風車小屋とアコーディオン
いくつかの町と夜を越えたとき、1つの風車小屋に泊まることになった。
河川のそばに建っている風車は、持ち上げられた跳ね橋のそばで建っている。
「おーっきな風車だねー」
「あぁ。ただ止まってるな。羽はきれいそうだが」
おそるおそる小屋の中へ入るが誰もいない。
風車のメンテナンスも兼ねて作られた小屋のようだ。
いくつかの歯車や工具が散乱している。
「おや、お客さんとは珍しい」
そこには真っ白なあごひげのおじいさんが工具を持ってアコーディオンと向き合っている。
「こんにちわ」
「こんにちわ。そこの跳ね橋の先へ行きたいのかい?」
「その様子だともう少しかかりそうだな」
「あぁ。このアコーディオンの演奏と風車の動きで開閉する仕組みなんじゃが、どうにもうまく動かなくてな」
ふぅと重いため息をはいたあと、おじいさんが手元のアコーディオンを弾いてみる。
音は出る。しかし妙に外れた調子で、歪な音が流れている。
「壊れたパーツは交換したんじゃがな。こいつもワシも、もう年じゃからの」
整えられたあごひげをなでつけ、困った困ったと頭を抱えるおじいさん。
「もし先を急ぐなら迂回路の地図を渡すぞ。長い迂回路にはなるが」
「いや、急ぐには急ぐが……ハマナス、どうする?」
「うーん…」
ただこの先の旅も長い道のりを歩かなくてはいけない。
少しでも近道ができるならしたいのが本音だ。
それよりも、アコーディオンのことが気になる。
ひと目見ただけで、よく整備されたアコーディオンに見える。
もしかしたら音が外れていることに、何か他に理由があるかもしれない。
「あの、もしよければ私が見ましょうか?」
「あんた、こいつを直せるんか?」
「直せるか…はわかりませんが、調律ならちょっとできますので」
「よいよい。ダメならダメで元々じゃ。お礼といってはなんだが、今日は泊まっているといい」
「やったぜ! 野宿生活が長くて疲れてたんだ」
さっそく「よっこらせ」とコナタが風車の軸らしき部分に止まり、毛繕いを始めた。
こういう遠慮がないというか、肝の据わったというか、そんな部分はちょっとうらやましい。
「そうと決まれば腹ごしらえじゃな。簡単なスープと黒パンしかないが、いいかい?」
返事をする前に、おなかのぐーという音が小屋に響いた。
おじいさんもコナタも声を上げて、私のおなかの虫を笑い飛ばす。
「あ、ありがとうございますぅ…」
顔が真っ赤になるのを感じつつ、スープを2杯もごちそうになった。
その夜、月夜に照らされた小屋の中で、私はアコーディオンと向き合う。
丁寧にパーツや音の調子をみていく。
長年使われてきた楽器だが、大切に整備されてきたことがわかる。
「旅の楽士さん、アンタ精霊の付き合いは長いのかね?」
「うーん、たしかもう2、3年になります」
「そうかそうか。そりゃええ。大変なことも多いじゃろうが、大切にするんじゃぞ」
おじいさんは柔らかい笑顔でアコーディオンを見つめる。
「ワシにも相棒の精霊がいるんじゃがな。いつからか姿を見せてくれなくなってしまった」
「知らぬ間に傷つけてしまったのかと毎日謝ったり、アコーディオンを整備してるんじゃが、なかなか出てきてくれなくてな」
「ワシも、もう長くない。願うことならもう1度だけでも、話してみたいもんじゃ」
小さい頃に父親から教わったことを思い出す。
楽器の調子が悪いときは、精霊に問題があるかもしれないってこと。
部品自体はよく手入れされているようで、痛みは少ない。
楽器自体に問題がないとすれば、もしかするとーー。
「あの、も、もしもーし。精霊さんいますか?」
すると、アコーディオンから光が溢れ、一羽のヒバリの姿をした精霊が現れた。
ヒバリの精霊は、体のところどころから黒い『もや』を出している。
「おぉ、おまえさんそんな姿になってしまって…」
うろたえるおじいさんとはうってかわって、コナタは目を冷静に細めている。
「かなりノイズに浸蝕されてるな。それもかなり日が経ってる。すぐにイーリ化してもおかしくないぜ」
ノイズといわれる雑音とともに黒い浸蝕が体を蝕んでいく病だ。
浸蝕が進めば悪化し、イーリィと呼ばれる悪い精霊に変化して周囲のモノや人に危害を加えるようになる。
そうなったらヒバリの精霊だけじゃない。おじいさんも危険だ。
「なんとか言っておくれ…」
おじいさんが一歩、ヒバリに近づこうとする。
するとヒバリの黒いもやが一層、濃くする。
ヒバリが声を上げる。
警笛のように甲高い鳴き声が小屋を埋め尽くす。
平衡感覚を奪い、さらに舞い上がった風は小屋の中を荒れ狂う。
「ひ、ひばり…なんとか言っておくれ…」
「おじいさん!」
風が吹き荒れる。
おじいさんは巻き上がる風に巻き込まれ、小屋の壁へとたたきつけられてしまった。
吹き荒れる風があたりの全てを壊していく。
自分も限界だ。目を閉じ、体から力が抜けたとき、急に風が勢いをなくした。
目を開けると、コナタが翼を広げて盾となってくれていた。
「まったく。世話に焼ける相棒だ」
コナタがひときわ大きく羽ばたくと、ヒバリの音と風が相殺された。
コナタの持つ、『無音の魔法』のおかげだ。
周りの騒音が嘘のように、辺りに静けさが戻る。
しかしそれも長くは続かないだろう。
今のうちに、私ができることをしなければ。
「あんたら、いったいなにを…」
おじいさんのつぶやきが聞こえる。
私は、おじいさんへ微笑みかけた後、ヒバリへと向き直る。
ヒバリはノイズに浸蝕されて我を失い、周りの全てを汚す存在になってしまっている。
今からすることは、無駄になるかもしれない。
浸蝕は彼女の奥深くまで蝕んでいるようにみえる。
もし仮に、彼女からノイズを取り除けたとしても助けられるかどうかはわからない。
こわい。にげだしたい。
指先が震える。
恐怖に体が支配されそうになりながら、私は意識をまわりの音に集中する。
流れ込んでくる過去の音。
長年使い込まれた建物には、いろいろな音が染みこんでいる。
風車の羽音、カラクリの動く音、動力源となるアコーディオンの音楽、おじいさんたちの暮らしてきた音。
それらが耳に響き、情景として目の前に浮かんでくる。
思い出の1つ1つに音符が宿っている。
私の数少ない得意なことであり、悩みの種の力。
過去の光景を音として聞いて、見ることができる。
そうして拾い集めた光景と音符は1つの曲となる。
アコーディオンに指をかける。
意識が鍵盤に集まってゆく。
一呼吸分、息を吸い込んで、音を奏で始める。
歌うような、跳ねるような曲。
日々の小さな喜びを語り合うような、そんな明るい曲。
一音、一音。血が通うように小屋全体に染みこんでいく。
思い出を語り聞かせるように、ゆっくり曲を奏でてゆく。
ヒバリは苦しそうに風の魔法を使おうとするが、コナタの魔法がそれを阻む。
音がヒバリの体に染みこんでいくと、その体の黒いモヤは次第に晴れていった。
風は収まり、力尽きたのか静かに目を閉じて倒れてしまう。
「ひばり!」
おじいさんが駆け寄り、優しく抱え上げる。
おじいさんの呼びかけに、ひばりはすぐに意識を取り戻した。
「よかった、助けられた」
「あぁ、間一髪。せめて最期だけでも意識が戻ったのは幸いだな」
「え……」
安堵したのもつかの間、コナタの言葉に目を見開く。
ひばりの体の様子をみてみると、体が徐々に薄れてきている。
彼女のそよ風のような弱々しく、柔らかい声が聞こえてくる。
「あら、私。いつの間に…。どうしたの、そんな顔をして」
おじいさんの顔を小さな羽が撫でる。
ひばりは小屋の荒れた様子と私たちを見て、察した様子だった。
「そう。私、ノイズを受けてしまっていたのね」
自分の最期を悟ったひばりはさえずるように笑う。
そんな彼女に、おじいさんは無言で頷く。
「…近くの森でノイズに浸蝕されたねずみに会ってね。追い払ったけど、ドジっちゃったみたい」
ひばりの声に、おじいさんは声を殺して泣いているようだった。
「長いこと1人にしてごめんね。今までも、これからも、寂しい思いをさせてしまうね」
ひばりの姿が、景色に溶けていく。
おじいさんは涙をこらえた声で、笑顔を浮かべている。
「いいや。1人じゃなかったさ。おまえさんがいてくれて、ワシは十分楽しかったよ」
「ありがとう。本当にありがとう、ワシのヒバリや」
ヒバリは、おじいさんの手のひらの暖かさに身を寄せた。
しかし、いくつか呼吸をした後、静かに虚空へと消えていってしまった。
「限界を迎えていたのだろうさ。音が染みこむように、精霊の終わりも世界に溶けるだけさ。気にすることじゃない」
コナタはそんなコトを、なんてことのない調子で言う。
いつかコナタもそうなるのだろうか。
そのとき私はどんな顔をしていられるだろうか。
どんな言葉をかけられるだろうか。
おじいさんのように、優しい顔をしていられるだろうか。
自問自答を振り切るように、おじいさんへ声をかける。
「…おじいさん、あの」
「ありがとうね。楽士さんたち。ひばりと私を救ってくれた」
おじいさんは目元を拭い、呼吸を整える。
アコーディオンを受け取り、静かに鍵盤へ指を添える。
「お礼をしなければね」
その音に反応してガコン、とひときわ大きな駆動音が鳴り、風車全体が息を吹き返す。
歯車が回転し、重い何かを下ろす音がした。
「なんだか、風車が生きてるみたいだね」
「ハマナス、橋の方をみてみな」
風車の小窓から橋の方向を覗くと、跳ね橋が下がり、一本の道が出来ていく。
「道ができた。達者でな、楽士の子達よ」
「おじいさんもお元気で!」
響き渡るアコーディオンに耳を傾ける。
風にのって、その音楽はどこか遠くまで運ばれていくんだろう。
コナタが私に一歩、寄り添う。
1人と1匹は目を閉じて、しばらく生き返った風車小屋の音色に耳を傾ける。
しばらくした後、私たちは跳ね橋を越えて旅を進んだ。
次回エピソードは短編1話となる話を前後編にわたって掲載予定です。
よろしくお願いします。




