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ぱんどら ー治外法権の島ー  作者: 星川宙
第一章ーはじまりー
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8/28

夕暮れ時の散歩

 山吹唯華は2人が心配しているとは知らずに意味もなく夜道を歩いていた。別に何か用事があるわけではない。ただなんとなく、理由はそれだけだった。


 まだ春先という事もあり夜は寒い。しかし唯華は薄着だった。


「こんな時間に女のひとり歩きは危ないぞ。まっ、今日この島に来た俺はここの治安は知らないんだけどさ」


 上着を持ってくるべきだったなとぼんやりと考え、後悔していた唯華は不意に後ろから聞こえた男の声に体を一瞬強張らせた。


「あっ、悪い。驚かせる気はなかったんだ」


 爽やかに当夜は唯華に笑いかける。

 翼から噂話を沢山聞いて興味を持った当夜は、寮の場所と自分の部屋を確認すると「荷物の整理を先にしろ!」と言う純の言葉を無視して島を散策していたのだ。


 そして、道に迷った。


 島の地図は部屋に置いてきてしまっており、人を探して彷徨っていたところで唯華を見つけたのだ。

 最初は道を尋ねる為に声をかけようとしたのだが、あまりにも無防備に歩いていた為、つい先に言葉が出てしまった。見知らぬ男がそんな言葉を投げかけたら不審者と思われるんじゃと言ってから気付き、謝ったのだ。


「いえ、こちらこそ勝手に驚いてしまってすみません」


 そんな当夜の事情も知らず、唯華は振り返って丁寧に頭を下げる。そして、声をかけてきた男を見た。

 その男は唯華には見覚えのない少年だ。という事は外から来た人間だろう。そしてたしか今日はーー。


「先程の忠告ですが、大丈夫ですよ」

「そうか? もう夜だし、結構暗いぞ?」


 心配そうに言う当夜に唯華は笑いながら(・・・・・)言う。


「大丈夫ですよ。この辺りの散歩は私の日課ですので」

「……でも暗くて危ないぞ?」


 しかし当夜は食い下がる。そしてふと何かを思い付いたように笑った。


「俺も明日から一緒にいいか?」

「……はい?」


 唯華は顔を引き攣らせながらも、顔から笑みを殺さないように頑張った。しかしそんな唯華の様子に当夜は全く気づかないで、いい事を言ったかの様に純粋な笑顔を浮かべる。


「あっ、自己紹介がまだだったな。結城当夜だ、よろしくな」

「……山吹唯華です」


 勢いに負けて、唯華も名乗る。気づいたら当夜のペースに巻き込まれていた。それに気づいた唯華は苦手なタイプだと思いつつもとりあえず表面上は仲良くする事にした。


 だから気になった事を尋ねる。


「……結城はなんでこの島に来たんですか?」

「憧れだな」


 唯華の質問に当夜は即答した。


「憧れ……ですか?」


 その声音には微かな興味が込められる。本人にしかわからないほど微かだったが、確かに唯華は当夜に興味を持った。


「ああ、この島って有名だろ?」


 そう言って、当夜は理由を語り出した。

 唯華は静かに相槌を打ちながら、当夜の話に耳を傾ける。話し始めた当夜の瞳は純粋に輝いていて、唯華にはそれが眩しかった。


「最初にこの島の事を知ったのは歴史の授業の時だった。話を聞いて一瞬で俺は興味を持ったんだ。国内に国外の様な島があるって! それがすごくて仕方がなかったんだ」


 唯華は何も言わず、当夜の言葉の続きを待つ。当夜はまるで親に自慢する子どものように嬉しそうに無邪気に笑う。


「それでここに関わる事を沢山図書館やネットで調べてさ、知れば知るほどに"行ってみたい"という思いは強くなった。俺、勉強はからっきしで英語も苦手だから外国に行く事はないと思っててさ、御影島(ここ)は日本語が共通語の海外みたいだって思っていてさ!」

「それでですか」


 唯華は納得したように微笑む。


「おう、だから俺は今日御影島に来れて最高に幸せだった……はずだった」

「……はずだった?」


 当夜の言い方が気になり、唯華は返答を待った。


「最初に話した島民はすげぇーいい奴だったんだけど、次に会った奴が"後悔する"だのなんだの言ってきやがってよ!!」 


 その声には先程までの感情はなくなっており、怒りだけが宿っていた。それからしばらく独り言のように文句をぶつけまくる

 しかしふと何かに気づいたような、いや何かを思い出したかのように唯華を見た。


「山吹、お前……月詠について詳しく知っているか?」

「月詠……?」


 心当たりがないのか首を捻る唯華を見て、当夜は不思議に思った。そして港から第二寮までの道のりでの話を思い出した。




 ♢♢♢♢




「九条さん、さっき言ってた月詠って有名なのか?」

「らしいよ。私も中等部入学の時にここに来たから、詳しくは知らないんだけど、聞いた話によると、島の人間は皆知ってるんだって。この島での常識みたいなものらしいよ。でも、外からこの島に来た人は知らない人の方が多いんだって」


 純の疑問に翼は淡々と答えていく。しかしやはり月詠についてはそんなに知らないのかその表情は複雑だ。


「なんでだ」


 不機嫌に当夜は言う。


「まあ、私は興味がなかったってのも大きいとは思うんだけど、同じ名前の神社があるなーぐらいの認識だし。でも、多分この島の住人のほとんどは理由を知らないんだと思う。例えば……数字。0を基準に1から増えていくってのは幼稚園児でも知っている。でもその中にどうして1より0の方が小さいのか、数字の大小はどうやって決まったのか不思議に思った事は?」

「言われてみれば確かに……」

「それがこの話とどう関係があるんだ」


 純は翼の発言に考え込むように右手を顎の下に当てる。しかし当夜は難しい事はわからない。でも結論だけは知りたい。


「この世界にはほとんどの人が理由は考えた事もなくて知らないけど知識としては知っている事柄もあるって事。月詠もその1種じゃないかと私は考えている」


 当夜の疑問を翼は自分の考えを混ぜながら話していく。


「待て、意味がわからないぞ!?」


 しかし当夜には理解出来なかったように首を傾げる。

 純は自分の中では理解出来たのか少し納得した顔でまた考え込む。


「うーん、簡単に言うと詳しく知りたいなら、島で生まれた人に聞けってことかな?」


 全てを丸投げするような発言をサラッとすると翼は聞こえないように小声で付け足した。


「……満足のいく回答が得られるとは思えないけど」


 そして翼はこの話は終わりと言うように笑った。


「さてと、寮に着くまでに機嫌直しておきなよ、結城君。二寮長はおっかない人だからさ」


 揶揄うような口調で言うと、翼は2人を寮まで案内する為に一歩前に出て歩き出した。

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