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エスケイプ  作者: 陸路
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 リュカはこれでもれっきとした女である。

花も恥じらう17の乙女のはずの彼女は、しかしながら初対面の人間がまず女だとは思わない風体をしていた。

 平均的な女性の身長より頭一つ分近く高く、細身とは言え剣を扱う者らしく筋肉のついた引き締まった体をしており、あまり凹凸はない。栗毛色の髪は背中にかかる程に長く、少しだけつり目がちの大きな瞳は珍しい金色の光彩をしていて、黙って小さく微笑んでいれば少女から大人へと変貌を遂げる最中の美しい乙女と言っても過言ではない。しかし髪は適当にひっつめたと言わんばかりの雑さでまとめられ、その瞳に浮かぶのは好戦的なものであることが多い。当然化粧気はなく、旅の剣士らしく質素で動きやすい服装、自身に頓着しないその雰囲気と仕草、そして一人称が「オレ」であることも相まって、どこをどう見てもリュカは十代半ばの野性味ある美少年にしか見えなかった。


 そんなリュカがアビナにやってきてから城で雇われる事が決まり、働き始めてからの2週間、その男は遠征に出かけていた為、時折名前を聞く事はあっても詳しい話は知らずにいた。

 そして昨日。正しく凱旋を果たした男とその一団は、ささやかながらも心からの祝福パレードに出迎えられ、城では賞杯を祝したパーティが開かれた。その時リュカはといえば、朝から城の後方の警護に回っていて、それは深夜遅くまで続いていた為についぞ男の姿をみかけることはなかった。


(まぁ別に、挨拶しなきゃいけないような身分でもなし)


全く興味がないわけではないが、こちらは一介の傭兵で、あちらは立派な騎士様だ。有事でもなければ関わりあいになることはないだろう。

 だからこうして、ハルに残念そうに言われたところで、なんとも思わなかった。


「そっかー、リュカはまだギイ様に会った事がないんだ」


 城の1階に面するこの食堂は朝から晩まで一日中開いており、この城で働く人々にいつでも暖かく美味しい食事を用意してくれる。床には長さのある木製の机が所狭しと並び、100人以上が裕に座れる程の広さを誇る。食事どきはここが満席になるのは当然として、それを外れた時間でも大体3分の1は常に誰かが座っている程の盛況ぶりだ。

 その食堂でリュカが早めの昼食を食べに行くと、こちらも同様に食べにきたハルと鉢合わせし、一緒に食事を取る事にした。喧しく賑わう食堂で、入り口から一番遠い席へと腰を下ろした2人は雑談混じりに食事を進め、話題はいつしか昨日の凱旋の話へと移っていった。そうして、先ほどの台詞である。

 ハルはこの城で働く魔導師だ。彼女が城の使いから帰る最中に、魔物に襲われていたところを助けたのをきっかけに仲良くなった、同年代の数少ない友人である。この国で働かないかとリュカに進めたのも彼女だ。

 ハルはリュカと違い、丁寧に手入れされた長い髪をそのまま背に流していた。艶やかな黒髪には普段から気を使っているらしい。瞳の色も同様に黒で、美人の部類に入るだろうその容姿は魔導師らしく知的な雰囲気を醸し出しているのだが、普段の行動はどちらかと言えば雑さが目立った。


「そんなに凄いの? その、ギイ…だっけ?」


リュカがスープを口元に運びながら尋ねれば、こちらはパンを食べようとしていたハルがカッと目を開いて言った。


「ギイ様(・)! 本名はギーレベルト・ル・エンデ様って言うんだけど、凄いってもんじゃないわ! 美の神とはまさにあの方の事ね」


 ちなみにハルはこの歳で城付きの魔導師になっただけあって実力は折り紙付きだ。襲われていた時に手を出したのはいらぬお節介だったと、リュカは今でも思っている。だがしかし、やはり年頃の女の子なのだろう。見目麗しいものに憧れる姿はその辺りの町娘となんら変わらなかった。ギイ様ファンクラブのメンバーでもあるらしいが、驚いた事にそのファンクラブは城の公認だというのだから、リュカがますますもって変な城だと思ってしまうのも無理はなかった。当のハルはギーレベルトの姿を脳裏に浮かべているのか、今もうっとりした顔で違う世界へ旅立っている。

 友人の変貌ぶりに軽く頬を引きつらせながら、リュカはなんとか相槌を打った。


「へ、へぇ~?」

「リュカも絶対そう思うよ! そうだ、そうしたら一緒にファンクラブに入らない!?」

「え、いや、遠慮しとく…」


少しばかり引きつった笑顔を浮かべて、リュカは少し冷めてしまったスープをようやく口に入れた。


(楽しそうではあるけど)


 何かに熱中できるというの良い事だ。それを中心に、皆で盛り上がれるのはとても楽しそうに見えた。が、いかんせんリュカの興味は相手の容貌についてではなく剣技の腕前にばかり向けられる。色恋に関しては一言、残念、としか言いようがない。


「なによー! ファンクラブに入ったら特典がいっぱいついてくるんだからね! メンバーズカードはもちろん、月一の会報はギイ様に関する情報が盛りだくさんだし、在籍期間が長いと生写真貰えたりとか!」

「生写真て…。いや、なんだ。とりあえず、凄いのは良くわかった」

「でしょう! だからリュカもー…」


 興奮気味に語るハルの動きが、不自然なところではたととまる。何事かと思えば、ハル以外にも騒がしかった食堂内がシンと静まり返っているのに気付いた。今は食事どきを少し外している時間帯だ。それでも半分近くの席がうまっていたのだが、そこにいた人々が一斉に同じ方向、食堂の入り口を向いている。

 一体何事かとリュカが入り口の方へと振り返った瞬間、黄色い悲鳴──中には野太い声もまざっている──があちこちから一斉に上がった。


「ギイ様──────!」


 リュカが話に聞いていたギーレベルトという男は、金髪の、とにかく半端ない美人だという話だった。だから入り口に立っている男以外に金髪の男はおらず、それがギーレベルト本人なのだろうとすぐに理解した。理解して、その上でこう結論付けた。


(ありえない!)


 リュカ達のいる場所から食堂の入り口までは十数メートルはある。にも関わらずはっきりとその男が並の容姿でない事がわかったのだ。リュカの目は決して悪くないが、この距離は知り合いはともかく、見知らぬ他人の区別はつかない距離だ。

 金色の髪は、室内の灯りを受けてまるでそれ自身が輝いているかのように見え、遠目からも分かる程均整の取れた体は彫刻家の理想を体現したかの如くだ。これで顔が美形でなければ詐欺だろう。雰囲気だけでも十分すぎるものが伝わってくる。一体どんな顔をしているのだろうと半分唖然と彼を見つめていたのだが、急によく分からない悪寒に襲われたリュカは思わずそこから視線を逸らした。

 と、そこでギーレベルトの隣にいるもう1人の男の存在に気付く。こちらは顔見知り、というかリュカの上司であるザインだ。あまり艶のない黒髪は少々崩したオールバックでまとめられ、彼によく似合っている。精悍な顔つきの美丈夫ではあるのだが、いかんせん左頬に走る2本の傷跡と目つきの悪さで、よく女子供に泣かれるのは仲間内ではもはや笑いの種となっている。

 そんなザインが誰かを探しているのか、キョロキョロと辺りを見回していた。まさか自分ではないだろうと嫌な予感に顔を引きつらせたリュカは咄嗟に俯いたが、それよりも早くザインがこちらに気付いたようだった。


「ちょ、ちょっと、ギイ様がこっち見てる! こっちに向かってる!」


興奮したハル──彼女にはギーレベルトしか目に入っていないらしい──にぐっと胸元を掴まれ、ハルの方を向く。華奢そうに見える腕のどこにそれ程の力があるのか、激しく前後に揺さぶられたリュカはたまったものではなかった。


「ハル、やめ、舌噛む!」

「え、嘘! きゃ! やだ!」

「…ッ、ハル!」


やめてくれとその手を振りほどき、机を叩いて抗議したリュカが見たのは、うっとりとした顔をしたハルだった。


「…は、ハル?」


大丈夫か、と目の前で手を振ってみせるも、ハルは全く反応していない。一体何が起こったのか、早く医務室に連れて行った方が良いだろうかとリュカが心配していると、そこに割り込む声があった。


「リュカ、ちょっといいか?」


リュカが振り向いた先にいたのはザインだ。やはり自分に用があったらしい。お咎めを受けるような事はしてなかったはずだが、と怪訝な顔を見せると、ザインは「そう警戒するな」といって苦笑した。


「仕事までまだ時間あるだろ? 紹介したい奴がいるんだ。お前の話をしたら、是非会いたいってな」


 そしてザインは少し離れてたたずむ男をさした。

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