第19話 復活の生姜焼き定食と防波堤の列
五日目の夜、二十三時三十分。防波堤に止めたまかべ食堂本店のトラックに、俺は五日ぶりとなる木札を掲げた。
『厚切り生姜焼き定食・琥珀背脂の澄まし豚汁付き 五百円』。さらに、検証時間を捻出するために一時休止していた小鉢二品も今夜から完全復活だ。
トラックの前には、開店三十分前だというのにすでに長い列が伸びていた。
列の先頭では、岩のような体躯の大男――大陸序列一位の常連であるガルシアが、いつものように自主的に番号札を配って列の整理を手伝ってくれている。
「よし、皆さん一列に並んでください。今日は大将の生姜焼きが復活する日ですからね、押さなくても全員食べられますよ」
「おう、ガルシアさん、いつもありがとな!」
「常連は座って待つもんだぞ、ガルシア。……ほら、零時だ。暖簾を出すぞ」
俺が声をかけると、ガルシアは「ハハ、体が勝手に動いてしまうのです」と白い歯を見せて笑い、一番乗りの席へどっしりと腰を下ろした。
日付が六日目に変わった深夜零時、本店の鉄板と寸胴の手元だけを映す通常配信カメラがONになる。隣の『まかべ食堂 二号車』でもリンが窓口を開け、零時から零時四十五分までの深夜限定営業として、一杯三百円の琥珀生姜粥二十食(出汁一リットル分)の提供を一斉に始めた。
俺は本店の氷温庫から、先に剥離して寝かせておいた試作分の本ロースを手前に出し、昼の検査後に通常の卸値で買い受けた本番ロットをその奥へ並べた。古い順から先に使い切るのが厨房の鉄則だ。包みを開くと、氷温で落ち着いた琥珀脂がしっとりと艶を帯びている。
俺は研ぎ上げたばかりの筋引を握り、桜色の本ロースを贅沢な厚切りへとスライスしていく。
温めた鉄板に厚切りロースを並べると、ジュウウッ、と軽快な音が弾け、配信のコメント欄に『きたあああ!』『昼の公開検査を突破した琥珀ロースの生姜焼き!』『この厚切りで五百円はやっぱりバグってるw』と歓喜の弾幕が流れた。
俺は強火で肉を縮ませないよう、真皮の下に残した琥珀脂の膜際だけを低温でじっくりと溶かし出した。溶け出した透明な脂が鉄板の上で黄金色に輝き、そこへすりおろしたばかりの生姜と特製醤油ダレをジュッと絡める。
さらに隣の寸胴からは、二号車のリンの出汁を今夜の本店分として有償で振り替えた『琥珀背脂の澄まし豚汁』を大椀によそい、刻み葱を散らした。
「おまちどう。復活の厚切り生姜焼き定食、ご飯大盛りだ」
「おお……! いただきます!」
俺が差し出した盆を受け取り、ガルシアが湯気の立つ厚切りロースで山盛りの白飯をくるりと巻いて、大口を開けて頬張った。
二回、三回と噛みしめた瞬間、ガルシアの厳つい顔が子どものようにほころんだ。
「……うまい! 大将、この厚切りなのに歯でサクッと切れて、焦がし醤油と生姜の香りで白飯が止まりませんよ! 豚汁も腹の底まで温まります!」
ガルシアはみるみるうちに大盛りの白飯と厚切りロース、澄まし豚汁を綺麗に平らげると、空になった茶碗を両手で掲げて言った。
「ハイ! ワタシ、常連。……オカワリ、アリマスカ!」
「あるぞ。完食が続く限り、白飯の大盛りは上限なしだ」
俺が苦笑して新しい山盛りご飯をよそうと、カウンターの常連たちから温かい笑い声が上がった。
やがて零時四十五分になり、二号車の生姜粥二十食をきっちり売り切ったリンが、本店のカウンター内側へと合流してきた。
「……二号車、二十食完売した。ここからは私が豚汁とご飯を盛る」
「おう、頼む。ちょうど後半の列が詰まってきたところだ」
俺が筋引でのスライスと鉄板の火入れに専念し、リンが澄まし豚汁と白飯、復活した小鉢を手際よく盆に並べていく。
午前一時を過ぎた頃、列の後半に並んでいたダンジョン庁の葛城さんと、背広のネクタイを少し緩めた久世さんが並んでカウンターの席に着いた。
二人は特別扱いを求めることなく、他の常連客とまったく同じようにチャリンと五百円硬貨をカウンターに置いた。
「いらっしゃい。久世さん、本当に並んでくれたんですね」
「約束ですからね。……それに、検査室の試食だけでは、白飯と一緒に味わうことができませんでしたから」
俺が焼きたての厚切り生姜焼きを皿に盛り、リンが熱々の澄まし豚汁と白飯を添えて二人の前へ差し出す。
久世さんは湯気の向こうで端正な顔をほころばせ、「いただきます」と箸を割った。
生姜ダレが絡んだ厚切りロースを白飯にバウンドさせて口へ運び、続けて澄まし豚汁を一口啜る。隣の葛城さんも「ああ……五日間の疲れが全部溶けていきます……」と幸せそうに目を細めた。
「……検査室で一切れいただいた時より、熱々の白飯と一緒だと琥珀脂の甘みが段違いですね。澄まし豚汁の深い出汁も体に染みます」
久世さんはしみじみと頷き、最初の一杯の白飯を綺麗に完食したところで「真壁さん、すみません。私もご飯のおかわりを少しいただけますか」と照れくさそうに空の茶碗を差し出した。
リンが「……はい。半盛り、熱いところ」と静かに茶碗を受け取ってよそい返す。
鉄板の前で手を動かしながら、俺は先に並べていた試作分のロースを綺麗に使い切り、昼に通常の卸値で仕入れた本番ロットの塊へと筋引の刃を入れた。二号車から有償で振り替えた出汁や肉の仕入れ、今夜の働き分の経費をきっちり支払っても、一回限りの検証協力費に頼らず五百円の商売としてちゃんと黒字が残る。用意した四十食分の木札が、次々と気持ちよく捌けていった。
営業のピークが落ち着き、午前一時三十分を回った頃だった。
湾岸の卸市場へ取材に行っていたこはくが防波堤へ戻ってきて、配信カメラの画角とマイクの集音範囲から外れたトラックの裏手から、俺とリンを手招きした。
「大将、リンさん……! 生姜焼き復活のところすみません、湾岸の夜市の方で、別の還流端材がガチで大変なことになってます!」




