第一章―はじまりー⑤
「今、なんで言ったのかしら?」
今にも壊れそうな印象を受ける廃工場にこの場に不釣り合いの甲高い声が響いた。
そこには2つの人影があった。1つは全体的に黒を基調とした服を着ている女性。黒いとんがり帽子に黒と紫の2色てわ作られたゴスロリ系のワンピースを着ている。その格好は絵本などでよく見かける魔女を彷彿とさせる。
もう1つは小柄な人間だった。帽子を深く被り、表情を見せないまま積み上げられて放置されているコンテナの上に腰をかけて見下すように女性を見ていた。
その顔は帽子と夜の闇に紛れて顔はおろか性別の区別もつかず、どこか幻想的な雰囲気を感じさせていた。
「聞こえてただろ?認めたくないからって聞こえなかったふりをするのはよくない」
声も低く中性的でさらに性別を判らなくさせている。帽子を被った人物は口角を微かに上げる。まるで相手を地獄に落とすかのように口を開く。
「惨めさが増すだけだ」
「うるさいですわ、吹雪!!」
女は耐えかねなかのように叫んだ。
しかし吹雪と呼ばれた人物は女性とは真逆に笑い出した。とても楽しそうに。
それにより女性の機嫌はさらに悪くなる。その様子に気づいているのか、吹雪は楽しそうに口を開いた。微かに見える口元には歪んだ笑みを貼り付けながら。
「貴方が何を言おうと何も状況は変わらない。わかってるんだろう、魔女さん?」
そういうと吹雪は一度言葉を切った。そして相手の表情を伺い、小さくため息をつく。
「まあいいや。で、さっきのだけどさ」
急に口調が砕け、吹雪は勢いよくコンテナの上から飛び降りて魔女と呼んだ女性に近寄る。笑みを貼り付けながら耳元に小声で何か言葉を紡ぐ。
その言葉を聞き、女は軽く目を見開いた。
「なっ!?」
「まっ、そーゆうこと」
笑いながら吹雪は女から離れる。
女はしばらく立ち尽くしていたが、そのまま何も言わずに廃工場を出て行った。
吹雪は彼女が出て行った出口を意味もなく眺める。
「金額分の仕事はしたよ。これ以上は契約外だ」
そして先ほど座っていたコンテナに座り直し上を見上げて、天井の穴から見える空を見る。
「この島は狂ってる。表と裏の歴史のズレが笑えるぐらいに酷い」
まるで全てを知っているかのように呟く。どこか退屈そうに伸びをする。
「狂ってるのはあんただろ?」
独り言のように吐き捨てた言葉に返答がある。いつの間にか青年が1人、廃工場に入ってきていた。しかし、吹雪は最初から居たのを知っていたかのように青年に向き直った。
「この島よりはマシ。それよりも少し遅かったね」
青年はため息をつきながら、吹雪の近くまで歩いていく。
「なんでか知ってるだろ?」
「まあな、貴方が大変だったのはよーく知ってる」
「なら聞く必要はないんじゃないのか」
呆れたように青年は言う。青年もまた吹雪が知っている事を当たり前だと思っていた。知らないと答えられたら驚いただろう。吹雪は笑いながら視線を青年へと向ける。
「確認だよ、一応さ。細かい事は気にするなよ、朽梨葵」
「……そう言う問題なのか?」
「自分の中では……な」
葵の質問に吹雪はそう断言する。そして1つの疑問を口にする。
「なぁ、この島の本当の存在理由と役割を知ってる奴はどのくらいいるんだ?そもそも、今この島を動かしている奴らは知っているのか?」
「あんたが知らないんなら俺にわかるわけがないだろ。俺はこの島の事はあまり知らない。その事はあんたが1番知ってるだろ」
「わかってる」
葵の言葉に吹雪は短く答えた。
それは自分の問いに対する答えに向けられたものにも、葵への返答に対する答えにも聞こえる。
「わかってる。そしてその答えがどうであろうと何も変わりはしない事も。人は愚かだから」
吹雪はそう呟くと一度視線を下げた。
「さてと、貴方を呼んだのはこんなくだらない話をする為じゃない」
次に顔を挙げた時には吹雪の口元には不適な笑みが張り付いていた。それを見て葵は真剣な眼差しで吹雪を見る。
「なんだ?」
「あいつらが動き出した。……決行は明日か」
楽しそうに吹雪は言葉を紡ぐ。その声音はこれから起こるであろう出来事への期待が含まれていた。
「少しでもこの退屈な日常が楽しめる事を心より祈ってるよ。シナリオ外の出来事をな」
「…………」
吹雪の言葉に葵はなんとも言えない表情になる。雇い主であり、葵にとって吹雪は絶対だ。逆らえないし逆らう気もない。それでも全てを知っている存在にしかわからない何かがある事は長い付き合いから知っていたが、対等ではない関係ではそこまで踏み込むことが出来なかった。
「葵」
吹雪は短く従者の名前を呼ぶと砕けた口調で言葉を紡ぐ。
「とりあえず、貴方を呼んだ案件から片付けようか。明日の事には後で手を打てばいい。まだ今日は長い」
愉快そうに笑いながら吹雪は葵に用件を話し始めた。




