閑話2:後方腕組保護者の観察記録
吉野めいという子がいる。
美術部の同期で、別のクラスの子だ。
引っ込み思案で、おっちょこちょいで、よく教室でびっくりしている。
びっくりさせているのは、たいてい私だけど。
廊下から顔を出してめいを驚かすのが、私の趣味だ。
生きがいの一つ、と言ってもいい。
なんでそんなことをするのかというと、めいが面白いからだ。
驚く顔が、いちいちかわいい。
ビクッてなって、「もう!」ってなって、でも本気では怒らない。
なんか、ちょっと虐めたくなる感じ、というか。
放っておけない感じ、というか。
めいって、そういう子なんだよね。
本人は全然気づいてないと思うけど。
あの子、自分が人にどう見えているか、あんまり気にしないタイプだから。
それがまた、いいんだよなあ。
……なんて、こんなことを考えているのは、最近ちょっと気になることがあるからだ。
めいが、最近楽しそうだ。
なんとなく、雰囲気が違う。
前から明るい子だったけど、なんか、もっとふわっとしている感じ。
表情が柔らかい、というか。
ぼんやりしていることが増えた、というか。
何が変わったのかは、わからなかった。
でも、何かが変わったのは確かだった。
それだけじゃない。
最近、部活後に一緒に帰れていない。
前はほぼ毎日一緒に帰っていたのに、最近めいは部活が終わるとどこかへ行ってしまう。
「どこ行ってるの?」と聞いたら、「ちょっと用事があって」とか「委員会的なやつ」とか言って、はぐらかされた。
……めい、嘘つくの下手すぎる。
目が泳いでたし、声が上ずってたし、「委員会的なやつ」ってなんだよ。
委員会的なやつって何。
でも、それ以上は聞かなかった。
聞いても絶対にはぐらかされるのが目に見えていたし、なんか、あんまりグイグイ聞くのも違う気がして。
思い返せば、心当たりがないわけじゃなかった。
一度だけ、放課後にめいの教室の前を通ったことがあった。
めいが部室に忘れ物をした時だ。
なんとなく顔を出してみたら、めいが教室の中にいた。
それだけなら不思議ではないことなんだけど、隣に白石くんがいた。
白石くん。
学校のカリスマ、とか言われてる人。
顔がいいのは知ってる。頭もいいらしい。生徒会にも入ってるらしい。
あんまり接点がないから、よくは知らないけど。
その時のめいは「生徒会の話をちょっと聞いてただけ」と言った。
白石くんも涼しい顔で、別に気にした様子がなかった。
そっか、そういうこともあるか、と思って、その日は流した。
流したんだけど。
よく考えたら、その日の少し前から「部活後にどこかへ行く」というのが始まった気がする。
……もしかして、と思わないでもなかった。
でも確証がなかったし、めいに限って、という気持ちもあった。
あの子、恋愛に関してはちょっと、というか、かなり、というか。
自分のこととなると、驚くほど鈍いから。
***
そして今日、確証を得た。
テスト期間中に図書館で勉強しようと思って入ったら、窓際のカウンター席にめいがいた。
夕方の光が窓から差し込んでいて、カウンター席に横並びで座る二人のシルエットが、なんか絵みたいだった。
思わず立ち止まってしまった。
あ、めいだ、と思った瞬間、隣に誰かいることに気づいた。
白石くんだった。
二人で参考書を並べて、何かを話していた。
声は遠くて聞こえなかった。
でも、なんか、すごく自然な感じだった。
距離が近いとか、そういうことじゃなくて。
ただ、なんか、二人でいることがすごく自然な感じ、というか。
邪魔しようとして、一歩踏み出しかけた。
でも、足が止まった。
その瞬間、白石くんがめいの方に軽くグーを差し出した。
めいがきょとんとして、一秒くらい固まって、それからこつんと合わせた。
白石くんが、笑った。
私は今まで白石くんのことをよく知らなかったけど、あの笑い方は知らなかった。
なんか、ちょっと違った。
学校でよく見るカリスマな感じの笑い方じゃなくて、もっと、素に近い感じの。
あ、と思った。
これは本気だ。
そっとその場を離れた。
外に出て、ベンチに腰を落ち着けながら、少しの間ぼんやりした。
……あのめいが。
驚き、というか、納得、というか。
両方が同時にあった。
確かに、めいってそういう子なんだよな。
あの子、無自覚に人を引きつけるんだよ。
驚かすと全力でビビるし、からかうと全力で動揺するし、話しかけると全力で向き合う。
全部が正直すぎる。
なんか、放っておけない感じになるんだよね、あの子。
白石くんも、そういうとこを見てしまったんだろうな。
……でも、めい自身は全然気づいてないんだろうな。
そう思ったら、なんかちょっと笑えてきた。
呆れとか、愛おしさとか、そういうものが混ざった笑いだった。
あの子ほんとに、自分のことになると驚くほど鈍いから。
白石くんが自分に向けているものが何なのか、きっとまだわかっていない。
というか、永遠にわからないんじゃないかという気さえする。
……まあ、今日のところは、邪魔しなくてよかった。
帰宅後、スマホを取り出して、めいにチャットを送った。
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邪魔しなくてよかったでしょ? (*^-^*)
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さて、どう返ってくるかな。
すぐに返信が来た。
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何が?
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……何が、って。
わかってないのか、本当に。
────────────────
図書館での出来事♪
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送った。
また、すぐに返信が来た。
────────────────
何が?!勉強会だよ!!
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来た来た。
────────────────
はいはい (*^-^*)
────────────────
返した。
しばらくして、また来た。
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全然わかってない!?ほんとに違うから!
────────────────
────────────────
はいはい (*^-^*)
────────────────
スマホを置いて、少しの間、天井を見た。
わかってるよ、めい。
勉強会なのはわかってる。
でも、あなた自身が一番わかってないんだよ。
白石くんが向けているものも、あなた自身が感じているものも。
……ほんとに、もう。
でも、急かすつもりはない。
めいのペースがある。
あの子は、自分で気づいた時にしか動けないタイプだから。
誰かに言われて気づくより、自分でじわじわ気づいていく方が、めいらしい。
それに、白石くんの方も、まだ時間がかかりそうだし。
……あとは、時間の問題だと思う。
二人とも、もうすでにそっちに向かっているんだから。
私にできることがあれば、それとなくフォローしよう。
邪魔はしない。
秘密は守る。
何かあった時には、さりげなく場を取り持つ。
今日、図書館で邪魔しなかったのも、その第一歩だ。
我ながら、なかなかいい判断だったと思う。
***
数日後、テスト前日。
また図書館に来ていた。
ここ数日、テスト期間中はずっと図書館に来ている。
テスト勉強のため、というのは半分本当で、半分は……まあ、いい。
参考書は開いているけど、正直あまり頭に入らない。
二人が来るかどうか、なんとなく、気になっていた。
そして、いた。
やっぱり、いた。
窓際のカウンター席に、めいと白石くんが並んでいた。
今日も二人で、今日も自然な感じで。
今日も尊いものを目撃させてもらった。
図書館のカウンター席で、めいが問題を解けた瞬間、白石くんが「かわいい」と言った。
小声だったけど、聞こえた。
その直後、白石くんが「いや、解き方が」と言い直した。
めいは首を傾げていた。
全然気づいていなかった。
……白石くん。
だいぶ来てるじゃないですか。
スマホを手に取った。
チャット画面を開いた。
めいの名前が一番上に来ている。
少し考えて、メッセージを打った。
────────────────
今日も、めいが可愛かったです。丸
────────────────
送信した。
またすぐに「何が!?」って返ってくるんだろうな、と思いながら。
それでいい。
めいが全部わかった時に、この「丸」の意味も全部わかればいい。
それまでは、私は見守るだけでいい。
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