骨の潮つみれ』だ。食べてみろ」


 俺とリン、透、こはくの四人で、湯気の立つつみれを一口で頬張った。

 プリッ、コリコリッ!

 砂肝の赤身が驚くほど強い弾力で歯を押し返し、次の瞬間、粗く叩かれた膝軟骨が小気味よい快音を立てて砕けた。嫌な硬さの二重腱は完全に消え去り、噛むほどに砂肝の濃厚な旨味と軟骨の甘いゼラチン質が口いっぱいに広がる。


「……っ、うめえ! つなぎを何も入れてねえのに、砂肝の粘りでしっかり固まってやがる!」

「……うん。軟骨の粒が揃ってるから、どこを噛んでもコリコリしてて気持ちいい」


 リンも満足そうに目を細め、残った千五百グラムの粗叩き材のバットに蓋をして増設保冷庫へ収めた。

 空になった試食皿を置いた透が、パッと顔を輝かせて俺とリンを見た。


「この速さとこの味ならいけるぞ! 大将、リンさん、これに首皮の旨味も混ぜて丸めてさ、明日の朝、俺の屋台と二号車の真ん中で荷揚げの連中に出す熱々の『つくね煮込み』にしようぜ!」

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