ep66 詩織の決意
物置を後にした詩織達は月詠の巫女用の宮に来ていた。宮の洗面所で顔を洗う。そして鏡で自分の顔を見る。
先程まで泣いていたせいか、目は腫れている。しかし、気分は清々しかった。
リビングに行くと、奏が冷やしタオルを用意してくれており、少し目元を冷やしてからにしないかと提案される。
「まだ、時間はあるから少しだけでも休憩してからでも遅くないわ」
奏が心配そうに見てくる。リビングの時計を確認すると18時を少し過ぎた頃だ。確かに神のもとに行くのなら少し休憩した方がいいかもしれない。詩織はそう思い、奏に頷いた。
「そうですね、そうします」
詩織は3人掛けのソファに寝転がり、奏から受け取った冷やしタオルを目元に置く。
ひんやりとして気持ちがいい。詩織瞳を閉じながらそう思う。今日は本当に色々あった。初めてクラスメイトと放課後に遊びに行った。そして初めての友達が出来た。攫われたけど、友達たちが助けてくれた。そして、月詠の、神の声を聞くことができた。今まで月詠の巫女のお役目のためだけに、意固地になっていた。しかし世界が広がると同時に世界が変わった。
それだけで今まで以上に息がしやすい。
「奏さん、心配かけてすみません」
詩織は横になった状態ではあったが、心配をかけた奏に謝っていなかったことを思い出した。
「詩織ちゃんが謝ることじゃないよ。悪いのは犯人なんだから。詩織ちゃんこそ、怖かったよね? 無事でよかったわ」
「ありがとう、奏さん」
本当に心配していたとわかる奏の言葉に詩織はまた目頭が熱くなるのを感じた。タオルの上に自分の右腕を乗せる。なんとか涙が溢れるのを堪える。
「飲み物持ってきたけど、今は良かったか?」
瑞稀の声が聞こえてきた。そういえば顔を洗って戻ってきた際にいなかったなと詩織は今更ながら気付いた。飲み物をとってきてくれた様だ。
「一応、泣いて水分がたくさん出たからな、スポドリと水にしたから、落ち着いたら好きな方飲んでくれ」
瑞稀は優しい声でそういうと、詩織の横になっているソファの前の机にペッドボトルを置く音がした。
「瑞稀もありがとね」
詩織は瑞稀にもお礼を伝える。すると瑞稀が笑った気配がした。
「俺は何もやってないよ。お礼は明日また九条さんたちに伝えな」
優しい言葉に胸が熱くなる。私は人に恵まれていた。それを実感した。先代の月詠の巫女が言っていた。"神は超えられない試練は決して与えないよ"と。その通りだと思った。もっと先代ともたくさん話をすれば良かったと後悔がわく。
しかし、もう先代はいない。私が今代の巫女としてこの島の秩序を守らなければいけない。
詩織は勢いよくソファから起き上がる。その際に目元に当てていたタオルが膝の上に落ちる。
タオルの下から現れた瞳は希望に満ちていた。
「そろそろ、お役目に行きます」
「その前に、水分取れよ」
「ありがと、瑞稀。スポドリもらうね」
瑞稀の言葉に頷き、ペッドボトルを開ける。冷たいスポドリが体に染み渡った。ゆっくりと飲み終える。
「詩織ちゃん、無理しないでね?」
そう言いながら奏が着替え用の納屋の鍵を渡してきた。
「はい、大丈夫です」
鍵を受け取り、詩織は心の底からの笑顔を浮かべる。その顔を見て2人は息を呑んだ。巫女用の宮から着替えの納屋まではそこまで距離がない。詩織はそのまま、納屋へと向かう。
納屋に着くと、鍵を開け中央に置かれた儀式用の紅の袴に着替える。そしてロッカーに衣類をしまい、納屋を出た。
少し歩くとお役目の儀式を行う社に到着した。
いつもの様に社の扉の前に立ち、頭を下げる。すると待っていたかの様に扉が勝手に開き、詩織が中に入ると自然と扉が閉まる。
詩織は幣殿の中央まで歩くとその場に正座で座り込む。そして、本殿に向かって、頭を垂れる。
そして立ち上がり本殿の前まで歩く。そして、本殿の前の小さな机に置いてある羊皮紙を持つ。そして、本殿の奥にいる御神体に向けて祝詞をあげるのだった。
♢♢♢♢
お役目を終えて外に出ると瑞稀と奏が待っていた。詩織は2人に笑いかける。
「本日のお役目も無事に終わりました」
「お疲れ様、詩織ちゃん」
「お疲れ、今日は早く帰って休もうぜ」
2人は笑顔で詩織を出迎える。そして納屋へと歩きながら話をする。
「そういえば、唯華から連絡来てて、今日も帰らないってさ」
「彩音さんが本島行ってからさらに家にいる時間減ったよね、唯華」
瑞稀はもう1人の同居人についての話をする。詩織も心配そうに唯華の事を思い浮かべる。
唯華との間に壁があるのは感じている。同居してるから敬語を止めるようにお願いして、敬語はなくなったがそれでも確実に一線は引かれている。今まではそれで良かった。でも今日の経験で唯華に少し踏み込んでみようと思えた。
拒絶されるかもしれない、でも勇気を出すことで世界が広がることを知ったのだ。翼と唯華は詩織よりも仲が良さそうだ。翼と同じぐらいとは思わない、でも少しだけでも唯華に踏み込めたら、そう思いながら奏の運転する車で家に着く。
家の中は誰もいない。瑞稀と一緒におかえりと言い合い笑う。この家は疑似家族でありながらどこか線を引いている他人に近かった。瑞稀とは本当の家族の様に思っている。唯華ともそうなれるといいなと思いながら、詩織は寝支度を整え、早めに休むのだった。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は、明日20時に更新予定です。
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