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第二章 それぞれの夜、重なるタイムライン

 左の平坦な道を歩き、自宅の玄関をくぐる。「ただいま」と声を出しても返事はない。共働きの両親が帰るまで、この家は私の占有空間だ。カバンを床に放り出し、自室のベッドに寝転がる。時計の針は午後五時半を回ったところだった。午後七時。 私はリビングのテレビをつけ、昨日録画しておいたバラエティ番組を再生した。画面の中では、芸人たちが体を張って泥まみれになっている。 ちょうどその頃、右の坂道を上った先にある瀬戸くんの家でも、全く同じ番組がリアルタイムで放送されていた。彼は母親が作った生姜焼きをつまみながら、画面の中の泥まみれの芸人を眺め、心の中で「これ先週の使い回しだな」と冷静に突っ込んでいた。もちろん、私がその番組の録画を見ていることなど、彼は露ほども知らない。午後八時半。 私はお風呂にお湯を張り、湯船に体を沈めた。湯気で白く霞む天井を見上げながら、今日の放課後のことを思い出す。階段で足が引っかかった感覚。瀬戸くんにお姫様抱っこをされた時の、彼の制服の匂い。「……洗剤、変えたのかな。前のハッカみたいな匂いのほうが好きだったかも」 そんな益体のないことを、ぬるいお湯の中でぼんやりと考えていた。 その時、やはり同じように湯船に浸かっていた瀬戸くんは、天井の換気扇を見つめながら別のことを考えていた。「ちはるを抱えた時、あいつの制服、なんか変な匂いがしたな。……あれだ、おばあちゃん家のタンスの匂いだ」 それが柔軟剤のウッディ系の香りであることに、男子高校生が気づくはずもなかった。



 午後十時。 机に向かい、スマートフォンのタイマーをセットする。定期テストが近い。私は世界史の教科書を開き、フランス革命のページにマーカーを引いた。ナポレオンが失脚するあたりの年号が、どうにも頭に入らない。 壁を一枚隔てただけの距離にある瀬戸くんの部屋でも、同じようにシャープペンシルの音が響いていた。彼は数学のチャート式を開き、微積分の問題を解いていた。お互いに、相手が今この瞬間に勉強をしていることなど、これっぽっちも意識していない。午前零時。 部屋の電気を消し、ベッドに入る。携帯の画面を少しだけ眺めてから、目を閉じた。 二つの家で、同時に照明が消える。 私たちは同じタイムラインの上で、それぞれの夜を、完全に独立したまま終えようとしていた。



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