ep90 看板マスコット
師崎家に泊まった次の日、蒼はまた商店街を歩いていた。馴染みの肉屋の店主から市販のパンをもらった。小腹の空いていた蒼は店主に許可を得て、店先の椅子に座って食べる。
「相変わらず、餌付けされてるわね」
肉屋の常連客がそんな蒼の様子を微笑ましそうに見る。蒼は気にせずに続きを食べていた。そんな蒼の耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「おう、今日はうちの看板マスコットだからな」
「待って、マスコットって何!?」
思わずパンを食べるのをやめて、椅子から立ち上がる。聞き捨てならない単語が聞こえてきた気がしたが気のせいだと思いたい。
「ん? 蒼がいたら不運が蒼に吸い込まれるから、店先にいたら招き猫代わりってこの辺りじゃ有名だぞ?」
何を言っているんだ? と当たり前のことを言っているという顔をしている店主に蒼はそういえばと思い出す。
ここ1年ほど、食べ物をくれる商店街の店主が多いこと。そして、みんなよかったら店先で食べていいよと椅子を用意してくれていることを。
蒼はみんな優しいなと言葉に甘えることもあった。しかしそんな思惑があったとは、裏切られた気分になる。
ぐぬぬとパンと店主を交互に見比べる。気分は複雑だ。
「ここの人達なんなんだ!? 人を名物扱いしたり、招き猫扱いしたり!」
「何言ってる、お前が帽子被って俺とか言い出す前からだぞ」「何その事実、知りたくなかった!」
蒼は泣きたくなった。確かに昔から商店街に入り浸っていたが、それにしても酷いだろう。帽子をかぶる前というと、小3ぐらいだ。
そんな前から蒼は商店街の人々に可愛いがられていたが、蒼は虐められているようにしか思えない。
店主がそういえばというように呟く。
「昔はよくうちのコロッケも食べてたが、まだ無理か?」
「……うん、美味しかった記憶はあるんだけど、ごめん」
商店街の人々は、蒼が人の作った物が食べれなくなった事を知っている。蒼が食べれる手作り料理は師崎家と駿河家の人々の作ったものだけだ。時折、蒼は申し訳なく思う。
ここの人々は蒼のために市販の機械量産の食べ物をストックして与えてくれる。
しかし、信じてまたあの時と同じことがあったら、今度こそ蒼は正気を保てなくなる自信があった。だから蒼は何があっても自分の天秤は捨てて、圭哉と唯華2人の天秤を自分のものとするのだ。
ただ普通のフリをするために。
「気にすんな。いつかまた食べてくれるのを楽しみにしてるよ」
「……ありがと」
優しい店主の言葉に、蒼は照れ臭くなり小さくお礼を言う。その様子を見て店主は笑った。
蒼はパンを食べ終えると立ち上がる。
「おじさん、ありがと! 小腹も満ちたし、俺行くね」
「おう、また来いよ」
「うん」
そして蒼は店主に手を振りながらその場を後にする。その後も蒼は商店街をふらふらする。
見慣れた店や新しい店、はたまたシャッターが降りている店と歩くだけでも楽しい。
キョロキョロしながら蒼は前を見ずに歩いていた。
「おい、当夜前見て歩け!」
その為か、前方から駆け足で駆けてきた人物に気付けなかった。なんか男の人が怒鳴ってるなーと思いながら1歩踏み出した瞬間に目の前に人の気配がして、蒼は慌てて前を向く。そこには前を見ずにこちらに向かってくる少年がスローモーションで見えた。
蒼は衝突を避けられないと悟り、衝撃で帽子が落ちないように手で抑えた。
ドンっと鈍い音と共に蒼と少年はぶつかった。なんとか足に力を入れて蒼は転倒を免れる。ぶつかった少年も転倒まではしなかったようだ。
「悪りぃ! 小さくて見えなかった!」
「誰が小さいだ!」
少年の謝罪を聞き、蒼は反射的に少年ーー結城当夜を真っ直ぐに見つめて言い返す。
「こら、当夜! その言い方はないだろ」
後ろからきた少年ーー三好純が、怒りながら近づいてくる。そして当夜の頭を一度はたくと、蒼に視線を合わせるように少ししゃがむ。
「ごめんね、大丈夫?」
「大丈夫! ありがとな、親切なお兄さん!」
優しく謝られて蒼は笑顔で純にお礼を言う。
「あっ、三好君、結城君いた?」
少年達の背後から2人の少女が近づいてきた。
「ごめん、九条さんに月詠さんも」
「大丈夫だよ、相変わらず大変だね、三好君」
どうやら4人は知り合いのようだ。蒼はその様子をなんとなく眺める。
近づいてきた少女達、九条翼と山吹詩織は当夜達から蒼に視線を移した。
「大丈夫?」
「見てたけど大丈夫だと思います。蒼は丈夫だけが取り柄だし」
翼の問いに蒼より先に答えた声があった。声の方を振り向くと圭哉と清隆の2人がいた。
「なんでゆきさんが、俺の代わりに答えんの?」
「でも、事実じゃん」
「なんで、それをバカ哉がさらに答えんの?」
2人の発言に蒼は当夜達から離れて詰め寄る。その様子を見て翼がニコニコと笑う。その様子を見て、この人は清隆と一緒で腹黒い人だと蒼は悟った。
「本当に、このバカがごめんね。よかったらそこのお店でお礼に何か奢るよ」
純が心配そうに蒼に尋ねる。この人はいい人だと思いながら蒼は考える。さっきパンは食べたが、まだ入る。
「いいの!?」
「うん」
純はそう笑うと表情を変えて当夜を見る。そして蒼にとっては聞き捨てならない言葉を紡いだ。
「お前も謝罪! なんで小学生の方がしっかりしてんだよ!」
「待って、お兄さん! 俺中1! 小学生じゃない」
「えっ?」
純が驚いたように目を見開いて蒼を見てきた。どうせいつも通り身長から小学校低学年だと思ったんだろうと蒼は少しへそを曲げた。
「ごっ、ごめん。お詫びにあそこの喫茶店で何か奢るよ」
ムスッとしている蒼を見て純は申し訳なさそうでそう言った。後ろから圭哉の笑い声が聞こえ、蒼は後で締めると決意した。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は、明日20時に更新予定です。
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