ep75 山吹唯華
朝早い時間、唯華は駿河家を訪ねていた。そしてロビーに入るとあからさまに顔を歪める。
「げっ……」
「あっ、ゆいだ!」
帽子を被った蒼が唯華に向けて腕をブンブンと振る。その様子を見るだけで唯華の口から自然とため息が溢れる。蒼がいるなら先に情報仕入れておけばよかったと内心で舌打ちする。仕事とそのタイミングで会いたくない相手の情報は風より毎時間収集しているが、通い慣れている駿河家に関しては特に情報収集をしていない。
だからこの扉を開けて姿を見るまで今日蒼がいる事を知らなかったのだ。
「……美月は?」
こめかみの辺りを揉みながら唯華は蒼に問いかける。すると蒼は嬉しそうに笑う。
「みぃさんは今、徹夜してたまこっさんの説教中!」
「まこっさん……? ああ、来宮眞琴か。あだ名をつけたって事は仲良くなったの? 最悪だわ」
蒼があだ名をつけるのはある程度長い付き合いになると心を少し許した相手だ。来宮と蒼が繋がった。それだけで面倒な事になる予感しかせずに唯華は頭を抱えたくなった。しかし、繋がってしまった以上はどうしようもない。唯華は要注意事項のリストに2人のことを入れる。
「美月も来宮博士に夜更かしするなとは酷なことを言うね。あの人、基本昼夜逆転気味だし、夜の方が研究捗る人だから」
「だったら、それを早めに言ってくれないかな?」
1回にある来宮に振り分けられた研究室から出てきた美月が疲れたように言う。その後ろから白衣のポケットに両手を突っ込んだ来宮が続いて出てくる。
「山吹か。頼まれていたやつは作っておいたぞ。お前の情報は役に立った」
「それはよかった」
そう話しながら、唯華は来宮からブレスレットを受け取ると自分の右手に装着する。そして、装着したブレスレットが透明化すると満足げに笑う。
唯華は誘拐事件の時から来宮に1つ発明の依頼をしていた。必要な情報を全て与える代わりに、能力者探知の能力を無効化する装飾品、それも装着すれば透明化して装着者以外に見えなくなる物を作って欲しいと。
来宮は目を輝かせてこの依頼に乗った。そして完成したと知らせがあった為、美月への用のついでに受け取りに来たのだ。
そのやりとりを知らない蒼が驚いたように声を出す。
「えっ、あのトランプ大会の後に発明してたのか!? すげぇ」
「まぁ、それぐらいは朝飯前だからな。椎名とポーカーをやれて刺激を受けたよ」
楽しそうに2人が笑う思った以上に仲が良さそうな様子に唯華は頭を抱えたくなった。蒼がここに入り浸っている事は知っていたが、それにしても心を開くのが早いだろう。そう思ってると蒼が笑顔で唯華にとどめを刺す。
「流石ゆいが連れてきた人だな! ゆいがここに連れてくる人は皆んな信頼できるからさ」
「……」
「ほぉ、山吹。お前私を信頼していたのか」
「……はぁ、君の研究者としての腕は信用してるよ」
自分の行いにより蒼が信頼したと言う事実に頭が痛くなる。揶揄うように言ってくる来宮に疲れたように返答をする。
その様子が来宮には面白かったらしく、さらに笑みを濃くした。
「そういえば、駿河姉の酒代を立て替えているそうだな。私の研究費も頼むよ、引き抜いたのはお前だろ?」
「は? 普通に君の持ってる個人資産で十分賄えるだろう? 何故こっちが立て替えなきゃいけない」
来宮の発言に唯華は意味がわからなかった。引き抜いたのは確かに自分だ。しかし、利害関係の一致だと認識している。研究場所を無償で用意しただけでも好意的だと思って欲しいほどだ。そんな唯華に来宮はニヤリと笑いながら言う。
「昨日の夕食時に借金の額がすごいと聞いた。それなら私の研究費を加えても、減るもんじゃないだろ?」
「ふざけんな、減らしたくて必死にやってんだよ、こっちは!?」
「あはは。ゆいがキレた」
来宮の言葉に怒りを抑えきれずに怒鳴ると楽しそうに蒼が笑う。この2人が一緒に組んだら確実に面倒だという事が証明された。
もはや唯華はため息をつくしかない。
「そういえば、山吹。ずいぶんとここの住人には好かれているじゃないか」
「……? 好かれてるかは知らないけど、付き合いだけは長いからな。そろそろ10年ぐらいにはなるんじゃないか?」
「そういえば、そうかもしれないね。初めて会った時ゆいはまだ小1ぐらいだったもんね。言動は全然子供に思えなかったけど」
美月が懐かしそうに懐古する。
「まぁ、本島で数年ストリートチルドレンまとめていたしな」
唯華も当時を思い出す。過去の自分を捨て、逃げるようにこの島に来たことを。そして、双子やこの島の秘密に触れて、自分の生きる道を決めた事も。その為に利用するつもりで近づいたはずが駿河姉妹には随分と情が湧いてしまっているなと自嘲する。
「そういえば、一度そんなこと言ってたね。ゆいの過去って想像つかないんだけど、どうしていたの」
「もう死んだ人間の話になるし、する理由もない」
「いっつもそう言って誤魔化すよね」
唯華は何を当たり前のことをと思っているが、美月はいつも納得しない。しかし、唯華はこの島に来る前の全てを捨て、死者として幽霊として生きることを決めてこの島に来たのだ。偶然、島のお偉いさんを助けた事により、戸籍を偽造する事が出来た。それもあり、唯華にとっては過去の自分は死んだのだ。
そして過去を捨てる為、違う名前を名乗っている。山吹唯華とは偽名と言っても過言ではないのだ。
しかし、その真実は従姉妹である蒼しかしらない。そして蒼はこの事実を口に出さない事は信用している。だからこの島に真実を知るものはいないのだ。
「それより、美月話があるんだけど」
唯華は本来ここに訪れた理由を早々に終わらせる事にして、美月に声をかけた。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は、明日20時に更新予定です。
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