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「だいたい、なんでこいつがここに来るんだよ!」
ザインの背に隠れながらリュカが叫ぶ。それとほぼ同じことを考えていたザインは、まだ文句を言いたそうな彼女に対し「落ち着け」と制止の声をあげた。リュカとギーレベルトに話をさせていたのでは、いつまでたっても本題が進まないどころか、わき道にそれて迷子になる可能性の方が高いのだ。ややこしくなるから黙っていろ、というのが伝わったのか、まだ何かを言いたそうにしていたが、それでもリュカは大人しく口をつぐんだ。
「リュカは呼んだ記憶があるが、お前を呼んだ記憶はないぞ?」
本来ならリュカは仕事中のはずだが、用があって、この時間にここへ戻って来るようにと言ったのはザインだ。ギーレベルトが来ると分かっていれば、わざわざ二人を鉢合わせさせるような真似はしなかった。先ほども述べたとおり、この二人が揃うとその扱いがとても面倒臭いのだ。
ザインにとっても予定外の訪問者であるギーレベルトは、ようやくドアの前から動いて彼の正面へとやってきた。ガタガタと背後の騒がしい音が気になって振り返れば、リュカが壁際精一杯まで下がっているのが見た。その様に何か言ってやろうかとも思ったがつっこむのも面倒臭くなり、何も言わず顔をギーレベルトの方へと戻した。そして気を取り直し「何かあったのか?」と尋ねる。
「人事の事で相談が」
「急ぎか?」
「いや、急ぎではないが、できれば早い方がいい。ちょうど手空きだったから、その約束でもしておこうかと」
ギーレベルトはそう、なんでもない事のようにいった。たったそれだけの為にわざわざ城の端にあるこの詰所まで来たというのか。
(もっともらしい口実だろ)
呆れて眺めれば、ギーレベルトはわざとらしく、なんのことか、といった風に微笑んだ。
「それに関しては、俺も話したいことがあったが…、それくらいデアンタを使えよ」
ザインが言えば、ギーレベルトはゆるく首を横に振った。
デアンタは、ギーレベルトの従者だ。ギーレベルトの従者を決める際には一悶着あったのだが、唯一彼だけがギーレベルトを前に表情や態度を変えることなく淡々と任務をこなすことができたという強者だ。もっとも彼の場合は、ギーレベルトの前どころか他の誰の前であっても、その表情が変わるというのは滅多にないことだ。
「あの子には別の用事を言いつけていてね、部屋にいなかったから」
だったら他の部下にでも伝言を頼めばいい。部下でなくとも、その辺にいる人間を捕まえて頼めば良い。ギーレベルトの頼みを断る人間など、この城にはいないのだから。
つつこうと思えばいくらでもつつくことのできる理由だったが、どうせ適当にかわされるのがオチだろうと追求するのを諦め、「そいつは御苦労さん」と気持ちのこもっていない相槌を打っておいた。
「時間なら、リュカとの話が終わったらある。一時間もかからんとは思うが」
「わかった。では、その頃また出直すよ」
一つ肯いてから、ギーレベルトはその視線をリュカへと向けた。その顔には無駄に完璧とも言える笑みが浮かんでいる。ギーレベルトの顔に見慣れてしまったザインには何の感慨もないのだが、普通なら、下手すると卒倒する人間が出る位の笑顔だ。
(普通は、な)
しかしリュカの反応は、
「何笑ってんだよ、気持ち悪ッ!」
というもので、さすがにそれは失礼だろうと思ったものの、ザインは口にはせずにぐっと飲み込んだ。
飲み込んだ理由は、言われた本人がその台詞を聞いて嬉しそうに目を細めたからである。
「…お前がそういった癖の人間だとは知らなかったよ」
知りたくなどなかった事実でもある。げんなりとしてザインが呟いてみたが、その発言は聞こえなかったのか何の反応も返ってこなかった。もっとも、聞こえていたところで結果は同じだっただろう事は想像に難くない。
そうしてザインの頭上越しに交わされる会話は、実に不毛だった。
「貴方とこうして再び会えた幸せを噛み締めていたのです」
「ついさっきも会った、つーかお前、オレの後を付け回してたじゃねぇか!」
「ああそれは…。行く宛が同じでしたようで、共に歩める喜びに打ち震えておりました」
「何だそれ、オレが自意識過剰だったとでも言いたいのか!?」
「いいえ、まさか。むしろ貴方はもっと自覚なさるべきです。ご自分がどれほど美しく、他者を魅了してやまないかということを」
「なんでそういう話になるんだよ…!」
ギャンギャンと喧しく続く口論を止めるでもなく、呆れたまま右から左で聞き流していたザインだったが、その時間が五分を超えたあたりで耳も痛くなりはじめ、これは、誰かが介入しなければ延々と続きそうだと悟り、諦めて間に割って入ることを決める。
「…ところでギイ」
「どうした?」
再び黙殺されるかとも思ったが、ギーレベルトからは素直な反応が返ってきた。『愛しい人との楽しい会話』を邪魔されたというのに、その表情には怨嗟の欠片も浮かんではいない。
やはり根本的には変わっていないようだ、と、先ほどの会話に対する呆れも滲ませて言ってやった。
「出直すんじゃなかったのか? それに、俺だってお前ほどじゃないがやることがあるんだ」
こいつだって待たせてるしな、とリュカを顎で示す。そこに「そうだ、さっさと帰れ」とリュカから便乗した台詞が付け加えられる。これ以上ややこしくされてはたまらないザインが、ちょっと黙ってろ、と目で言えば、リュカは不満げに顔を逸らしていた。
ザインの言葉に、ギーレベルトは分かったといって頷いた。
「終わるのは一時間程度と言っていたかな」
「多分な。だから、話が終わったら俺が行こう。その方が時間の無駄が省け…、いや、待て」
そういえば人事の話だった、ということを思い出したザインは自分も抱えている人事の問題を思い出した。その件でリュカを呼び出していたわけだが、どうせならこっちを片付けてしまった方がリュカへの話も通しやすいだろう。
考え直すや否や、ザインは言った。
「その人事の話、今すぐでもいいか?」
「私の方は構わないが」
いいながらギーレベルトはちらりとその視線をザインの後ろ、リュカの方に動かした。彼女はいいのか、と言いたげな反応に頷いてみせる。
「そうか、じゃあリュカ」
言ってザインは振り返る。今までずっとそうしていたのか、背中を壁に張り付かせたような格好のままのリュカが、なんだ、とザインを見た。
「こいつとの話を先に済ませてしまいたい。呼びつけておいて悪いが、一、二時間程度どこかで暇つぶしをしておいて貰えるか?」
「えぇー?」
唐突なザインに対し、なんだそれ、と言うリュカの言葉はもっともだ。悪いな、とザインは謝罪した。
「仕事の方は気にしなくていい。無理を言ったのは俺の方だからな。手当もちゃんと出す」
「…まぁ、別にいいけど」
少しだけ顔をしかめたままリュカは頷いた。もう一度「スマンな」とザインが言えば、気にすんな、と言ってリュカは詰所の出入り口に向かった。なるべくギーレベルトから離れたルートを辿って。
そして出入り口の前で一度足を止め、リュカは振り返った。
「とりあえず、皆にもう少し抜けるって伝えてくる。そのあとは食堂にでもいるから、早めに終わったら連絡くれ」
「ああ」
思い切り意識しているくせに、あくまでギーレベルトを無視する態度のリュカに返事をしながら、ザインがちょっかいを出してくれるなよ、とギーレベルトに目配せする。それに対し彼は、分かってるよ、と目で答えた。
それでも最後に、リュカがこの部屋を出て行く瞬間、
「ご機嫌よう、愛しい人」
ギーレベルトのその言葉が、ザインにはどことなく揶揄を含んだ音に聞こえた。そんな台詞に対してリュカから返ってきたのは、力いっぱいドアを閉める音だけだった。
「ほんっとにお前は…」
何がしたいんだ、とこめかみを押さえながらザインが言えば、ギーレベルトはその微笑を深くして、脈絡なく告げる。
「彼女は」
「あ?」
「リュカは、お前の言う事はよく聞くんだな」
そういってギーレベルトは、リュカが出て行ったドアを見つめる。ギーレベルトにはザインとリュカの関係がそう見えたらしい。そうだろうか、と首をかしげたものの、そうかもしれない、と思い直す。
「まあ、俺は一応上司だからな」
そういえば、いつだったか自分より強いと認めた相手の言う事は素直に聞くことにしているとリュカ自身が言っていたような気がする。その点では、ザインはおそらくリュカに認められているだろう。
採用にあたって実力を測る際に、リュカと手合わせをしたのがザインだ。よってザインはリュカの実力をよく知り、そして買っている。それはリュカにも言えることで、ザインに対しては素直に自分の負けを認め、またいつか再戦する際には絶対負けないと宣戦布告までされていたのを思い出した。
負けん気が強いのは悪いことではない。戦士であるなら、尚更だ。リュカが何を目指してそこまで強くなろうとしているかは知らないが、成長途中の彼女ならまだまだ上にいくだろう。もっとも、ザインとてまだ成長途中だ。その成長を待って、素直に負けてやる気はさらさらない。
(が、今はどうでもいい話だな)
わざわざ告げるような内容ではないと判断し、思考を切り替える。
「そんな事より、仕事の話だ」
硬い椅子に座りなおしながら言えば、ギーレベルトはザインの方へと向き直った。




