第三章 非対称の朝、答え合わせのない通学路
「おはよ」「うん、おはよう」翌朝、いつもの分岐点でたまたま遭遇した私たちは、驚くほど平坦な挨拶を交わした。カツ、カツ、と二つの足音が朝の澄んだ空気に響く。距離はいつも通り、一メートル半。私は歩きながら、昨日の夜に見た録画の続きを思い出していた。あの泥まみれのバラエティ、結局最後はどうなったんだっけ。ふと隣を見ると、瀬戸くんが小さくあくびを噛み殺していた。「……寝不足?」「まあな。昨日、テレビがくだらなすぎて逆に夜更かしした」「ふーん」 それ以上の会話は続かない。私は彼が何の番組を見たのか興味がなかったし、彼もまた、私が昨日何を見ていたのかを尋ねようとはしなかった。もしここで「あの泥のやつ?」と一言交わしていれば、何かが変わったのかもしれないが、私たちはそういう面倒な確認を省くことで、この快適な関係を維持している。
踏切の手前まで来ると、昨日と同じように警報機が鳴り響いた。 遮断機が降りてくるのを待ちながら、私はふと、昨夜のお風呂での思考を思い出した。彼の洗剤の匂いについて。 なんとなく瀬戸くんの横顔を見る。今日も彼はポケットに両手を突っ込んだまま、気だるそうに立っている。「何?」「ううん、別に」 まさか「洗剤変えた?」なんて聞くわけがない。そんなパーソナルな質問をするほど、私は彼に関心がない。 瀬戸くんもまた、私の顔を一瞬だけ見て、昨夜の「タンスの匂い」を思い出していたが、口を開くことはなかった。女子に向かってタンスの匂いがしたなどと言えば、デリカシーの欠片もない奴だと思われることくらいは、彼だって分かっている。だから、何も言わないのが正解だった。遮断機が上がり、私たちは再び歩き出す。
「おい、お前ら! 待てって!」またしても後ろから、昨日とは別のクラスの女子が息を切らせて走ってきた。彼女は私たちの顔を交互に覗き込み、目を輝かせている。「昨日さ、二人が同じ時間に同じテレビ実況のハッシュタグにいいねしてたの、私見ちゃったんだからね! しかもお風呂上がりの時間も一緒だったでしょ! 完全に付き合ってるよね!?」私と瀬戸くんは、歩調を緩めることなく、同時に前を向いたまま答えた。「……いや、たまたまだよ」「気にしたこともないな」「なんでそんなに息ぴったりなのよ!」と後ろで女子が憤慨している。私たちは、昨日解いた世界史の年号や、数学の数式を頭の中で復習しながら、ただ淡々と学校への坂道を上っていった。




