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ep88 一家に1人

 振り返った蒼のレオンの涎でベタベタになった顔を見て圭哉達は笑った。


「蒼、顔がすごいことになってんぞ」

「見事に犬に舐められましたって感じだね」

「この辺ってことはレオンか?」


 圭哉に続き、圭哉の1つ年上の部活の先輩である雪村(ゆきむら)清隆(きよたか)入口(いりぐち)夏生(なつき)の2人が蒼を見ながらしみじみという。


「そうだよ! 盛大に舐められたし、レオンのせいでダンボールに埋まったんだよ!」

「マジか、その様子見たかった」


 夏生は腹を抱えながら笑うも、蒼に睨まれてすぐに真顔になるも口元は緩んでいる。もう蒼は笑うなら笑えと内心で諦めた。

 清隆が笑顔でハンカチを片手に近づいてきた。そして、蒼にハンカチを差し出す。蒼以外が見れば王子様のように見えただろう。しかし、蒼は笑顔の裏の顔を知ってる為、ハンカチを疑うように見てしまう。


「えっ、これ借りたらなんかやらされるの?」

「そんなことないよ、酷いな。蒼」


 ニコニコと清隆が笑う。しかし、蒼は忘れていない。初めて雪村の前で不幸が発動した時に、


『落ち込んでても元気になれるね。一家に1人蒼が欲しいかも』


 と微笑んで言ったことを。清隆はニコニコの笑顔で優しい王子の皮を被った悪魔であるという事を蒼は知っている。


「せっかく雪村先輩が貸してくれるって言ってるんだから、借りとけよ」


 裏の顔を知らず、優しい部長と言い切る圭哉が何か言っているが蒼は無視した。無意識に後ろに一歩二歩と後ずさる。


 そう、乱雑に積み直した空のダンボールの横を。


 下を見ていなかった蒼の左足が適当に積んだダンボールの角に当たる。


「あっ」


 足に何かが当たった感覚があった瞬間、時すでに遅し、ダンボールが蒼目掛けて落ちてくる。

 狭い路地で避けるのは無理だ。視界の隅で圭哉達3人がダンボールと蒼を交互に見ているのをスローモーションで捉える。

 3人は安全地帯にいた。クソっと蒼は吐き捨てたい気分になる。そしてダンボールの雨が再び蒼の上に降り注いだ。

 

「こんな天丼いらないんだよー!!」


 そしてダンボールの山の中から蒼の悲惨な叫び声が響いた。それに被るように爆笑する声が聞こえる。蒼はくそぅと口の中で呟く。確実に圭哉と夏生の笑い声だ。そしてきっと清隆も微笑ましそうに女性が見たら顔を染める笑顔をしているのだろう。


「もう、この不幸体質、いやだ!!」


 叫びながら、蒼は自分の上に落ちたダンボールを退ける。そして開けた視界には予想通りの光景が広がっていた。

 ダンボールを無理やり退けた際に、被っていた帽子がいつの間にか脱げていた。近くに落ちてる帽子を清隆が拾い上げる。


「あっ、ゆきさんありがと……」


 ダンボールを戻す前に帽子を受け取ろうとすると、何を思ったのか雪村は帽子を持ってを上にあげた。背の低い蒼の届かない位置に。


「親切でハンカチを貸そうとしたのに、あの言い方は傷ついたなぁ」


 笑顔で清隆は白々しく言う。絶対に傷ついてないだろうと蒼は言い返したかった。しかし帽子(人質)を取られている以上、蒼は下手に出れない。清隆達は圭哉が信頼している。また1年の付き合いがある為、帽子がなくても普通に会話できる。


「だって、あきらかにゆきさんの言い方、含みあっただろ!」

「蒼は俺のこと、そう思ってたんだ。傷つくなぁ。この帽子、圭哉のプレゼントなんだっけ?」

「そうですよ、髪が邪魔って鋏で切ろうとしてたから近くの露天で買った安物です」

「えっ、蒼お前なにやってんの?」


 圭哉の帽子を買った流れを聞いて夏生が目を丸くする。何がおかしいのだろうかと蒼は帽子を取り返そうと清隆の前で跳ねながらも思う。

 今は願掛けで髪を伸ばしているが、当時は邪魔だった。ちょうど鋏があったから切ろうとするのが何がおかしいんだ? と蒼は疑問に思う。


「なっさんも一回髪伸ばしてみれば? 邪魔で切りたくなるよ?」

「いや、俺は長髪は嫌だ」

「えー、可愛い顔してるから似合うよ。今度写真で合成する?」

「は!? ふざけんな、蒼。絶対やるなよ!?」


 一生懸命帽子を取ろうとぴょんぴょん跳ねながら、清隆の横にいる夏生を揶揄うと言う器用な事を蒼はやってのける。

 夏生の後ろで圭哉が呆れたように見ている。


「バカ哉手伝え!」

「はっ? 嫌だよ」

「裏切り者ー!!」

「蒼? 俺も鬼じゃない。ごめんなさいの一言で渡すよ」

「謝ったら、負けじゃないか!!」


 蒼は飛び跳ねながらも諦めない。夏生が不意に蒼の後ろを見た。なんだろうと蒼も一度帽子を諦めて振り向いた。そこには散らばったダンボールの山があった。

 まずは元に戻すのが先だと蒼は自覚した。


「ゆきさん、ごめんなさい。謝るから帽子返して、手伝って」

「全く心こもってないなぁ、まあいいけど」


 笑いながら清隆は蒼の頭に帽子を被せる。蒼は一度帽子を外すと長い髪を帽子の中に隠す。やっとスッキリしたと蒼はホッとする。無意識に体に力が入っていたようで、ほうとため息と共に力を抜いた。

 そして3人で協力してダンボールを元に戻した。


「蒼、お腹空かないか?」

「ツッコミまくって空いた! なっさん、奢ってくれんの?」

「いや、おごらねぇよ。清隆と圭哉とお好み焼き食べにいく予定だけど行くか?」

「どこの店?」

「鉄板焼きのてっちゃん」


 蒼は少し迷ってから店名を聞く。何度か行ったことがあり、衛生面から店員が手袋をして野菜を切っていることや、焼くのは自分でやれる事を思い出す。


「行く!」


 蒼の元気の良い発言に夏生達は笑った。

 流石に涎まみれの顔で飲食店に行くわけにはいかない為、蒼は結局清隆のハンカチを借りる。清隆の輝かしい笑顔に敗北を感じた。そして、4人はお好み焼きを食べに店に向かった。

 

今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

次回は、明日20時に更新予定です。


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