第一章―はじまりー④
「当夜、そう急ぐなって」
純が当夜に追いついたのは階段をちょうど半分程上ったあたりだった。
「別に急いでないぞ?」
そう言いながらも階段を上る足を緩める気配はない。その様子を見て、止めても無駄だと思ったのか純は何も言わなくなった。
当夜があと1歩で階段を上り終わろうとした時、純の視界に当夜の進行方向に人影が映った。
「おい、当夜危ない!!」
「えっ?……あっ」
「きゃぁ」
しかしその注意は遅く、当夜がその言葉の意味を理解した瞬間には、人影とぶつかる。当夜はその反動で軽くよろけたが、なんとかバランスをとり転けずに済んだ。だが、ぶつかった相手は勢いに負けて後ろに尻餅をついてしまった。
「大丈夫?」
純はとりあえず当夜を無視して少女に手を伸ばした。
しかしその手は少女によって跳ね除けられる。パシッと乾いた音がその場に響く。
「え?」
純は何が起きたのか理解できないという顔で払われた手を見つめている。そんな純を無視して少女は何事もなかったように立ち上がり、そのまま歩いて行こうとする。
だが、少女はその場を去ることができなかった。少女が横を通り過ぎようとした時に当夜がその腕を掴んだ。
「ぶつかったのは俺も悪かった。これは謝る。だけどお前だって前を見てなかったんだろ?手助けしようとしたやつにその態度はねぇんじゃないのか?」
「……」
少女は掴まれている腕を睨むようにして見るだけで、何も言おうとしない。
「はぁ、せっかくここに来れたっていうのにお前のせいでいい気分が台無しだ」
「当夜、言い過ぎだ」
「あんたら、余所者?」
純が当夜を諌めるように言うが少女はそんな事は気にしてないように口を開いた。
「余所者って……。俺らは今日からここに住むんだ。変な言い方すんな!」
少女の態度に当夜は喧嘩腰に突っかかる。
「何も知らないでこの島に来るなんて、ムカつくほどの馬鹿だね」
吐き捨てるように少女は言うと勢いよく腕を振って、当夜の手を解いた。
「一応警告しとく。後悔したくないんなら、今すぐこの島から離れる事をオススメするよ」
少女はそう言うと、当夜達に目もくれずそのまま歩いて行ってしまった。
「だれが後悔するか!!勝手に決めつけんじゃねぇ!!」
そんな少女の後ろ姿に当夜は怒鳴り散らした。しかし、その様子は側から見れば負け犬の遠吠えにしか見えない。
「あれ?結城君どうかしたの?」
タイミングよく階段を上り終えた翼は誰かに怒鳴っている当夜を見て不思議そうに純に尋ねた。
「それはな……」
純はそう前置きして、さっき起きた事を簡単に説明した。話を聞いて翼は少し考えてから徐に口を開いた。
「確信はないけど、多分つくよだと思う。月詠様」
「月詠……?偉いのかそいつは」
出てきた固有名詞に2人は首を傾げる。翼はその様子を見て少し気まずそうに目を伏せながら2人に自分の知っている事を語る。
「私もそこまで詳しく知らないんだけど、聞いた話だとこの島で有名な巫女らしいの。噂だと月を詠んで予言をしたり、島の神様と話せたりするらしいとか、今代の月詠様は歴代一の力を持っているとか……。中等部で同学年って一緒だったんだけど、クラスは同じになった事ないし、私も友達もそこまで興味なかったから月詠様が"つくよ"って呼ばれてることだけで、噂話を知ってるだけで、本名すら知らないんだよね」
翼の話を聞いて2人は黙った。すぐに現実味のない話になったからだ。翼もその理由がよくわかっている為、言葉が出てこない3人の間に気まずい沈黙ができる。
「……この島にはそんな変な噂がたくさんあるのか?」
その沈黙を破ったのは当夜だった。
「えっ?あっ……うん」
突然の予想外の質問に翼は一瞬慌てたが、すぐに落ち着きを取り戻し噂話を語り始める。
「例えば、この島の法律を否定して革命する為に暗躍している組織があるとか、その組織の人間専用の刑務所や警察機関があるとか。最近はないけど一昔前は昔話にあるように数日行方不明になって怯えて見つかる人が時折いたとか……あっ」
そこやてわ言って翼は何かを思い出したかのように声をあげた。そして2人の顔を真剣に見て言葉を紡ぐ。
「都市伝説みたいなのが1つあるんだ。お金さえ払えばなんでもやる人がいるんだって。この島で起こる犯罪のほとんどにその人物が関わっているらしいの」
「それは噂じゃないのか?」
「違うよ。正体はわからないけど、何人もの人達がその人に依頼したことがあるらしいよ?私の先輩も1回関わったって言ってたし」
翼は少し楽しそうに笑いながら続きを語り始める。
「はじめはそんなに有名じゃなかったけど、ここ2、3年で都市伝説のように広まった話なんだ。その人物の名前はねーー」
そこで一度言葉を切ると翼は当夜達に1つの固有名詞を聞かせるように呟いた。




