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ep139 記憶をたどる匂い

 琉架は立ち上がると蒼のいるパソコンの近くまで寄ってきた。


「隼斗や天音が危険な目に遭う可能性があるからさ、やっぱり僕も知っておきたいな。何も知らずに後悔するのは嫌だから」

「おお、その考え方はオヤジさんと似てるね。これなら、神庭会の将来も明るいか!」

「……本当にそう思う?」

「思うよ。だって、そうじゃなきゃ天音さんがあそこまで気にかけるとは思えないし」


 蒼は椅子に座り直して、マウスを動かす。


「そう……か、ありがとう」


 蒼にとっては他人の評価は心底どうでもいい。それでも必要な人がいることは知っていた。そして、琉架もその分類なのだろう。蒼はパソコンの画面から視線を動かすこともなく判断する。

 隣に立つ琉架から微かに甘い香りがした。


「うーん、琉架さんってなにか香水つけてる?バニラっぽい匂いが……」

「あっ、ごめん。匂いきつかったかな? 華恋ちゃん……妻が似合うってプレゼントしてくれて」

「いや、いい匂いだと思うよ? ただ、なんか記憶の片隅で……」


 蒼はマウスから顎に手を移動させる。頭の片隅で何かと匂いが結びつきそうな気がしたが、喉に魚の小骨が刺さっているような、些細なようで強い違和感を覚える。


「なんだったかなぁ」


 蒼の独り言を琉架はニコニコと見守っている。途中で口を挟んでこないのは助かるなと思いながら、過去を遡る。

 バニラの匂い、特徴的な手遊び、明らかに不要なタイミングでの流し目。

 確かに蒼はどこかで見て、違和感を覚えていた。少しずつおぼろげな記憶が蘇ってくる。


 宮端商店街の最近出来た少し怪しげな店。偶然会った清隆に連れられて半強制的に入った表向きは雑貨屋のような品揃え、そして店主は見るからに作り物に見えた。そこで働いていた前髪で顔を隠していた店員。

 微かなバニラの香りと明らかに作り物の声、両指を絡めては離す、特徴的な……。


「あっ……」


 そこまで考えて思わず声が漏れる。


「琉架さん、俺、春宮って奴と直接会ったことある。しかも、1週間ぐらい前に」

「え?」


 琉架が笑顔のまま固まった。そうなるよなと蒼も頬を掻きながら遠い目をする。

 明らかに変な意味で目立っていた店員に興味を持ち、蒼は前髪に隠された瞳をのぞき込んでいた。すぐに清隆に引きずられて店を出たが確かに視線を合わせないためか、視線が流し目のように逸らされていたことも一緒に蘇る。

 変な人だなぐらいで、すぐに興味が薄れたため、記憶の片隅にまだ引っかかっていたことに若干驚きながらも第六感が無意識ながら働いたんだろうなと適当に理由付けをする。


 あの店は何を売っていただろうか。禍月組の管轄なのか、別なのか、1つ思い出したことによりさらに複数の謎が生まれる。


「うーん、いるか分からないけど明日行ってみるか……?」


 既に蒼の中で映像を確認するという優先順位が落ちているが、珠来のことが気になり気付かない。


「それ、僕もついていっていい?」

「うー……ん? えっ、なんで?」


 どうするかと考えているところに他者の声が割って入り、蒼は驚き、琉架の方を見る。琉架は感情を読ませない笑顔のまま続ける。


「蒼さんが強いのは、美苑や父さんの話から知っているよ。それでもさ、僕も子供の親だから中学生の女の子が一人で危険なことに首を突っ込もうとしているのは見過ごせないかなって」

「……」


 琉架に女であることを指摘されて、ゾワッと全身に鳥肌が立つ。性別に関してはこだわりはないが、面と向かって女扱いされることに蒼は慣れていない。

 理人に「蒼は性別も蒼って感じだよね」と言われて、いいなそれはと思ったぐらいには他者から女扱いされるのは違和感しかない。


「別に何かあっても一人で対処できるけど?」

「うん、天音から話も聞いてるからそうだとは思うよ? でもね、君はまだ子供なんだ。それに、僕も神庭会《ここ》の跡取りなんだよ? 昔から空手や柔道とか身を守る護身術系は叩き込まれているんだ。能力者相手にも遅れをとらないようにね」


 ニコニコと笑いながら琉架は続ける。確かに、優男というイメージが先行しており分かりづらいが身のこなしは隙がない。

 蒼の中の好奇心がムズムズとしてきた。


「強いってこと? 今度手合わせする?」

「ん? しないかな。僕は守るために力を使いたいから」

「真面目だなぁ」


 有無を言わさない笑顔に蒼は折れる。そして正面のパソコン画面を見て、本題を思い出した。


「じゃなかった! とりあえずまずはこっちの録画映像だ」

「そういえば、動画だってことは分かるんだけど、それは?」

「知り合いが首輪に監視カメラ仕掛けている猫のカメラ映像。昼間にその猫を見かけてさ。ノアズ計画の船の進捗の確認なのか、好き勝手に"サーカス"内を歩き回っているのか分からないけど、なにかの情報は映ってる気がするんだ」


 蒼は、再びマウスに手を添える。動画は日付でナンバリングしてあり、所々の日付は飛んでいる。既に唯華の検閲済みなことがわかる。

 やはり唯華はノアズ計画を全部蒼に丸投げしようとしてる。関わりはしないが、放置もしない。この計画は半端な立ち位置なんだなと蒼は見当をつけた。


「ねぇ、琉架さん。俺達でこの計画を引っかき回すのもありかもしれないね? まぁ、まずはこの動画の内容次第だけど」


 蒼は底意地の悪い笑みを浮かべながら琉架を見る。どのみち潰すのは確定している。それなら退屈しのぎに少し引っかき回してもいいだろう。

 きっと、この動画の中に蒼の欲しい情報は全部ある、そんな予感を覚えながら、蒼はマウスをクリックした。

今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

次回は、明日20時に更新予定です。


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