第四話 外野たちの宣戦布告
それは、高梨ちはると瀬戸翔也が「お姫様抱っこ事件」を起こしてから一週間後の放課後のことだった。 駅前のマクドナルドの奥まった席に、異様な熱気を孕んだ高校二年生が八人、ひしめき合っていた。「いいか、全員集まったな」ポテトのLサイズを中央に置き、神妙な面持ちで口を開いたのは荒木健太だった。 普段はお調子者の彼が、今はまるで重大な国際会議に臨む大統領のような顔をしている。その対面に座る結城莉子は、握りしめたスマートフォンを机に叩きつけた。「荒木くんの言う通りよ。もう私は限界。あいつら、何なの?」「落ち着け結城。何があった」サバサバ系の中村結菜がコーラをすすりながら宥めるが、結城の興奮は収まらない。「一昨日よ! 二人が同じ時間に、同じテレビ実況のハッシュタグにいいねしてたの! しかもお風呂上がりの時間までぴったり! 完全に運命の赤い糸じゃん! なのに、なのに翌朝の通学路、一メートル半の距離を保ったまま一言も喋らず歩いてたのよ!? 私は後ろから見てて、もどかしすぎて禿げるかと思った!」「俺も見た」部活帰りの藤原大輝が、神妙に頷く。「この前、瀬戸の奴と購買で一緒になったから聞いたんだよ。『お前、高梨と毎日一緒に帰っててどうなんだよ』って。そしたらアイツ、何て言ったと思う? 『家の方角が同じだから、ただの効率的な集団下校だ』って。真顔だぞ? 熟年夫婦でももうちょっと会話あるわ」「ありえない……!」少女漫画オタクの桜井美月が、胸の前で手を組んで震えている。「あんなの、神様が用意した極上のラブコメシチュエーションじゃない! 階段でお姫様抱っこされて、家が同じ方向で、毎日一緒に帰るなんて、第一話で付き合ってもおかしくないレベルだよ!?」「問題は、当人たちにその自覚が『一ミリもない』って点だ」眼鏡の奥の目を光らせ、宮本拓海がノートを開いた。そこには『高梨・瀬戸 観察記録』と不気味なタイトルが躍っている。「僕の分析によると、あの二人はお互いを『動く背景』としか認識していない。このままでは、高校生活の二年間、何も起きずに平行線のまま卒業を迎えることになる」「そんなの、見てるこっちの精神が持たないわよ!」ちはるの隣の席の遠藤葵が、机を叩いた。 「毎朝、ちはるの『おはよう』と瀬戸くんの『おはよ』のトーンが完全に一致してるのを見るたびに、クラス中が『おおっ!?』ってソワソワしてんの、あの二人だけ気づいてないんだから!」「……よし、決まりだな」佐々木駿が不敵に笑った。
「偶発的なハプニングを待ってても無駄だ。あいつらは神のイタズラを物理法則で処理しやがる。なら、俺たちが神になるしかねえだろ」「神に……?」「ああ。俺たち八人で手を組む。作戦名はトキメキ同盟。あの絶対零度の二人に、強制的に火花を散らせてやるんだよ!」こうして、主人公不在の席で、恐るべき陰謀が幕を開けた。




