第九十八章~墨俣攻防戦・上~
「いやぁ~楽ちんだね、うん」
「どんどん流しましょう、ほーいほいっと!」
「敵も居ないし、川の流れは穏やかだし……釣りしていい?」
「……丹羽様、長康殿。油断していると足元をすくわれるぞ」
「それは分かってるんだけど……こうも平和だとねぇ」
「良いではありませんか、早く終わらせて木下殿に合流しなければいけないのですからな!」
「上手くやってるかな……」
「大丈夫でしょう、どうやら柴田様の陽動部隊にまんまと引っ掛かったようですし」
「勝家さん、流石だな……」
暢気に話ながら五郎は正勝の指示で流れていく筏を眺める。
テキパキと作業を続ける川並衆によって工場の生産ラインのように一定間隔で長良川を流れていく筏の光景は不思議な眺めだ。
もしかしたら敵と鉢合うかもしれないと思っていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
今後の予定としては、ある程度流し終えたら五郎は一足先に藤吉郎の部隊へ合流する事になっている。
このまま自分が居てもする事は特に無い、ならば一足先に報告を兼ねて藤吉郎に加勢しようと考えた為だ。
「さて、どうやって合流するかな」
「護衛を数人連れて行って下さいよ、何かあっては困ります」
「うい」
「しかし、この様子なら川沿いに下っても大丈夫では?」
「長康殿、もし敵に見つかったら事だぞ?」
「それならこれだけ上流から木材を流しておるのです、既に見つかってますわい」
「ふむ……」
「あ、あのさ……二人とも、大人しく迂回して合流しようかと……」
「丹羽様! 良い考えが浮かびましたぞ!」
「えぇ~……嫌な予感しかしないんだけど……」
五郎は多少時間が掛かっても迂回しながら藤吉郎に合流したいのだが、二人は早く合流して欲しいようだ。
それよりも長康が浮かんだという考えが凄く気になる、だが聞いてはいけないと五郎の中にある危険探知機がサイレンをけたたましく鳴らしている。
(長康殿の顔……凄く良い顔してるから余計に嫌な予感がするんだよな……)
長康が良い顔をした時に限って碌なアイデアじゃない事をここ数日で身をもって味わっている。
「丹羽様、この方法ならば疲れず、そして迅速に木下殿と合流出来ますぞ!」
「へ、へぇ~……ど、どんな方法なの?」
「はっはっはっ! 聞いて驚いてはいけませんぞー! その方法とは……」
「……方法とは?(ごくり)」
「丹羽様も筏で下れば良いのです! なーはっはっ! 我ながら妙案ですな!」
「…………え? 何? それ本気で言ってんの?」
「某は冗談は言いません、どうです? いい考えではありませんか!?」
「待て、落ち着くんだ……確かに筏で下れば合流地点を確認しながら進まなくてもいい、筏に乗っているだけで進めるから楽なのも分かる」
「そうでしょうそうでしょう!」
「だ・け・ど!! 敵に見つかったら的じゃん!? 狙い放題じゃん!?」
「対岸側に木材を積んでおけば隠れる事が出来るじゃありませんか」
「バランス悪くて怖いわ!」
「そこは丹羽様がバランスを……」
「無理無理無理! 甲冑着てるんだよ!? 川に落ちたら沈むって!」
「むむぅ……妙案だと思ったんですが……」
実は筏で下る事に関しては少し心惹かれた五郎だったが、流石に甲冑を脱ぐと敵と遭遇した時に無防備過ぎる。
刀の扱いもまだまだ未熟なのだ、もし矢を放たれたら刀で防ぐ事も難しいだろう。
長康には悪いが、ここは大人しく徒歩で藤吉郎に合流させてもらおう。
五郎が口を開けようとしたその時、黙り込んでいた正勝が先に口を開く。
「悪くない、長康殿の妙案……やりましょう」
「え”っ!?」
「心配せずとも大丈夫です、若い衆の中から腕利きを丹羽様に同行させますから」
「ほ、本当にするの?」
「もし敵が居たら……木材を防壁にして弓を適当に射れば大丈夫ですよ」
「あ、あの……弓の扱いは苦手なんだけど……」
「……もし敵が居たら丹羽様は隠れて居て下さい、後は護衛の者が弓で威嚇させます」
「あの~……どうしてそこまで筏で川下りをさせようとするの……?」
正勝が五郎を筏に乗せたがる理由を聞こうと質問すると、正勝は真剣な顔で言い放った。
「此処の作業が全て終わり、我等も同じように下れば、木材を運びながら合流出来で良いではありませんか」
「な、なるほど……」
「それに、丹羽様の体力を考えると負担も減らせるかと」
「……確かに楽だとは思う」
「柴田様が陽動を行っている地点は我等と正反対の位置、突出しなければ見つかりませんよ」
「う、う~ん……」
「それに、この辺りは穏やかな流れですが……少し下れば流れも速くなりますから早々弓で狙いなどつけれませんよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「?」
「そ、それって……どの位速くなるの?」
「そうですねぇ……馬と並走出来る位ですかな、まぁ大した事はありませんよ」
「!?」
五郎が目を見開いて正勝の顔を凝視すると、正勝は大した事はありませんよと肩を叩いてくる。
確かに馬と並走出来る速度であれば敵に見つかってもすぐ逃げ切れるだろう、だが今度は川に落ちたらどうなるか心配になる。
すっかり正勝や長康はその気になっているようだしが、どうにか回避する事が出来ないだろうか……。
五郎がそう考えていると、いつの間にか自分の両脇をひょいっと抱えている二人が五郎を筏に括り付ける。
「え!? えっ!?」
「丹羽様が安心出来る様括り付けておきますゆえ、安心な去って下さい! なーはっはっ!」
「いやっ! そうじゃなくてっ!」
「何かあれば、縄を解くか切って脱出して下さい」
「ええええええ!!?」
「まぁ、大丈夫だと思いますがね」
「早馬からの報告を受けた限り、筏が転覆するような程の勢いはないでしょうからな」
「ま、待って! 俺の話を……ああ~~~~!!」
「木下殿に我等もすぐ合流しますとお伝え下さい~」
「宜しくお頼みしますぞ~」
にこやかに五郎を送り出した二人は五郎の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
五郎は姿が見えなくなるまでもがきながら叫ぶのであった。
「い、いや~~~~!!」
五郎が川下りを始めてから暫く経った頃、墨俣で斉藤軍と戦いながら築城を進めていた藤吉郎は上流から滞りなく流れてくる材木を手際よく組み立てさせていた。
既に簡易的な柵は前線に組み終わっている、後は敵が接近した時に弓隊を主体にして応戦するだけだ。
「後は、五郎さん達が合流すれば大分楽になるぜ……」
藤吉郎がそんな事を考えていると、藤吉郎に慌てて駆け寄ってきた兵が息を切らしながら告げた。
「藤吉郎様! た、大変です!」
「何があった!」
「そ、それが……!」
「それが……?」
「長良川の上流から長秀様が流れて来たのです!」
「………………ん?」
「何やら叫び声が聞こえたと思い、警戒していたのですが……物凄い勢いで上流から長秀様が……」
「そ、それでごろ……じゃない、長秀殿はどうした!?」
「な、何とか数人で引き上げたのですが……ふらふらと覚束無いご様子でしたので本陣にてお休みいただいています!」
「そうか……よかった」
「上流で何かあったのでしょうか……」
「筏や木材は何ともなかったのか?」
「は、はい……長秀様以外にも川並衆の者が数人居りましたが、どこも負傷している様子はなく」
「……川の流れはどうなっている?」
「変わりはありません」
「よし、ならばそちらにもう少し人数を回せ! 上流に居る正勝殿達が下ってくるかもしれない! 逃さず引き上げるんだ!」
「は、はっ!!」
藤吉郎は指示を出すと、何かあったらすぐ報告に来るように伝えて急いで本陣に戻る。
五郎の安否と藤吉郎の考えが正しいか確認する為にも話を聞いておかねばならないだろう。
それにしても、もしそのまま下流へと流されてしまったらどうするつもりだったのか……。
「信長様に知られたらどうなるか……」
いや、よく考えたら信長様なら『面白そうではないか! 俺もやるぞ!』と言いかねない。
「ま、まぁ……早く五郎さんの様子を見に行くか……」
とにかく本陣に戻って五郎の様子を確認しなければ、藤吉郎は急ぎ足で本陣へと向かったのであった。




