第九十六章~苦労人~
藤吉郎が説得を続けて数十分、流石に疲労の色が見える藤吉郎が額の汗を拭っていると五郎が口を挟む。
「正勝殿、そろそろ良いんじゃないですか?」
「む……」
「え?」
「藤吉郎の話を聞いて十分お分かりになったでしょう?」
「そうだな」
「五郎さん?」
「川並衆の事は俺が信長様に口利きしておきます、悪いようにはしませんよ」
「丹羽殿のその言葉、信じてもいいのか?」
「信じてくれないと俺が困ります」
「ははは、分かった。俺達の力お貸ししましょう」
「宜しくお願いします」
藤吉郎が呆気にとられてる間に五郎は正勝から協力を取り付ける。
五郎は正勝が藤吉郎がどれ程本気なのかを探っているように見えたので何も言わずに見ていたのだ。
正勝は五郎に改めて礼をすると、席を立って奥から何かを持ってきた。
「丹羽殿、酒は飲めますかな?」
「ええ、それなりには」
「藤吉郎、詳しい話は後にして酒でも飲むぞ」
「は、はい……」
「協力すると言った以上、暫くやる事が多くなるだろう、今日はとことこ酒を飲んでくれ!」
「おー!」
「お、おー!」
正勝が美味そうに酒を飲み始めると、五郎もちびちびと酒を飲む。
出遅れた藤吉郎も酌をしながら酒を飲みだした。
やがていい感じに酔いが回り始めると、正勝と五郎は他愛無い話に花を咲かせる。
「そうですか……正勝殿も苦労なさっているんですねぇ」
「丹羽殿も苦労しておられるようだ、信長殿はそんなに恐ろしい御方なのか?」
「そりゃもう……怒らせたら何をするかわからない御方ですよ」
「ほー、良くそんなお方に仕える気になったものです、丹羽殿は荒事など向いていない様に見えますがね」
「あ、あはは」
望んで仕える事になった訳ではない、五郎は下手なことを言えずに愛想笑いで誤魔化す。
あんまり調子に乗っていると、後で本人に知られた時が恐ろしい。
しかし、正勝は思った以上にサバサバとした人物のようだ。
それに割り切りも良い、この様子ならば余計な心配をせずに済むだろう。
後は……自分が信長に上手い事話をつけるだけだ。
「俺は荒事より、細々としたお役目を頂いてますから」
「でしょうな」
「まぁ、今回の様に皆の補佐をしたりも命じられますが」
「それで、丹羽殿は藤吉郎の策についてどう思っているので?」
「いやぁ……俺は墨俣についてもあまり知らないのです、正直想像し難くて」
「なるほど、そうですなぁ……もし墨俣に流れている長良川の上流から材木を流すとしても、築城にはどうしても時間が掛かります」
「ええ、その通りです」
「ならば斉藤軍を引きつける役目……陽動部隊が必要でしょうな」
「囮って事ですか?」
「……(こくり)」
「囮……か……」
「藤吉郎にはああ言ったが、今回の策には陽動が必要不可欠になると思う」
「そこまでの人員を用意出来るのかなぁ……それに囮をするとなれば生半可な兵では……」
「いざとなれば、俺達も陽動に出ましょう」
「え!?」
「協力する以上は成功する可能性を上げる為に出来る事をやる」
「ですけど……」
五郎が難しい顔になると、正勝は笑いながら肩を叩く。
「俺達のことより丹羽殿は藤吉郎の策が成功するように頼みますよ」
「それは勿論そのつもりですが」
「まぁ念の為に準備するだけの事、心配なされるな」
「は、はい……」
「ところで……藤吉郎……いや、藤吉郎殿」
姿勢を改めた正勝は藤吉郎の呼び方を改める。
藤吉郎の配下に属する事になるだろうと分かっているのだ、今の内から慣れるように考えての事だろう。
「ま、正勝殿……」
「藤吉郎殿、墨俣の地へ築城に掛ける日数はどう考えている?」
「その事ですか……」
「あれ? 三日、四日位じゃないの?」
本当は『一日位あれば出来るんじゃ?』と言いたかった五郎。
墨俣の一夜城のイメージで口を滑らせようとしたが、思いとどまって多めに言ってみる。
しかし、返ってきた返事は全く違っていた。
「五郎さん、そんな早く出来る訳ないでしょ」
「!?」
「せめて10日は掛かるでしょう、斉藤軍が気づく前に柵を張り巡らせる事が出来れば後はなんとでも出来ます」
「け、結構掛かるんだね……」
「ふむ、10日か……」
「斉藤軍の弓を無効化出来ればそう簡単にやられませんよ」
「つまり、長良川から下ろした材木で斉藤軍からの防壁を作るのか」
「そうです」
「それなら、ある程度組み立てた材木を筏で流す事にすれば良いのではないか?」
三人でどうやって城の完成まで斉藤軍を抑えるか意見を交わす。
所謂バリケードを作って築城の邪魔をさせないようにする作戦である。
その為には手早く組み立てる為の事前準備が必要になるだろうと正勝が意見したのだ。
藤吉郎はその提案を採用すると、清洲に戻ってから手配すると答えた。
「それにしても、正勝殿は色々と詳しいんですね」
「その分いらぬ苦労をしましたがね」
「こうして活用出来るなら良いではありませんか」
「それはそうですな」
「俺なんて……」
酒のお陰で話があっちこっちに飛ぶ二人、今度は五郎が愚痴を話し始める。
藤吉郎は一人冷静に今後の予定を考えるのに集中している。
ストッパーが居ない二人はどんどん酒を飲むとお互いの愚痴を言い合いながら盛り上がる。
「全く、信長様は悪戯好きで……」
「わっはっはっ! 丹羽殿はついてませんな!」
「笑い事じゃないんですよ! 今回の一件もいきなり命じられたんですから……」
「それだけ目を掛けてもらっている証拠ではありませんか」
「そうなのかなぁ……」
「それにしても、あの柴田殿が失敗したお役目。是非とも成功させたいものですな」
「成功しないと信長様が暴走しそうだからねぇ……」
「しかし、丹羽殿のお話は面白い」
「俺は面白くないんですけどね、ええ……」
五郎が溜息をついて疲れた表情で呟くと、正勝は苦笑する。
正勝は五郎の愚痴を聞きながら、五郎がどういう人物なのか少しずつ理解していた。
こうして愚痴を言いながらも主君を案じているのだ、こんな頼りない姿ではあるが中々の忠誠心である。
そして臆面もなく言いたい事を言える度胸も大したものだ。
「藤吉郎殿は良い縁に恵まれているようだ」
「縁かぁ……」
「故あって藤吉郎殿を召抱えた事はあるが、それも縁があっての事」
「あぁ……だから正勝殿と藤吉郎は顔見知りだったのですね」
「しかし、そんな藤吉郎殿がまさか織田信長殿に仕えているとはな」
「そんなに驚く事なんですか?」
「驚くも何も、低い身分の男を家臣として仕えさせるなんて中々……」
「へ、へぇ……」
ある意味五郎も身分が低いので正勝の言葉がいまいちしっくりこない。
五郎が頭を捻っていると、突然会話に混ざってきた藤吉郎が口を挟んだ。
「信長様は身分に拘らず力のある者を召抱える事ができる器をお持ちです」
「器か……」
「正勝殿も一度お会いになったら分かりますよ」
「ふむ……ならばその為にもしっかり仕事をせねばなるまい」
「ええ、お願いしますよ」
「まぁ、正直な話……信長様なら正勝殿を見ても平気で召抱えてくれそうですけどね」
「……そんな気もしますね」
五郎の言葉に少し間を開けて同意した藤吉郎だった。
藤吉郎が会話に加わった事で話は主君・信長の話題が多くなる。
藤吉郎はどうやって信長に仕える事が出来たかを語り、五郎は信長の噂話との落差を語る。
そんな二人に酌をしながら相手をする正勝は、これから面白くなりそうだと思いながら相槌を打つのであった。
結局三人は夜まで飲み続け、五郎が気づいた時には朝だった。
やばいと思った五郎は慌てて村を後にして清洲へと戻ったが、丹羽家屋敷の正門で立って殺気を放っている揚羽に無断外泊の釈明をする事になるのであった。




