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憧れのカリスマが怖い人だと思っていたのに、実は私よりビビりだった件  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon
第一章:春の秘密

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第6話:月曜日の攻防

 翌週、月曜日。


 連休明けでも、GW明けでもない、ただの月曜日。

 特別なことは何もない。

 ……はずだった。


 廊下側の後ろのドアから教室に入ると、五月の朝の空気が漂っていた。

 チョークの粉と、窓から差し込む薄い光。

 いつもと同じ教室だ。


 すぐ目に入る席がある。

 一番後ろ、廊下側。

 渡辺日向くんの席だ。


 渡辺くんのことは、最初は正直怖かった。

 ツーブロックに整えた髪で、背が高くて、表情が少ない。

 四月の最初の一週間は、目が合うたびにちょっとだけ心拍数が上がっていた。

 でも話してみたら、ただ口数が少ないだけだった。

 悪い人では、全然ない。


 今では普通に挨拶できる。

 これは成長だと思う。我ながら。


 自分の席に鞄を置きながら、後ろに向かって声をかけた。


「渡辺くん、おはよう」


「おす」


 スマホから目を上げないまま、一言だけ返ってきた。

 そっけない。でもこれがデフォルトなので、もう慣れた。


 教科書を出して、今日の授業を確認する。

 いつも通りの朝だ。

 うん、いつも通り。


 ……と思っていたら。


 前の方から、近づいてくる気配があった。

 反射的に顔を上げると――


 白石くんだった。


 こっちに歩いてくる。

 え、待って。

 なんで。

 何の用。

 私、何かしたっけ。

 心当たりがありすぎて逆に絞れない。


 でも白石くんは私の席の横を、すっと通り過ぎた。


「日向、おはよう」


 後ろの席に向かって、涼しい声で言った。


「おす」


 渡辺くんの返事は、私に言ったのと同じトーンだった。

 公平だ。

 ……じゃなくて。


 胸を撫で下ろしたのか、拍子抜けしたのか、自分でもよくわからないまま、私はそっと前を向いた。


 白石くんと渡辺くんが、何か話し始めた。


 後ろの席だ。

 聞こうとしなくても、聞こえてくる。


「来週の土曜、第一試合何時だっけ」


 白石くんの声だった。

 低くて、でも柔らかい。授業中に先生の質問に答える時とも、廊下でクラスメイトと話す時とも、少し違うトーン。


「十時。でも集合は九時半」


 渡辺くんが短く返した。


「体育館、去年と同じとこ?」


「そう。つか来んの?」


「行こうと思って」


「……ふーん」


 渡辺くんの「ふーん」は、なんとなく嬉しそうに聞こえた。

 気のせいかもしれない。

 ……「来てくれるのか。まあ、嬉しくはないけど」くらいの声が聞こえた気がした。

 完全に気のせいだと思う。


 私は教科書に視線を落としたまま、なんとなくその会話を聞いていた。

 バスケの話だろうか。

 確か渡辺くんはバスケ部だったはずだ。

 白石くんがバスケ、というのが少し意外で、でも言われてみれば似合う気もした。


 そう思い、ちらっと白石くんを盗み見る。

 渡辺くんの机に片手をついて、少し前かがみで話している。

 さらっとした黒髪が、朝の光を受けていた。


 ……っていうか、なんで私、白石くんのことが「似合う気もする」とか考えてるんだろう。


 前を向こう。教科書を見よう。


 一行読んだ。


「スタメン変わった?」


「三番が変わった。あとはだいたい同じ」


「そっか」


 ……やっぱり気になる。


 もう一度、ちらっと後ろを見た。

 白石くんの横顔が、いつもと少しだけ違って見えた。

 完璧な輪郭はそのままなのに、どこか力が抜けている。

 学校の白石くんじゃない、みたいな。


 ……前を向こう。


 前を向いた。

 もう一行読んだ。頭に入らなかった。


「じゃ、また」


「おう」


 会話が終わったらしい。

 足音が、私の席の横を通り過ぎようとした。


 よし。

 終わった。

 これで平和な朝に戻れる。


 そう思った瞬間、後ろから声がした。


「吉野さん、おはよう」


「うひゃぁあ」


 素っ頓狂な声が出た。

 出てしまった。

 教室中に響いた気がした。


 振り返ると、白石くんがニヤニヤしていた。

 完璧な顔で、完璧にニヤニヤしていた。

 その後ろで、渡辺くんが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


「お、おはよう」


 何とか絞り出した。

 白石くんは満足そうに、自分の席へ戻っていった。

 その背中が、さっきの「力の抜けた横顔」とは別人みたいに涼しかった。


 ……あの人、絶対わざとだ。

 断じて、わざとだ。

 ……たぶん。


    ***


 放課後。


 美術部の活動を終えて、荷物をまとめた。

 同期の子に「お疲れ〜」と声をかけて、部室を出る。


 教室に向かいながら、スマホを確認した。

 白石くんからメッセージが来ていた。


  ────────────────

  今日もいるよ。

  ────────────────


 簡潔すぎる。

 切腹メールの面影が、どこにもない。

 あの丁寧すぎる第一印象は何だったんだろう。


 でもまあ、意味はわかる。

 教室にいる、ということだ。


 いや、今日も"ゴキブリが"いるよ、という可能性も微レ存?!

 そう考えると、このメッセージの向こう側の白石くんの様子も意味が変わってくる。


 おもしろいなぁ、とくだらないことを考えながら歩いていた。


 廊下を歩きながら、今日の修業のことを考えた。

 虫の次は何にしようか、という話を、そういえばまだちゃんとしていなかった。

 他の苦手――驚かし系にしようか。

 これをどう克服するか。


 ……まあ、行ってから考えよう。


 教室の引き戸に手をかけて、そっと開けた。


 白石くんが、自分の席に座っていた。

 入ってすぐ、床をざっと確認した。

 異常なし。今日は平和そうだ。

 参考書を開いていた白石くんが、私が入ってきたのに気づいて顔を上げた。

 目が合った瞬間、なんとなく口元が緩んだ。

 白石くんの方も、少しだけ。


「お疲れ様」


「お疲れ様、です」


 なぜか敬語になった。

 白石くんが少し目を細めた。

 笑いをこらえている顔だ。


 ……わかってる。

 私がふいに緊張すると敬語になるの、もうバレてる。

 でも体が勝手にそうなってしまうので、仕方がない。


 前の席に椅子を引いて、くるりと向きを変えて座った。

 机の上には何もない。

 今日はスケッチブックも図鑑も持ってきていない。

 ただの話し合いだ。


「次の修業、どうしようか」


 白石くんが、静かに切り出した。


「そうだね」


 私も頷く。


「虫は、だいぶ慣れてきた気がする」


「そうだね。絵を描いてたら、怖くなくなってきた、って言ってたし」


「うん。……暗闇は、まだちょっと難しい気がしてる」


 白石くんが、少し眉を寄せながら言った。

 正直に言える関係になったんだな、とふと思った。

 最初の頃は、弱いところを見せるのをもう少し躊躇っていた気がする。


「驚かし系は?」


「……それも、まだ」


「だよね」


 私も同じだ。

 虫、暗闇、驚かし系。

 三つ全部、まだ完全には克服できていない。


「驚かし系って、どうやって慣れるんだろうね」


 口に出してから、難しい問いだと思った。

 虫は写真から始めて絵を描いた。

 暗闇は段階的に慣らしていくしかない。

 でも驚かし系は——。


「……ホラー、とか?」


 白石くんが、少し間を置いてから言った。


 ホラー。

 なるほど。

 驚かし系への耐性をつけるなら、確かにホラーは理にかなっている。

 知ることで救われる、という哲学にも合っている。


「いいかもしれない」


 私は頷いた。


「映画か、ゲームか、小説か……いろいろあるよね」


「手軽に二人で共有できるのは、映画かな」


「そうだね」


 二人でしばらく考えた。

 何のホラー映画にするか。


 白石くんが、少し躊躇うような間を置いてから、口を開いた。


「……チャイルド・プレイが、昔から少し引っかかってる」


 声が、いつもより小さかった。

 視線が、少しだけ机の方に落ちた。


「金曜ロードショーで、見てしまって」


「あ」


 私は思わず声を上げた。


「私も」


 白石くんが、少し目を丸くした。


「チャイルド・プレイ?」


「うん。小学生の時。チャンネル変えようとしたら、途中から見ちゃって」


 二人で、しばらく黙った。


 窓の外で、風が木の葉を揺らす音がした。

 夕方の光が、教室の床に細長い影を作っていた。

 その沈黙の中で、白石くんが小さく息をついた。


「……あれは、ちょっと違う方向性だよね」


 白石くんが、ぽつりと言った。


「違う方向性だね」


 私も頷いた。


「もう少し、ライトなものから始めたい」


「同意見です」


 また敬語になった。

 白石くんが、今度は笑いをこらえるのをやめた。

 小さく、ふっと笑った。


 私は気にしないことにした。


 ライトなホラー映画。


 私は少し考えた。

 ホラー映画、と言われてすぐに思い浮かぶものは、大体ライトじゃない。

 リングとか、呪怨とか、そういうやつが出てきてしまう。

 あれは絶対に無理だ。二人とも無理だと思う。


 そういえば。


 ふと、思い出したことがあった。

 好きなVTuberが、以前配信で映画の同時視聴をやっていた。

 ホラー映画で、でも「ちょうどいい怖さ」って言っていた。

 その時は見られなかったけど、アーカイブがあるのは知っている。


 タイトルは、確か——。


「カルト、っていう映画、知ってる?」


 白石くんが、少し首を傾けた。


「知らない」


「ホラーなんだけど、好きなVTuberが同時視聴してて。その人が『ちょうどいい』って言ってたんだよね」


「ちょうどいい」


「うん。怖すぎず、でもちゃんとホラーで、って感じで勧めてたんだと思う。その時は見られなかったんだけど、気になってて」


 白石くんは少しの間、黙って考えていた。

 何かを検討しているような顔だ。


「……見てみる価値は、あるかもしれない」


「でしょ」


 私はスマホを取り出して、映画の名前を検索した。

 配信サービスにあるかどうか確認する。


「あった。ダウンロードもできる」


「ダウンロード?」


「データ使用量が怖いから、事前にダウンロードしておいた方がいいかなって」


 白石くんが、少し間を置いた。


「……それは、確かに」


「でしょ。今日は帰って、家でダウンロードだけしておいて次回見ようか」


「そうしよう」


「私がダウンロードしてくるから、楽しみにしててね」


「う、うん。楽しみに……」


 それだけ言って、二人でしばらく黙った。

 次回、一緒にホラー映画を見る。それが決まった。


 ……本当に大丈夫なんだろうか。

 私たち二人で、ホラー映画。

 片方はチャイルド・プレイがトラウマで、もう片方も同じくチャイルド・プレイがトラウマだ。

 戦力が、心もとない。


「……ちなみに」


 白石くんが、少し真面目な顔で言った。


「何?」


「カルト、って、どんな内容?」


 私はスマホで検索しながら答えた。


「えっと……ホラードキュメンタリー、みたいな感じらしい。詳しくは次回までのお楽しみで」


「それは」


 白石くんが、微妙な顔をした。


「……楽しみにしておく」


 全然楽しみにしていなさそうな声だった。


 私は笑いをこらえながら、荷物をまとめた。


 二人でホラー映画、本当に大丈夫なんだろうか。

 ……まあ、なんとかなると思う。

 たぶん。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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