第七話 作戦会議「雨降って地固まる、ただし外野に限る」
体育館倉庫での完全敗北から数日後。駅前のワクドナルドのいつもの席で、トキメキ同盟の作戦会議が再び召集されていた。中央には、宮本が広げた天気予報アプリの画面がある。今週末の金曜日には、綺麗に巨大な雨雲マークが居座っていた。「いいか、全員。今週末の金曜日は、降水確率九十パーセントの土砂降りだ」宮本が眼鏡の奥の目を光らせる。隣に座る荒木が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。「雨……!ってことは、あれだな? ラブコメの定番中の定番、王道にして至高のイベント相合い傘下校のチャンス到来ってわけか!」「その通り」少女漫画オタクの桜井美月が、興奮気味に身を乗り出す。「高梨さんの下駄箱からこっそり置き傘を抜いておいて、瀬戸くんに一本余ってるから入れてやれよってビニール傘をパスする。一つの傘の下、触れ合いそうな肩、雨の音に消されそうな心臓の鼓動……! 完璧、完璧だわ!」湧き立つ一同。しかし、前回の倉庫閉じ込め作戦での完全なる無関心を目の当たりにした常識人の藤原が、ふと冷静な声をあげた。「……なあ。作戦自体は完璧だと思うんだけどさ。あの二人、相合い傘くらいで本当にときめくか? 倉庫の暗闇で二時間、何事もなく世界史と数学やってた奴らだぞ?」「うっ……」その鋭い指摘に、トキメキ同盟の面々が一瞬で黙り込む。確かにそうだ。あの二人には普通のハプニングが一切通用しない。相合い傘をさせたところで、「ただの気象条件による同行」として処理される可能性が極めて高い。「……シミュレーションが必要ね」サバサバ系の中村結菜が、顎に手を当てて言った。「本当に相合い傘というシミュレーションに、男女をソワソワさせるだけの破壊力があるのかどうか。まずは私たちが、身をもって実験してみるべきよ」
「実験って……誰がやるんだよ?」荒木が首を傾げた瞬間、中村がすっと宮本と遠藤葵の二人を指差した。「宮本くんと遠藤。あんたたち、マックの入り口に一本だけ置き傘あったわよね。ちょっとあれで、この席の周りを歩いてみてよ」「は、はい!? なんで僕たちが!?」「そうよ、なんで私と宮本くんが……!」「いいから早く! 企画の妥当性を検証するのよ!」データ至上主義の宮本は、中村の検証という言葉に押し切られ、渋々遠藤と共にマックの入り口からビニール傘を一本持って戻ってきた。「……じゃ、じゃあ、やるぞ。傘を開いたと仮定して、距離はこのくらいか?」通路の真ん中で、宮本が一本の傘を持つジェスチャーをする。そのすぐ隣に、遠藤が並んだ。 相合い傘を再現するためには、当然だが、二人の距離をかなり詰めなければならない。すっ、と遠藤が宮本の横に一歩踏み込んだ。 その瞬間、宮本の体が一気に硬直した。すぐ隣から、シャンプーの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。普段の教室では絶対にあり得ない距離に、遠藤の細い肩がある。「……あ、遠藤。もう少し右に寄らないと、傘からはみ出る」「え? あ、うん……これくらい?」遠藤がさらに一歩近づき、二人の制服の袖が擦れ合った。マックの店内に流れるBGMが、急に遠くの雑音のように思えてくる。遠藤は下を向いたまま、小さく「……宮本くん、なんか、距離近くない?」と呟いた。その耳たぶが、みるみるうちに林檎のように赤くなっていく。「い、いや、相合い傘の有効半径を考慮すると、これが物理的に正しい距離だ……!」宮本は早口で言い訳をしたが、手元のジェスチャーを持つ手が、緊張でガタガタと震えていた。自分の心臓が、まるで部活の太鼓並みに激しくドクドクと鳴り響いているのが、周囲にもバレるんじゃないかとパニックになる。それを見守る席の6人は、全員が机に突っ伏して悶絶していた。
「あ、甘酸っぱいいいいいいい!!」桜井美月が声を押し殺してのたうち回る。「おい、何だよこれ! めっちゃドキドキするじゃん!」荒木も顔を真っ赤にして頭を抱えた。当の二人も、ついに耐えきれなくなって、お互いにバッと一歩距離を取った。「「な、なんで逆に私たちがときめいてるのよ(のさ)!!!」」綺麗にハモった二人のセルフツッコミに、マックの席は大爆笑と拍手に包まれた。「よし、検証完了!」佐々木駿が親指を立てる。「相合い傘の破壊力は実証された! 宮本と遠藤の毛細血管が拡張するレベルで効く! これならあの二人だって、絶対に一瞬で火花が散るはずだ!」「ハァ、ハァ……。そう、だな。作戦の妥当性は確認できた……」宮本は顔の熱を冷ますようにノートで顔を仰ぎ、遠藤は真っ赤な顔のままコーラを一気に飲み干した。(おかしい……。僕たちは高梨と瀬戸をくっつけるための同盟のはずなのに、何だこの胸のモヤモヤは……!)仕掛け人たちの心に、当人たちよりも先に巨大な恋の火花が着火したことなど、無関心な主役二人は知る由もなかった。「作戦決行は、今週の金曜日だ。お前ら、絶対に成功させるぞ……!」「「「オー!!」」」




