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ぱんどら  作者: 星川宙
第一章ーはじまりー
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秘められた別れ

「遅かったね」


 瑞稀が息を切らしながらリビングに入ると開口一番に唯華はそう言った。


「……は?」


 瑞稀はただ呆然とした。自分が必死に探していた少女は椅子に座り、湯気のたったマグカップを持っている。……というか、美味しそうに何かを飲んでいた。どこからどう見ても寛いでいるようにしか見えない。


「ちょっと待て、なんで唯華がここにいるんだ!?」

「何?私がここにいたらいけないの?」


 ココアの入ったマグカップを置き、唯華は不機嫌そうに瑞稀を見る。


「いや……違っ」


 その態度に押されて瑞稀は口籠る。それが唯華の機嫌をさらに悪くさせた。といっても瑞稀は唯華の機嫌が良いところなんてほとんど見た事がないのだが……。


「はっきり言って」


 唯華は瑞稀を軽く睨みながら、先を促すように言い放つ。それで少し落ち着きかけていた瑞稀はハッとしたように叫んだ。


「お前、今までどこに行ってたんだよ!?探してたんだぞ!!」

「……若葉には関係ない」

「そうやぬわてお前は……。というか最近、いつも以上に他人行儀になってないか?」


 瑞稀はそれ以上追求するのをやめて、最近よく思っていた疑問を投げかける事にした。しかしそれに対する返答は冷たかった。


「気のせいじゃないの、めんどくさい」


 ため息をつきながらそう答えると再びマグカップを口元に運ぶ。


「あっ、瑞稀帰ってきてたの?」


 瑞稀の存在を無視してココアを飲み始めてしまった唯華に何か口を言おうと口を開いた。その時、タイミングよくリビングに詩織が入ってきて瑞稀の姿を見つけて声をかけた。


「詩織、唯華のやついつ帰ってきたんだ?」


 瑞稀は詩織の方を振り返る。そして唯華きら話を聞くのを諦めて詩織に疑問を投げかける。


「少し前だよ」


 特に気にも留めずに答える。


「そうか」


 と小く呟くと瑞稀は呆れたように顔を顰めながら唯華を見る。


「なに?」


 視線に気づいた唯華は短く尋ねるが、瑞稀は視線をずらしただけで答えなかった。リビングに気まずい沈黙が流れる。詩織は小さくため息をつくと夕食の準備をしようとキッチンに移動する。


「あらあら、3人ともお揃いで」


 リビングの扉が開き、優しく微笑みながら1人の老婦人が入ってくる。


「あっ、おばあちゃん!!」

「ばあさん?」

「彩音さん……」


 三者三様の反応をする子ども達を見て老婦人はますます笑みを深める。


 双葉彩音。

 彼女からは詩織と瑞稀に居場所を提供して、路頭に迷っていた唯華を拾って育てた人物だ。だから詩織と瑞稀はもちろん、他者に心を開く事を嫌う唯華ですら信頼していた。


「どうかしたの?」

「ええ、本島にいる娘から連絡が来ましてね」


 彩音は詩織の問いに嬉しそうに答える。彼女の娘は御影島から本島へと働きに出ていた。そしてそこで出会った人と結婚し、そのまま本島に居を構えている。だから彼女は滅多に娘に会う事が出来ない。


飛鳥(あすか)さんがどうかしたの?」


唯華は彩音の方に向き直って疑問をぶつける。


「孫がもうじき産まれるらしいの。だからしばらく留守にします」

「ばあさん、ほんとか!?」

「うわぁー、飛鳥姉におめでとうって伝えてください」


 その言葉に詩織と瑞稀は自分のことのように悦んだ。2人にとって飛鳥は姉のような存在なのだ。彩音はその様子を見てさらに嬉しそうに笑う。


「急な話ですけど、明日本島に行くことになったの」


 御影島と本島の連絡船は今日は本島から到着し、明日は本当に向けて出発する。それを逃すと緊急時以外は数ヶ月は本島に渡る手段がなくなる。


「わかった、気をつけてね。おばあちゃん!」


 詩織が笑顔でそう言うと彩音は微笑みを返して旅支度をする為に部屋に戻った。残された3人はしばらく彩音が出ていった扉を眺めていた。そして瑞稀は元気よく言う。


「なんかお祝い贈ろうぜ!」

「そうだね!……唯華、どこ行くの?」


 2人が盛り上がっていると静かに唯華は椅子から立ち上がり、扉に向かった。


「部屋に戻る」


 唯華は振り返りもせずにリビングから出て行った。


「……最近いつも以上に唯華ぎ冷たくないか?」

「そうだね……」


 詩織は瑞稀にそう答えながら唯華の出て行った扉を心配そうに見つめた。



♢♢♢♢



「彩音さん、少し良いですか?」


 リビングから出ると唯華は彩音の部屋を訪ねた。そして返事を聞き、部屋の中に入ると扉を閉める。中では彩音が手を止めて、ニコニコと唯華を見ていた。


「どうしたのかしら?唯華ちゃんが訪ねてくるのは珍しいわね」

「そうですか。あの、明日はいつの便で本島へ」


 御影島と本島を結ぶ連絡船は1日に2本ある。様々な理由で1日で往復する事なく、朝、昼の2便が2日に分けてそれぞれを行き来し、御影島には連絡船が残らない仕組みになっていた。


「とりあえずお昼の便で行くつもりです。準備もありますからね」


 その答えを聞き、唯華は微かに視線を傾けた。そして真剣な顔で言う。


「何があっても絶対に明日の昼の便には乗らないでください。朝の便で必ず行くことをオススメします」

「何かあるのかしら?」


 当然の疑問を口にする彩音。しかし唯華は理由を語るのを渋るように口を閉ざした。それから冷静を装って一言だけ紡ぐ。


「勘です」


 それを聞き、彩音は笑った。


「そうですか。人の勘はすごいですものね。なら唯華ちゃんの勘を信じて明日は朝の便でこの島を発つとしましょう」


 穏やかで人を安心させるような微笑みを浮かべながらそう答えると、また手を動かして支度を再開する。予定より出発が早まった為、準備も急がないといけない。

 その様子をしばらく見つめ、唯華は自分の中にあった確信を口にした。


「もうここには戻ってこないつもりで?」

「!?どうして……」


 彩音は目を見開き唯華を見る。


「帰ってきてから私は貴女の作り笑いしかみていないので。他の2人は気づいてないと思いますよ。私は作り笑いをし慣れていますから、それと勘は良い方なんです」


 唯華は微かに微笑みながら言葉を続ける。


「別に私から2人に言うつもりはありません。貴女が決めたことに従います。それに御影島(ここ)にいるよりは本島の方がマシでしょうしね」

「ありがとう。1つ頼んでも良いかしら?」

「なんですか?」

「2人の事をよろしくお願いしますね。2人ともこの島から出る事が出来ないから……」


 悲しそうにそう告げる彩音に唯華はやはり笑って答える。


「大丈夫ですよ、何気に強いですから」

 そこで1度言葉を切る。


「あの、彩音さん。最後に1つだけ聞いても良いですか?」

「ええ、何かしら?」

「どうして私を拾ったんですか?」


 唯華の問いに彩音は珍しく意地悪そうに笑う。そして唯華が半分予想していた事を口にした。

 それを聞き、唯華はやはり微かに笑う。苦笑しながら彩音を見ると静かに言った。


「今までありがとうございます。……今だから言いますけど、私は貴女が苦手でした」

「……知っていましたよ」


 彩音は頭を下げて部屋から出ていく唯華を見送りながら小さく呟く。


「あなたの本質もね」


 その呟きは誰に聞かれることもなく消えた。

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