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憧れのカリスマが怖い人だと思っていたのに、実は私よりビビりだった件  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon
第一章:春の秘密

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第14話:テストと、その後

 やれるだけやった。


 登校しながら、そう自分に言い聞かせた。

 昨日の夜は、三時間だけ寝た。

 それ以上は無理だった。

 正確に言うと、参考書を枕にして寝ていた。

 勉強が夢にまで出てきた。

 ……それを勉強と呼んでいいのかはわからない。


 でも、できる範囲でやった。

 それだけだ。


 ……たぶん。


 教室に入ると、いつもより空気がぴりっとしていた。

 テスト当日の空気だ。

 誰かが参考書を広げていて、誰かが小声で何かを唱えていた。


 私も席に着いて、参考書を開いた。

 数学Bのページ。

 等差数列の応用問題。


 ……大丈夫。

 たぶん、できる。


 白石くんの説明が、頭の中でまだ動いていた。

 不等式を立てるだけ、という声が。

 やり方は方程式と同じ、という声が。


 チャイムが鳴った。


 数学Bの問題用紙が配られた。


 深呼吸した。

 開始の号令の後、問題を上から順番に読んだ。


 ……あ、これ、白石くんゼミでやった形だ。


 白石くんゼミ、と心の中で呼んでいた。

 本人には絶対に言えない。


 等差数列の応用問題。

 条件が二つある。

 式を二本立てて、連立して解く。

 それから一般項を出して、不等式を立てる。


 シャープペンを持った。

 一行ずつ、書いていった。


 白石くんの説明を、頭の中でなぞりながら。

 ここで条件を式にする。

 ここで連立する。

 ここで不等式。


 ……できた気がする。


 次の問題に移った。

 また、似たような形だった。

 また、できた気がした。


 テストが終わった時、問題用紙を裏返しながら、なんとなく思った。


 ……白石くんの教え方のおかげかもしれない。


 そう思ったら、少し、手が止まった。

 なんか、照れくさかった。

 問題用紙を裏返したまま、前を向いた。


    ***


 テストが終わった後の廊下は、いつもより賑やかだった。


「ねえ、大問3の(2)ってどうやった?」


「あー、私あそこ飛ばした」


「えっ、マジで?」


 答え合わせをしているグループが、あちこちにいた。

 私は少し離れたところで、自分の手応えをこっそり確認していた。


 等差数列の応用問題、たぶん合っていた。

 不等式、たぶん合っていた。

 最後の問題、少し怪しかった。


 でも、いつもよりはできた気がする。

 たぶん。


 トイレに向かおうとして、廊下を歩いていたら、向こうから男子のグループが来た。

 笑いながら話していた。

 その中に、白石くんがいた。


 白石くんが、こちらに気づいた。


 友人たちと話しながら、ふと視線がこちらに向いた。

 小首を傾けた。

 少し困ったような、心配するような、そういう表情だった。


 ……ああ、テストのこと聞いてるんだ。


(どうだった?)


 ――とでも言っているようだ。


 私は小さく頷いた。

 大丈夫、という意味で。


(たぶん、いつもよりはできた気がするよ)


 白石くんが、ふっと表情を緩めた。

 安心したような顔だった。

 それから、ほんの少し、目を細めた。

 またすぐに友人たちの会話に戻っていった。


 私も、また歩き始めた。


 ……なんか、それだけで十分だった気がした。

 言葉を交わしたわけでもないのに。

 胸のあたりが、少しあたたかかった。

 不思議だな、と思いながら、トイレに向かった。


    ***


 数日後、テストが返ってきた。


 数学Bの答案が、机の上に置かれた。

 点数を見た瞬間、思わず声が出そうになった。


 こらえた。

 教室だから。


 ……過去最高だ。


 もう一回、見た。

 やっぱり過去最高だった。

 見間違いじゃなかった。


 隣の子が「どうだった?」と聞いてきた。


「まあまあかな」


 答えながら、答案をそっと裏返した。


 パタン。


 見せたくなかったわけじゃない。

 ただ、なんか、まだ自分の中だけに置いておきたかった。


 ……報告したい人が、一人いた。


 その気持ちに気づいた瞬間、少し、戸惑った。

 なんで白石くんに報告したいんだろう。

 教えてもらったからだ。

 当然だ。

 それだけだ。


    ***


 放課後になった。

 私は、自分から白石くんの席に向かった。


 私から行った。


 なんか……我ながら、ちょっと珍しいな、と思った。

 足が、勝手に動いていた気がした。


 白石くんは、自分の席で参考書を読んでいた。

 放課後の教室には、まだ何人か残っていた。


「あの、さ」


 声をかけた。

 白石くんが顔を上げた。


「数B、返ってきた」


「うん」


「過去最高だった」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。

 自分から報告しに来て、自分から言い切った。

 ……我ながら、ちょっと直球すぎたかもしれない。


「見せて」


 白石くんが、手を差し出した。

 私は答案を渡した。


 白石くんが、ざっと目を通した。

 少しの間、黙っていた。


「ここ、惜しかったね」


 一言だった。


 ……惜しかった?


「褒めてよ!」


 思わず言った。

 白石くんが、少し目を細めた。


「褒めてるよ」


 さらっと言った。


「過去最高でしょ」


 そう言いながら、答案を返してきた。

 その言い方が、なんか、変だった。

 変、というか。


 ……ちゃんと全部、見てくれたってことなんだ。


「おめでとっ」


 少し、動揺した。

 うまく言えない動揺だった。


「あ、ありがとう。勉強会のことも。白石くんの、おかげだから……」


 だから、白石くんに一番に結果を見せたかったんだ、という言葉は胸の内にしまっておいた。


 白石くんが、少しの間、黙っていた。


 なんか、言いよどんでいるみたいだった。

 白石くんが言いよどむのは、珍しかった。


「……お礼なら」


 少し間を置いて、言った。


「また修業、付き合って」


 ……修業。


「それはもともとやるつもりだったんだけど」


 思わず返した。

 白石くんが、ふっと笑った。


「ふふ。ありがとう」


 それだけ言って、参考書に視線を戻した。

 涼しい顔だった。

 でも、さっきより少しだけ、口元が緩んでいた気がした。


 私も、なんとなく笑ってしまった。

 なんで笑ってるんだろう、と思いながら。


 修業、か。


 なんか、修業って最近楽しみになってきた気がする。


 ……それは、克服できてきているからだ。

 ビビりが、少しずつ治ってきているから、修業が苦じゃなくなってきたんだ。

 それだけだ。


 ……断じて。


    ***


 部活に行くため、教室を出た。


 廊下に出た瞬間、目が合った。


 桜ちゃんだった。


 壁際に立って、腕を組んでいた。

 神妙な顔をしていた。

 何かをかみしめるように、うんうんと頷いていた。


「……何してるの」


「いやあ」


 桜ちゃんが、しみじみとした顔で言った。


「青春だなあ、と思って」


「何が」


「はいはい (*^-^*)」


 全く取り合ってもらえなかった。

 桜ちゃんが、にこにこしながら私の隣に並んだ。


「部活行こ」


「……うん」


 並んで廊下を歩きながら、私はため息をついた。

 桜ちゃんは、まだにこにこしていた。

 何も言わなかった。

 でも、その顔が、全部わかってるよ、と言っていた。


 ……わかってないから。

 断じて。

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