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ぱんどら  作者: 星川宙
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第一章―はじまりー⑧

(九条の話だと島の人間なら知ってるって言ってたよな?)


 翼の話を思い出して、当夜は唯華の反応に首を捻った。この様子を見るに彼女も最近御影島に来たのだろうか?

 しかしそうだとするとこの辺りの散歩が日課だと言っていたのはどういう事だ?と当夜は考え込んだ。


「……ごめんなさい。月詠神社の事ではないですよね……?」


 そんな当夜を見ながら唯華はおずおずといった様子で疑問を口にした。


「月詠神社?」

「えっと、この島でも屈指の神社……です。やっぱり違いますよね」


 当夜の返答を聞き、唯華はそうあたりを付けた。


(この島で他に月詠って、言われてもね……)


 もう一度自分の記憶を探ろうとした瞬間、唯華はハッと何かに気づいた。


「どうしたんだ?」


 突然の唯華の反応に当夜は不思議そうに尋ねる。しかし唯華は口元に手を当てて、しばらく何かを考えるような素振りをする。そして当夜の方に向き直りながら頭を下げる。


「すみません、用事を思い出したので私はこれで」


 そう言って唯華は先を急ぐように来た道を戻るように走って行った。



♢♢♢♢



 30分程前。


 一度はしおりと別れて唯華を探しに行こうとした瑞稀だったが、暗くなってきた事もあり、詩織を家まで送り届ける事にした。そして家に着くと、「じゃぁ、探してくるな」と言い、詩織の言葉も聞かずに来た道を戻る。

 何か言いかけた詩織は、小さくなっていく瑞稀の姿を見つめる。


「……心配性だなぁ」


 詩織は小さくそう呟くと、家の中に入っていった。

 一方、瑞稀はといえば心当たりのある場所を片っ端から探した。しかし、そのどこにも唯華の姿はなく途方に暮れていた。もしかしたら帰ってきているかもしれない。そんな微かな希望を持ち、一度帰ろうと帰路に着く。


 ずっと走り回っていた為、足も限界が近くなっておりうまく走れなくなってきた。


「くそっ……」


 瑞稀は小さくそう吐き捨てると、少し休憩する事にした。自販機で購入した水を飲みながら、数分程近くの公園のベンチに腰掛けて息を整える。

 そして体力が少し戻ったのを確かめると家に向かいまた走り出した。


 家までの距離が残り半分程というところで、前方に人影を発見する。瑞稀は一度足を止め、人影を確認すると少年が進行方向で立ち尽くしている事に気づく。


「なぁ、一つ聞いていいか?」

「おわっ!?……えっ、あっいいぞ」


 不意に後ろから声をかけられ、当夜は驚きながら振り返った。そこには自分と同い年か一つ上ぐらいだろうと推測できる少年がいた。


「唯華……じゃないや、この辺りでだれか女の子と合わなかったか?」

「えっと、さっきまで山吹と」

「どこに行った!?」


 当夜の口から"山吹"という探し人の苗字が出てきて瑞稀は思わず当夜の肩に手を置いて叫んだ。当夜はその迫力に一瞬でたじろぐ。


「おい!!」

「あっ、山吹なら用事があるってあっちに走ってーー」

「向こうだな、ありがとう」


 瑞稀の迫力に押されながらも当夜は先ほど唯華が走って行った方角を指差した。自宅の方向じゃない事を確認すると、瑞稀はお礼を言い、当夜が指差した方へ向かって走り出した。


「なっ、なんだったんだ?」


 現在起こった状況が全くわからない当夜は1人そう呟くと肝心な事実に気づいた。


「ってか、ここどこだ!?」


 周りを見渡すが人の気配はない。なんだかんだと唯華や先ほどの少年に道を尋ねる事が出来なかったのを思い出した。絶賛迷子中であった事を。

 どうしようかと当夜が考えていると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。


「あっ、結城君いた。やっぱり迷子だったか」

「九条……!!」


 純に相談され、当夜を探していた翼はその姿を見て安心すると走って当夜の近づく。


「もう遅いよ。早く帰らないと寮長様に……」


 翼は大袈裟に体を震わせながらそう言うと、当夜の手を取り、歩き出す


「えっ!?」


 当夜は驚いたように眼を見開き、繋がれた手を見る。気にした様子もなく前を歩く翼に戸惑いながらも後に続く。翼はあって1日で当夜の性格を少なからず理解していた。捕まえていないとまた思うままにどこかに行く可能性があると。同い年なのに小さな子を相手にするような気持ちで当夜の手を引きやや早歩きで進む。


 置いていかれないように必死についていく当夜の耳にどこからか歌声が聞こえてきた。澄んだ歌声はこの世のものじゃないようにも聞こえる。不思議に思い、当夜は翼に尋ねる。 


「なぁ、九条。この歌はなんだ?」

「歌?何言ってるの結城君。歌なんて聞こえないよ?」


 不思議そうに言う翼の顔はとても嘘をついているようには見えない。当夜は疑問に思いながらも歩きながら耳をすませ、その優しくてどこか悲しいメロディを聞いていた。



♢♢♢♢



「面白くなってきた」


 そんな当夜達の後ろ姿を闇に紛れながら見ていた吹雪はニヤリと笑った。


「あんたが面白がるって事は実際は最悪なんだな」


 吹雪の後ろに立ち呆れたように葵は言う。


「あれ?いつから居たんだ?」


 揶揄うように言うと、吹雪は後ろに控えている葵の方を見た。


「なんだ?」

「いや、さっきの言葉の意味を聞こうと思ってさ」

「そのままの意味だ。あんだ面白がっている事はだいたい周りにとっては最悪な事が多い」


 吹雪の質問に葵は淡々と答える。しかし吹雪は特に気にした様子もなく葵の返答を聞いていた。それどころか笑いがさらに大きくなる。


「あはは。そうとしか考えられないなら終わりだな」


 葵に言いながら吹雪は今の情報を整理する。そしてまるで何も考えていないような顔で言葉を紡ぐ。

 それは葵に語っているようにも独り言のようにも聞こえた。


「ここは、御影島は退屈を嫌っている。そして起こる事件全てを楽しんでいる。人以上に強欲だ」

「それはあんたの事だろう」

「そうかもね、否定はしないよ」


 葵の言葉を肯定しながら吹雪は先程まで当夜達が歩いていた方向を見つめる。


「純粋な憧れでここに来た。それがこの島にどんな影響を与えるのか気にならないか?」

「……興味ないな」

「ははっ、そうだったね」


葵の返答を聞き、口先では笑いながらも真剣な顔で苦笑するような表情をする。しかしすぐに表情は笑いを貼り付けた物に戻る。


「まっ、傍観者はいつも通り見ているだけだけど」


 吹雪は楽しそうに歪んだ笑みを浮かべる。そんな吹雪の様子を葵は感情の読めない瞳で見つめる。そして呆れたようにため息をひとつ。


「あんたはどこまで知ってるんだ」

「どこまで?さぁ、どこまでだろうな?」


 まるで全てを分かっているうえではぐらかしているように言う。そして不意に笑うのをやめて空を見上げた。

 ちょうど雲が月を隠し、この場を夜の闇が支配する。それを見て吹雪は自嘲気味に笑った。


「まるでこの島の闇を表しているみたいだ」


 そしてその笑みすら顔から消して、独り言のように呟く。


「知っていようがいまいが、何も変わらない。所詮は無力な存在だ」


 葵はそれを否定しようとしてやめた。自分が何を言っても吹雪には届かないと知っているから。どこにいようが、誰といようが孤独しか感じられない人間なのだから。

 葵はそのまま何も言わずにその場を去った。1人残された吹雪はしばらく空を見上げていたが不意に視線を下ろして口元を緩める。


(へぇー、今までが序章。今からが物語の幕開けか)


 傍観者は1人、全てを知っているかのように宣言する。


「役者は揃った。お楽しみはこれから……ってな」

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