閑話3:キラキラの裏側2
吉野さんが帰った。
教室が、静かになった。
カーテンはもう開け放っている。
さっきまで薄暗かったが、今は教室の明かりを窓が反射するくらい、外は暗くなっていた。
『家にいるより、学校の方が静かだから』
そう言ったのは、自分だ。
なぜ言ったのか、よくわからない。
聞かれたから、答えた。
それだけのことだ。
……それだけのことのはずだが、なぜか頭に引っかかっている。
カバンから日記を取り出した。
書こうとして、手が止まった。
今日のことを書く前に、少しページをめくった。
ある一文で、手が止まった。
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集中すると別の顔になる人だ、と思った。
どちらの顔も、同じ人のものだと思うと――
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……書いたのは、自分だ。
でも、だいぶ前の自分が書いた言葉のような気がした。
今では吉野さんのいろいろな顔を知っている。
気づいたら、そういうことになっていた。
ペンを持った。
だが、今日のことを書き始めるより前に、少し前から読み返した方がいい気がした。
パラッ。
ページをめくった。
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5/18(月)晴れ
日向に用事があって、朝、声をかけに行った。
その時、吉野さんが自分の席で、僕の気配に気づいて妙な反応をしていた。
なんとなく面白かった。
日向と話している間も、吉野さんが時々こちらをちらちらと見ていた。
その時は、気づいていなかったふりをしていた。
こちらを気にする様子が、ちょっとだけ嬉しいと思っていたのもある。
日向と話し終えて、吉野さんの席の横を通る時に、声をかけた。
おはよう、と。
それだけのつもりだった。
吉野さんは、素っ頓狂な声を上げた。
教室中に響いた。
……予想の三倍くらい面白かった。
また同じことをしたい、と思ってしまった。
誰かに対してそう思ったのは、記憶にある限り初めてだと思う。
僕に嗜虐心はない……はずだ。
あくまで、吉野さんの反応が可愛いと思っただけだ。
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(ふふ。……宮田さんが吉野さんをからかいたくなる気持ちが、少しわかったな)
次のページを開いた。
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5/19(火)曇り
放課後、教室で蛾に遭遇した。
表情が崩れかけた。
運悪く、そのタイミングで宮田さんが現れた。
動揺したのは、蛾のせいだけではなかった。
秘密の関係がバレそうになったことの方が、ずっと大きかった。
吉野さんが動いてくれた。
咄嗟に、自然に。
あの瞬間、吉野さんが動いてくれなかったら仮面は保てなかった。
結果として、今日の映画はお預けになった。
残念だ。
……残念、のはずだ。
なぜか少し、ほっとしている気がしないでもないが、それは蛾のせいで疲れたからだと思う。
そういえば、吉野さんたちが帰宅した後、蛾は一人で外に出て行ったので、事なきを得た。
窓はちゃんと閉めておこうと思う。
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次のページは、5/20(水)だった。
ペンを持ったまま、少しの間、手が止まった。
教室の蛍光灯が、静かに光っていた。
窓の外は、すっかり暗い。
吉野さんが帰ってから、どのくらい経っただろう。
パラッ。
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5/20(水)晴れ
放課後、吉野さんと映画を見た。
カルト、という映画の前半だ。
かなり怖かった。
霊能力者たちが次々と倒れていく展開は、想定外だった。
強そうな人が倒れる、というのは、余計に怖い。
視聴中、吉野さんも固まっていた。
自分も固まっていたので、あまり観察する余裕はなかった。
ただ、二人で固まっているのが、なぜか少し可笑しかった。
こういう状況でそう思うのは、おかしいかもしれない。
前半が終わった時点で、一旦止めることにした。
「今日、一緒に帰っていい?」と言ってしまった。
自分でも少し驚いた。
一人で帰るのが怖かったのは、本当だ。
でも怖いだけなら、別の手段もあったはずだ。
なぜそう言ったのか、うまく言語化できなかった。
ここにも、それ以上は書けない。
校門を出てから、吉野さんと映画の感想を話した。
途中で、星が目に入った。
説明した。
春の大三角と、春の大曲線のことを。
説明している途中で、吉野さんが星より面白いと思ってしまった。
またいろいろな季節の星を、吉野さんに紹介してあげたい……。
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(この最後の一文は、ずいぶん迷って書いた。今読み返しても、消したい気持ちになる。でも今は消さないでおこう)
5/21(木)のページを開いた。
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5/21(木)晴れ
放課後、吉野さんと映画の続きを見た。
後半、ネオという人物が登場してから、空気が変わった。
笑いをこらえるのに忙しくなった。
吉野さんも、同じだったと思う。
目が合った瞬間、二人で前を向いた。
エンドロールが終わって、続編がないことを知った。
続きが気になる。
視聴が終わった後、吉野さんが言った。
「ネオ様、カッコよかった」と。
「ああいう男の人が好き?」と聞いてしまった。
なぜ聞いたのか、わからなかった。
吉野さんは、仮面ライダーオーズのアンクという人物の話を始めた。
同じ俳優らしい。
……そういうことか。
アンク、というのが何者なのか、少し気になったが、調べなかった。
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続きのページで、手が止まった。
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5/21(木)夜・追記
修業の動機がすり替わっていることには、とっくに気づいて
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そこで、止まっていた。
書きかけの文字を、消した。
……気のせいだ。
そう思った。
怖いから、ではない。
言語化する覚悟が、まだ整っていない、のか。
よく、わからない。
パタン。
一度日記を閉じた。
表紙のシールが、教室の蛍光灯の光を反射していた。
今日のことは、まだ書けない気がした。
「家にいるより、学校の方が静かだから」と言ったこと。
なぜ吉野さんにはそんなことを話してしまうのか。
それを整理する言葉が、今はまだ見つからない。
表紙にシールは、貼らなかった。
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