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ぱんどら  作者: 星川宙
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第一章―はじまりー⑥

「詩織!!」


 港から少し離れた場所に隠れるようにして存在している岬のベンチに座っていた少女ーー山吹(やまぶき)詩音(しおん)は不意に自分の名前を呼ばれて驚いたように振り返った。


「瑞稀……?」


 相手を確認するように名前を呼び、そして疑問が浮かんだ。


(なんでここにいるの?)


 この場所はあまり人が来ない為、1人で考え事をする時に重宝しており、今まで他の人と一度も会った事がなかった。そんな所に何の用で来たのだろうか?

 しかし若葉(わかば)瑞稀(みずき)は気にした様子もなく詩織に手を振る。


「こんなところで会うなんて、すげぇ偶然だな」

「そうだね」


 詩織ーー今代の月詠の巫女はどうでも良さそうに呟く。瑞稀はそんな詩織の態度を見てなにかあったなと察したが、特に追及しない事にした。この1つ年下の幼馴染は考えがまとまるまで人に話すのを嫌う傾向があるのを付き合いの長さから知っている。


 そして自分の本来の目的を先に果たす事にした。


「あのさ、唯華見なかったか?」

「ごめん、今日は唯華と会ってないんだ……」


 瑞稀の問いにそう返答しながら詩織は心配そうに視線を空へと向けた。空は既に日が沈みかけていて、あたりは暗くなりつつある。

 夜が世界を支配するまでそう時間がかからないだろうとぼんやりと詩織は考える。

 そんな少女にならい瑞稀も空を見上げる。


「あいつは本当に協調性がねぇよな」

「……そうだね。でも、電話すればいいんじゃない?」

「したけど、電源切ってるみたいだ。一応メッセージは入れたけどさ」

「あー……」


 その言葉に納得したかのように詩織は頭を押さえた。


「本当にあいつは今、どこにいるんだ?」


 2人が心配している人物は、詩織達の妹である山吹(やまぶき)唯華(ゆいか)の事だ。妹といっても詩織との間に血縁関係もなく小学生の頃から同じ家で育ったという関係しかない。

 しかし、詩織は同い年である唯華を実の妹のように接していた。一方の唯華は携帯の電源をほとんど切っているなど、あまり人と関わりたがらない。だからよっぽどの事がない限り、どこにいるのかわからない事が多い。


 詩織と唯華、そして瑞稀の3人は俗にいう幼馴染であり、特に詩織と瑞稀は生まれた時からの付き合いだ。

 3人は双葉(ふたば)彩音(あやね)の家に居候している。正確にいうと少し事情が複雑で違うのだが本人達の認識はその程度のものだった。

 同じ家に住んでいるというのに、唯華とは1日中会わない事もあるぐらいだ。その為、2人とも唯華の事が心配だった。


「唯華の事だからそのうち帰ってくるよ」


 詩織は自分を安心させる為にそう呟くが、即座に瑞稀が否定する。


「そうだけど、最近何かと物騒だろ?」


そして一度言葉を切ると心配の理由を口にする。


「ここしばらく大人しくしていた"サーカス"がまた水面下で動き出したんだ。それにーー」

「大丈夫だよ。だって唯華は関係者じゃない。"サーカス"のリーダーは一般人には危害を加えないようにしているらしいから心配はないと思うよ」

「それもそうだな。今まで一般人の被害は聞いた事ないし。それにしても、本当にどこにいるんだろうな」


 詩織の言葉に納得したのか、瑞稀は冗談混じりに言った。それを聞き、詩織は微かに笑う。


「まあ、基本1人が好きだもんね、唯華は」

「だな、理解はできないけど」


 瑞稀はそう言って、伸びをする。そして周りを見回す。


「もう暗い。そろそろ帰った方がいいだろ」


 太陽はいつの間にか水面に隠れ、代わりに月光が当たりを照らしていた。


「そうだね」


 詩織はそれに同意してベンチから腰を上げた。そして2人はその場を後にする。


「なら、詩織は真っ直ぐに帰るんだぞ。俺はもう少し探してから帰るから」

「過保護すぎない?1番唯華が嫌がる事な気がするけど」


 瑞稀が詩織と別れようと声をかけると、呆れたように返される。唯華が数日帰ってこない事は何度かあり、独自の人間関係を築いている様子はあるが、誰1人として2人は知らない。それが瑞稀は心配で仕方なかった。初対面の際に一線唯華が引いた事に2人は気づいていた。


 でも2人も唯華に言えない事がある為、その距離感は心地良かった。付かず離れずの関係に特に詩織は巫女としての役割から人との関わりも制限されている事もあり、依存している。3人とも歪な関係だと分かっていながら少なくとも詩織と瑞稀はこの関係が一生続く事を祈っている。


「嫌がるかもしれないけど、今更と諦めてくれる方に賭けるさ」


 唯華の姿が見えず、瑞稀が探す事は度々あったその度に嫌そうな態度を唯華は取る事が多かったが、関係を変えようとはしていない。それは瑞稀に嫌われてはいないと自信を持たせるには十分だった。3人とも実の両親がいない。だからこそ1番年上の自分が保護者として2人を守る。それは昔から瑞稀が決めていた事だった。

 もう一度真っ直ぐに家に帰るように詩織に伝えると、瑞稀は家とは反対の道を駆けて行った。


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