ep84 恩人
昴の歓迎会は楽しく終わった。途中から昴は和泉に絡まれ、葵が止めるのが間に合わずにしこたま酒を呑ませられた。
そして見事に潰れた昴は食堂にある3人掛けのソファに寝転び、気づいたら寝ていた。体を起き上がらせると軽い頭痛を感じる。これは二日酔いになるなと、昴はため息をつく。
「大丈夫か? 止めれなくて悪かった」
自分1人だと思っていた空間に男の声が聞こえて、頭を抑えながら、声の方を確認しようと視線を下から戻す。
すでに食堂は片付けられており歓迎会があった形跡は見つけられない。自分はどれぐらい寝ていたのだろうかと薄暗い食堂を見回すと声の主はすぐに見つかった。
近くの椅子に座っていた葵が立ち上がり、昴の方に近づいてくる。
「水飲むなら用意するが」
心配そうな声で尋ねられ、口渇に気づく。こくりと首を縦に振ると微かに笑う声が聞こえた。そして葵は、キッチンの方へ向かって行き、途中で食堂の電気をつけたようだ。いきなり視界が明るくなり、昴は何度か瞬きをする。その間に葵は冷蔵庫の前までたどり着いており、コップに水を注いでいる。
そして、コップを2つ持ってきて、1つを昴の前にあるローテーブルに置く。
「かなり和泉に呑まされていたが、大丈夫か?」
よほど心配なのだろう。再度葵が問いかける。昴は目の前に置かれたコップの水を飲み、喉を潤すと、隣に座った葵を見る。
「水、ありがとうございます。……少し頭痛が」
「やっぱりか、俺も和泉も酒は強い、そして他の成人組は呑まないからあいつは限度を知らないんだ。みつきに頼んで明日二日酔いに効く料理を作ってもらおう」
葵はそう話して持っていた水を一口含むと、ローテーブルの上にコップを置いた。そして、昴を見る。
「顔色はだいぶ良くなったな。倒れかけた時は真っ青だったから心配した。和泉が急性アルコール中毒になってはいないと断言していたがな」
「和泉さん、私の倍以上呑んでいませんでしたか?」
「あー……」
昴が言わんとした事を気付いたようで葵がどこか気まずそうに視線を逸らす。しかし、すぐに意を決したように昴に視線を戻した。
「あいつはアル中っていう欠点はあるが医師としては天才だ。あいつは酒を飲んでいる状態が平常時というか、信じられないだろうが、普段の仕事も酒を呑んだ状態で行っていてな……」
昴は耳を疑った。和泉の職業は医師だ。酒を呑みながら患者の診察をしている? 闇医者だってそんな事はやらないだろうと葵の言葉を信じられなかった。
しかし、さらに信じられない言葉を葵は口にする。
「酒を呑んでる状態でもいいって患者が多くいて、開業医だ。それだけ、医師の腕はいいんだ。信じられないだろうけどな」
葵の顔は呆れているようではあるが、嘘を言っている様には見えなかった。それが昴を1番驚かせた。少し話しただけでも葵が真面目で誠実な人だという事、こんな冗談を言う人でもない事はわかっていた。
驚いて声の出ない昴を葵はなんとも言えない表情で見つめていた。きっと、昴の考えがわかっているのだろう。何故かそう思えた。
「あー、やっぱり信じられないよな……でも、本当なんだ。明日和泉の病院見に行くか? この屋敷の隣だ。……それにこの屋敷は和泉が大黒柱で金銭的に支えている。酒代に消えるからお金の管理は美月がしているが」
この提案を聞いて、嘘でも冗談でもないんだとようやく受け入れる。信じられないが、事実なのだろう。そして、お金の管理を美月がしている事はとても納得できた。
「そう……なんですね。驚きましたが、信じます。葵さんが私に嘘をつく理由もないですしね」
「……吹雪の手下でもか? あんたを軟禁状態にしている原因に仕えているんだぞ」
昴の言葉に居心地が悪そうに葵は返す。きっと唯華の暴挙を止めようとしても止められないのだろう。話しているうちに少しだけ頭痛が落ち着いた気がした。だから昴は気になった事を聞いてみた。
「葵さんはなんで、吹雪に仕えているんですか? 一般人なら他にも生き方はたくさんありますよね。あっ、これは嫌味ではなく……」
純粋な疑問だったが、言い方が少し能力者差別のあるこの島に対して皮肉の様に聞こえたのではないかと昴は気にする。
しかし、葵は気にした様子もなく笑う。そして、水を少し飲むと何気ないことの様に語る。
「俺にはもう家族がいないんだ。人生に絶望して、生きる気力がなくなった時に、あいつが生きる理由になってくれた。あの時、あいつがあの場にいなければ、俺はここにいない。俺の生きる理由をくれた。だから何があっても、俺はあいつの為に生きる事にしたんだ」
話をする葵の目は決意を感じさせた。きっと自分が知らない唯華の一面があるのだろうと今日1日で思い知らされたが、その中でも唯華と葵の絆は強いのかもしれない。そう思った。
自分にとっては初対面の唯華は末恐ろしい、底の知れない得体の知れない人物だ。しかし、この屋敷の住人にとっては違う。ここで暮らしていくうちに、唯華が昴をこの屋敷に連れてきた真意がわかるかも知れない。
この素晴らしい住人たちがいる屋敷で暮らす、"サーカス"に合流できないという事は気がかりだが自分が求めている理想を再確認し、"サーカス"に合流できた際のヒントになるかも知れない。そう思うと、最初は納得できなかったが、悪くないのかも知れないと昴は考える。
この御影島では逆に異常なこの能力者がそれを隠さずに一般人と共存する。憧れたものがここにある。昴は少し気持ちが楽になる。
二日酔いの頭を抑えながら、昴は葵に挨拶をして自分の部屋へと戻った。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は、明日20時に更新予定です。
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