1人だけ不穏な自己紹介
「詩織、おはよう。今日から高校生活だな」
詩織が身支度を整え、リビングに降りると朝食の準備をしていた瑞稀が笑いかける。
「おはよう。唯華は?」
「俺が起きた時にちょうど出かけていった。真っ直ぐに学校には向かってないと思うんだけど、こんな朝早くから制服姿でどこにいったのやら」
詩織と唯華の保護者を自称している瑞稀は呆れたようにため息をつく。詩織はそんな見慣れた瑞稀の様子を横目に棚からコップを取り出し、水を注いでいく。そして一息で飲むとシンクにコップを置いた。
「最近、家にいる時間が短くなってきてるよね。今の状況からだと唯華がいない事で動きやすくなっているけどさ」
妹のような存在を心配する一方で月詠の巫女としての役割を唯華に秘密にしている身としては近くにいないだけ動きやすいと感じていた。それがまるで唯華を邪魔に思っているように感じて詩織は落ち込む。
その様子に気づいたのか瑞稀は隣にいる詩織の頭にポンっと頭を乗せる。
「"サーカス"の出方がわからない。その状況で近くにいると巻き込む可能性があるんだから、その考えは間違っていない。そう落ち込むな」
安心させるように笑うと、瑞稀は出来上がった朝食を机に運び、詩織を呼ぶ。そして2人は机につくと手を合わせて瑞希の作った朝食を食べるのだった。
♢♢♢♢
「おはよう、結城君に三好君」
寮の食堂で当夜達を発見した翼はお膳を持って笑いながら近づく。
「九条さん、おはよう」
翼に気付き、純は笑顔で返事を返す。翼は当夜の前の空いている席に座る。そして2人は笑いかける。
「今日から授業も始まるね」
その言葉を聞き、当夜の顔には絶望が浮かぶ。授業……勉強……、最も嫌いな単語に体が重くなる。昨日の入学式で教科書を受け取った時からもう嫌で仕方がなかったのに、とうとう現実が近づいてきてしまった。なんで学生の本分は勉強と言われているんだ? 勉強したって、今後の人生に活かせる知識はそんなにないと思うのに。
勉強嫌いの当夜はこれから始まる学校生活に既に嫌気がさしていた。勉強するぐらいなら、島の探検をしたい。同じ勉強でも数学とか英語を学ぶぐらいなら、この島の歴史だけを学びたい。英語とか海外旅行に行く予定のない当夜には学ぶ意味がわからない。
憂鬱な様子の当夜を純はまた始まったかという慣れた様子で見る。毎年始業式で見慣れているこの光景は徐々に諦めと共に軽減されていく。そして終業式に大型休みの宿題の存在を忘れて、テンション爆あがりし、休み終了の間際に純に泣きつきながら嫌々宿題をやり、また始まる勉強漬けの生活に憂鬱になる。この様子を小学校から9年間も見続けきたのだ。
気にした様子のない純をみて、いつもの事なんだと察した翼は当夜を放置して、朝食を食べながら純に話しかける。
「ここまで学校生活に絶望する高校生って珍しいよね。普通は勉強は嫌いだけど学校生活は楽しむ人の方が多いと思うんだけど」
「そうだよな。俺もそう思う。本当に中3の受験勉強頑張っていたの見て、世界の終わりかと何度思った事か」
「そっか、結城君は御影島に来たくてこの学校志望したんだったね。この様子見ると本当に受験勉強したの? って思っちゃうけど」
「こいつ、すっごい馬鹿だけど興味のある事に関する集中力だけはすごいからな。当夜の両親も怯えてたけど受験勉強は滅茶苦茶真剣にしてた」
「結城君の原動力ってすごいね」
たわいのない会話をしながら翼達は朝食を食べ終えると一緒に登校する待ち合わせをして一度各部屋に戻っていく。純は当夜にサボらないように念押しをしながら、部屋に向かっていった。その様子を見て翼は楽しそうに笑ったのだった。
♢♢♢♢
「まぁ、予想はしてたけど唯華は来てないね」
教室に着くと翼が当夜の前の席を見て言う。カバンのかかってない机を見てどうせ当夜に関わりたくなくてギリギリで来るんだろうなと翼は当たりをつける。それぞれ荷物を机に置くと、当夜の席の周りに集まっていた。
登校時も話していたが何でもないたわいのない話は尽きることが無い。そのまましばらく3人で話していると、当夜の2つ前の席に1人の少女が座る。
山吹詩織さんだと翼は思った。声をかけようとすると、当夜が「ああ!?」と大声をあげて椅子から立ち上がる。
いきなりの大声に翼と純は驚いて当夜を見る。そして、座った少女も後ろを振り向いた。
「お前、あの時の、いけすかねぇ、女!!」
「こら、失礼なことを言うなよ、当夜! すみません……ってあれ?」
当夜の発言に怒りながら純は、少女に謝罪しながら顔を見て驚きの声をあげた。それは島に到着した日に当夜がぶつかり、揉めた少女だった。これは一荒れくるぞと純は頭を抱える。
状況がわからない翼はとりあえずニコニコしながら様子を伺う。
「あの時の余所者?」
「余所者言うな!」
少し驚いたように言う少女に当夜は吠える。
「本当にすみません! あの時当夜がぶつかってたけど怪我はなかった?」
当夜を押さえつけながら純は少女に問う。少女は控えめに純の疑問に頷く。
「あれくらいで怪我はしないよ。心配ありがとう」
お礼を言われ、純は意外と驚く。初対面時の様子から謝罪やお礼を言えない人かな? と思っていたからだ。あの時は虫の居所が悪かったところに失礼な当夜の発言にあの態度だったのかと当たりをつける。
状況を見守っていた翼は純達の反応を見てどこか考え込む様子を見せる。そして何かに気づいたように「あっ」と声を出すと少女に近づく。
「初めまして、私九条翼。えっと山吹詩織さんだよね? もしかして山吹さんが月詠の巫女だったりするの?」
「そうだけど、それが何か」
「いやぁ、唯華が詩織さんの事を山吹さん呼びするのを嫌がってて、私も初対面の人を名前呼びするのは抵抗があって」
笑いながら翼は続ける。
「月詠さんって呼んでも大丈夫?」
ニコニコと笑いながら伝える翼に詩織は狼狽える。
「いいけど、唯華の知り合い?」
「一応、中学からの腐れ縁の親友かな? 月詠さん、昨日聞いたんだけど唯華と一緒に住んでるんだよね?」
「そうだけど、それ唯華が言ったの? 珍しい」
「あはは。ちょっと中学の時に色々あって、私に隠し事する方が面倒臭いって思ってるみたいで聞いたことは答えてくれるんだよね」
「そうなんだ、……私よりも親しいかもしれないね」
後半は誰にも聞き取れない小声で寂しそうに呟く。
「は!? こいつが月詠? 山吹は知らないって言ってたぞ?」
2人の話を聞いていた当夜は疑問をぶつける。
「唯華は興味ないから知らないだけだよ。でもこれで知られちゃうか。」
同じクラスになった以上は隠し切れないなと詩織は巻き込まないように情報を与えないでいたことに後悔はないが、今後は難しい事を自覚した。クラスには御影島生まれの生徒もいる。その中には詩織の事を「つくよ」と呼ぶ生徒もいる。今まで隠し通せていた方がおかしいのだ。唯華の人に興味のない性格に救われていた事を実感する。
「あっ、やめたほうがよかった?」
「月詠でいい。山吹よりも呼ばれ慣れているから」
詩織はそう言う。それを聞き、純が笑顔で話に割って入る。
「俺たちも自己紹介がまだだったよね。俺は三好純。っで、こっちの失礼なやつは結城当夜。一応こいつの両親からも頼まれていて当夜の保護者代わりも兼任しているから何かあったら遠慮なく言ってくれ」
自己紹介を拒否して、詩織を睨む当夜の頭を叩きながら純は詩織に挨拶をした。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は明日、20時に更新予定です。
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