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第九十七章~出発の時迫る~

「いやぁ、信長様は確かに器の大きい御方でしたな」

「う、うん……ソウダネ」

「丹羽様、どうされました?」

「正勝殿、何度も言ってますけど……そろそろ堅苦しい呼び方は止めて下さいよ~……」

「しかし、私は今日から正式に木下藤吉郎殿の家臣、木下殿よりも目上である丹羽様を軽々しく呼ぶ訳には……」

「で、ですけど……」

「慣れて下さい」

「は、はあ……」


蜂須賀正勝は本日信長からの呼び出しを受けて登城し、木下藤吉郎の配下へ組み入れられたのであった。

その為、上司となった五郎や藤吉郎に丁寧な口調や態度で接するようになったのでなんともいえない気持ちになる。

藤吉郎は大して気にならないようだが、五郎はどう接していいものか考えさせられてしまう。

せめて、名前くらいは堅苦しくない呼び方にして貰いたいのだが……。


「この様子だと、無理だろうなぁ……」


初対面が初対面だっただけに、正勝とはもっとフランクに話せる関係になれると思っていたので残念である。

だが、これで諦めるつもりもない、少しずつ距離を詰めてから気軽に話せる間柄になるしかないだろう。

そんな事を考えながら正勝と城下町を歩いていた五郎だったが、妙に静かになっていた人物へと視線を向けたが……。


「あっ! どうりで静かな訳だ……長康殿は何処に……」

「に、丹羽様! ま、待って下され~!!」

「あっ……あんな所に……」

「ふぅ……ふぅ……某を置いて行くなんてあんまりです!」

「ご、ごめんごめん……考え事してたらさ……」


恰幅の良い体を揺らしながら前野長康は五郎の傍まで辿り着くとぜぇぜぇと息を荒げる。

この長康は藤吉郎の家臣らしい、あやふやなのは五郎が今日始めて知ったからである。

藤吉郎が活躍を認められ小者から家臣となったのは知っていたが、それから何度も藤吉郎と仕事をしていたが長康の様な男を見掛けなかったのだ。


「長康殿、そんな調子で墨俣まで行軍出来るんですか?」

「おおおお、お任せを!」

「うっ……凄い汗だ……」

「こう見えても某は木下殿の家臣です、戦となれば敵に遅れをとりませぬわ! なーはっはっはっ!」

「そ、そう……」


五郎は高笑いをする長康を見ながら『大丈夫なのかはそこじゃないんだけどなぁ』と思っていた。

確かに腕は立つと藤吉郎から聞いているが、この重たそうな身体で行軍し、更に戦闘するとなると体力が持つのだろうか。


「段々雲行きが怪しくなってきたな……」


藤吉郎は築城や陣頭指揮を行う為に墨俣の地で斉藤軍と交戦する部隊を指揮する事になっている。

そこで、五郎は藤吉郎から『五郎さんには正勝殿と長康殿を率いて長良川の上流へ進軍して下さい』とお願いされたのだ。

信長からもしっかりと補佐してやれと頼まれていた為に断れず、五郎は泣く泣く二人を預かる事にしたのだ。


「俺に指揮を執れって……まだ演習ですらまともに指揮を任された事がないのに……」


その呟きに反応したのは正勝であった、正勝は力強く五郎肩を掴むと告げる。


「丹羽様、細かい指示は長康殿や俺に任せれば良いのです」

「そ、それでいいのかなぁ……」

「丹羽様は斉藤軍と交戦した際に皆に戦うか逃げるか指示してくれるだけでも構いませんので」

「そうです! 我らにお任せくだされ!」

「う、うん」

「丹羽様はどっしりと、そして我等にあれやこれやと命じればいいのですよ、難しく考え過ぎてはいざという時に皆が混乱してしまいます」

「……それもそうだね」


確かに二人の言うとおりだ、どうせ自分の仕事は川並衆を率いて資材を流すだけの役目だ。

斉藤軍に見つかる可能性が無い……とは言えないが、藤吉郎の下へ資材を流せば後は退却するだけである。

地理的な知識も二人の方が詳しい、何か問題があればすぐに報告してくれるだろう。


「それにしても、藤吉郎は大丈夫なのかな……」

「大丈夫ですよ~、木下殿からお聞きしたのですが……信長様の命であの柴田殿が陽動を任されたとか」

「えっ!? 勝家さんが!?」

「おや、丹羽様は知らなかったのですか?」

「……う、うん」

「正勝殿はともかく、丹羽様程の御方なら既にご存知だと思っていたのですが」

「の、信長様……絶対俺に言うの忘れてるな……」


五郎は他には自分が知らない情報が無いか長康から話を聞く。

何とか長康の持つ情報と自分が持つ情報を確認すると、大きく息を吐く。

どうやら勝家が陽動を任された事以外は自分も知る情報ばかりのようだ。


「くっそ~……後で絶対ちくちく言ってやる……」


五郎が密かに信長に意地悪する算段をつけていると、いつの間にか自分の屋敷まで到着していたようだ。

屋敷の正門をくぐって二人を連れて自室へと向かう。

その途中で五郎は誰かに呼びかけられた気がして振り向くと、そこには利家が五郎の名を呼びながら近寄ってきていた。


「利家じゃないか、どうしたの?」

「五郎が猿……じゃなかった、藤吉郎と墨俣に向かうって聞いたから発破かけにきたんだよ!」

「あ~……ありがとう?」

「俺達の仲じゃねぇか!」


五郎が『これは暫く相手しないと暴れるな』と思って利家の迫力に気圧されている二人を家人に任せる。

二人の姿を見送ると、五郎は利家を連れて縁側へ座る。


「それで、利家は俺を応援する為だけに来たの?」

「も、勿論だ!」

「本当にぃ~? 利家がこうやって来る時に限って何か企んでる気がするんだけどなぁ?」

「そ、そんな事をするわけねぇだろ!」

「それに、利家は信長様からいつでも出れるよう大人しく待機しておけと命じられてなかった?」

「…………」

「…………」


五郎は利家が静かになったのでのんびりと空を眺める。

暫く黙り込んでいた利家だったが、五郎の肩をがしっと掴んで周囲を見渡すと耳打ちしてきた。


「五郎、なんちゃら衆って奴らは信用出来るのか?」

「川並衆だよ、川並衆」

「そうその川並衆だ、聞いた話だと信秀様に所領を追われたんだろ? 大丈夫なのか?」

「あぁ……そういう事ね」

「藤吉郎には悪いが、もし裏切られたら五郎じゃ太刀打ち出来ないだろ」

「……否定出来ないのが悔しい」

「そこでだ、俺が五郎の護衛に……」

「却下」

「まだ途中だろ!」

「そうやって命令違反ばっかりするから、信長様の怒りに触れるんでしょ!」

「五郎の命を守る為だ、信長様も許してくれるって!」

「いーや、絶対利家は暴れたいだけでしょ」

「……そ、そんな事はないぜ」

「もし敵を見つけても、此方に気づかなければやり過ごす事になるんだよ? 我慢出来るの?」

「そんなの……どうせ斥候だろ? パパーッと倒せばいいじゃねぇか」

「いやいやいや! それだと不審に思われるでしょ!」


どうやら五郎の思ったとおり、利家は五郎について来て暴れる機会を得ようと考えていたようだ。

目立ったら作戦に支障をきたす、利家を連れて行けば目立つに決まっている。

それに、もし信長に利家の行動がばれたらどうなるやら……きっと逆鱗に触れる事になるだろう。


「また出奔する気? 今度は勝家さん達が取り成せるか分からないんだよ?」

「うっ……」

「折角信長様に許されて戻ったのに、今度は首を刎ねられるよ……」

「……そ、そこまで怒られると思うか?」

「だって、勝家さんが陽動に出るし……藤吉郎、俺や川並衆も清洲から離れるんだよ? 守りが手薄になったら困るじゃないか」

「だけどさぁ~……最近は留守を任されてばっかりで暇なんだよ……」

「い、いや……喜ばしい事じゃないか」

「功を上げれるわけじゃないし……」

「墨俣に出城が完成すれば、美濃を本格的に攻める事になるじゃないか、その時は利家の出番じゃない?」

「……はぁ」

「って、俺もあんまりのんびりしてられないんだった! 利家、心配してくれてありがとう! ちゃんと留守を頼むよ!」


五郎に諌められて気落ちしている利家が覇気の無い声で『おう』と答えた。

五郎は慌てて二人が待っている部屋に向かうと、今後の予定について話し合うのであった。

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