ep138 好奇心と優先順位
時は少し巻き戻る。
携帯で三毛猫のカメラをハッキングできないかなと買い物袋を片手に操作を続けていた蒼は、不意に立ち止まる。
「あっ、みぃさん家のパソコン!」
駿河家のパソコンで唯華が三毛猫のカメラの映像を見ていたことを思い出す。それなら簡単だと蒼は慣れた手つきで駿河家のパソコンのハッキングをする。
そして、欲しいデータはすぐに入手できた。鼻歌交じりに神庭会の屋敷へと向かう。
「んん?」
その時、これみよがしな隠しファイルを見つけた。唯華の罠の可能性を考慮しながらも蒼は確認しようとするも、携帯のスペックだとすぐには開けない。
どうするかと悩みながらも歩を進める。
そういえば琉架のパソコンはそこそこ性能が良かったなと思い出す。
「琉架さん、巻き込むか! 既に半分巻き込まれてるようなもんだし」
蒼は両手をポンっと叩いた。そうこうしているうちに屋敷に着く。
玄関に入った瞬間に、誰かに飛びつかれた。
「うおっ」
「蒼! 私というものがありながらどこに行っていたのよ!」
「え? 普通に買い物!」
自分とあまり身長の変わらない美苑をなんとか受け止めると、後ろに倒れないように足で踏ん張る。
「もう! 今日は泊まるんだよね! 私の部屋でパジャマパーティーしよ!」
「え? もう天音さん達と麻雀やる約束してるからなぁ。それに俺、ちょっと急ぎの用事があるから、またな!」
「ちょっと! 蒼!」
受け止めた美苑から手を離すと、靴を脱ぎ逃げるように琉架の部屋のある2階へと向かった。
◇◇◇◇
蒼は琉架の部屋に入ると、簡単に事情を説明して、パソコンを借りたいことを伝える。
琉架は少し戸惑った様子があるも、先程使用したパソコンの前の椅子を譲ってくれた。蒼は迷わずに椅子に座って携帯をパソコンに繋げる。
「でも、隠しファイルなんだよね? 見つけたといっても勝手に見て良いものなの?」
琉架のもっともな疑問に蒼はピースサインを返す。
「問題ないよ。共有のパソコンだし、俺が確認するのは織り込み済みだと思う。この中に入っている情報は、取捨選択されて俺に知られても問題のないものってこと。なら、見ない方が失礼だろ」
「……えっと、そう、ですか……ね?」
戸惑った様子の琉架を無視して蒼は作業を進める。先に三毛猫の隠しカメラから確認する予定だったのだが、今は隠しファイルが気になって仕方がない。
迷わずに、隠しファイルにカーソルを合わせた。
クリックしようとした瞬間に、蒼の中の良心が囁いた。
――果たして琉架に見せてもいい内容なのだろうか? 唯華は蒼だけが見ることを前提にしている可能性は?
マウスを持つ手が固まる。この隠しファイルの内容によっては琉架の立場を危うくさせる可能性が否定できない。神庭会とは今後も良い縁を繋いでいきたい。
となると、蒼がファイルを確認する前にやることは1つだ。
「琉架さん、ちょっと情報の精査するからモニター見ないで別の作業していてもらってもいい?」
「うん? ああ、僕は見ない方が良いかもしれないってことだね。わかったよ。問題なかったり、僕が必要なら教えてね?」
あまりの物わかりの良さに、琉架の神庭会での立ち位置がなんとなくうかがえた。琉架は蒼に背を向けると、少し離れた奥まった場所へと歩を向ける。そして、人一人入れるぐらいの空間に吸い込まれていった。
チラリとノートパソコンが見えたため、さっきまでそこで作業をしていたんだろうなと当たりをつける。
琉架が自分の方を見ていないことを確認した蒼はデスクトップ型のパソコンに向き直り、今度こそファイルをクリックした。
「あー……」
ファイルはいくつかの画像と文章に起こされた情報だった。蒼が思っていたノアズ計画や本島の誘拐事件とはあまり関係なさそうなファイル名に落胆の声を上げる。
しかし、わざとファイル名や前半を関係なく見せ、関係ないと思わせて後半に重要な情報を置く。唯華のやりそうな手口ではあるため、ざっと内容を見る。
「あのパソコン、何故かまこっさんは使わないから、俺とゆいの知られても別にいいやって内容が多いんだよな。それでもここまで無意味な言葉の羅列は、誰かに覗かれたとき用か?」
蒼は速読で全て確認すると顎に手を当てながらパソコン画面を睨み付ける。
「でもなぁ、あのゆいがわざわざ暗号を使うか? ……違う。これはゆいがどこからかハッキング《引っ張ってきた》か、誰かから送られてきたか……」
考えられる可能性を整理する。ファイル内に入っていた文章データはどこにでもある内容がただ書かれていた。暗号だとするのなら、やはり唯華が蒼に見せるためにわざと隠しファイルとして仕込んだ可能性が高い。
果たして、ノアズ計画に関係があるのか、それとも他に蒼関係の何かがあるのか。気になりはするが、先に三毛猫につけられたカメラの確認が先だと好奇心から優先度へと頭を切り替える。
ノアズ計画には少なくとも琉架は巻き込まれる前提だったよなと納得すると、蒼は椅子から立ち上がる。
「琉架さん、隠しファイル後回しにして、ノアズ計画関連の動画確認するけど一緒に見る?」
蒼は、何か作業をしている琉架の背中に笑顔で語りかけた。
琉架は、ノートパソコンからゆっくりと顔を上げて蒼の方を振り返る。柔和な笑顔の中に微かに覚悟を決めた感情を読み取った蒼はにやりと無意識に口角を上げた。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は、明日20時に更新予定です。
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