第九十五章~蜂須賀正勝との出会い~
五郎が藤吉郎から面倒事を頼まれてテンションを下げていると、目の前にある家から男が出てきた。
その男は眠そうに欠伸をすると、身体を伸ばしてから此方に視線を向けた。
見慣れない男二人が居る事に気づいた男は訝しげな視線をぶつけてくる。
「見られてる、どうしよう……」
「んん……あの人は……」
「?」
藤吉郎が目を細めて男の顔をジッと見る、傍目からは睨み合っている様な形になった二人だったが。
先に動いたのは男であった、男は二人に近づいて来たかと思うと藤吉郎の前で立ち止まる。
それから藤吉郎の肩をがっしりと掴むと、口を開いた。
「藤吉郎ではないか、元気にしてたか!」
「は、はい! 正勝殿もお元気そうで……」
「蜂須賀は追われたが、こうして元気にしているぞ! わっはっはっ!」
嬉しそうに笑って藤吉郎の肩を叩く男に呆然とする五郎だった。
だが藤吉郎が『正勝』と呼んだ事に気づいて驚いてしまう。
つまり目の前で笑っている男が目的の人物・蜂須賀正勝という事になる。
「え、えっと……藤吉郎~……」
「おっと、五郎さん済みません」
「ん? 何だこの男は?」
「正勝殿、この方は丹羽長秀様です」
「…………(じろじろ)」
「に、丹羽長秀と申します」
「……藤吉郎」
「何でしょうか?」
「面白い冗談ではないか、このひょろっちい男が丹羽長秀殿とはな」
「うっ……!」
「ご、ごろ……じゃない、長秀様お気を確かに!」
「も、もうやだ……お家帰る……」
「ま、まぁまぁ……」
「藤吉郎、実の所、この男は何者なのだ?」
「だから、丹羽長秀様なんです」
「…………わっはっはっ!」
「帰る! 帰るから!」
「五郎さん! お願いします、耐えてください!」
全く武士に見えない五郎を見て正勝は大笑いしている。
既にこの世界に来てからそれなりの年月を経ているのに、未だに初対面の人間に自分の正体を信じてもらえないのだ。
顔見知りの者達は『そこが丹羽様の良い所です』と言ってくれるが、果たして褒められているのか怪しくなってきた。
藤吉郎が五郎を必死に引き止めながら、正勝にお話がありますと言うと二人は正勝の家へと招きいれられた。
「まぁ狭い家だけど、座ってくれ」
「失礼します」
「……失礼します」
「さて……藤吉郎、一体こんな村に何用だ」
「実は……正勝殿にお話がありまして」
「話だと?」
「はい、実は……今、私は織田信長様に仕えているのですが」
「……なるほどな」
「正勝殿ならば既に耳にされているかもしれませんが……」
「織田の軍勢が墨俣で敗走したという噂は本当だったか」
「はい」
「ん? それじゃそっちの男も織田に?」
「だから何度も名乗っているじゃありませんか」
「……本気で言っているのか?」
「正勝殿、確かに長秀殿は戦ですぐに逃げ出しそうな男に見えますが、あの信長様を前にして動じない程のお方です」
「……うぅむ」
「信じなくてもいいですよ、もう」
とうとう拗ね始めた五郎に藤吉郎が脂汗を流すと正勝は大きく息を吐いて頭を下げた。
「度重なる無礼、申し訳ない。俺は蜂須賀正勝と申す、丹羽長秀殿……どうかお許し頂きたい」
「い、いえ! これはご丁寧に!」
正勝からの謝罪と名乗りを受けて五郎も同じ様に頭を下げる。
お互いに顔を上げると、正勝が差し出した手をがっちりと握った。
「しかし、若い衆の話によれば織田の殿様は墨俣の地に出城を築くと聞いていたが……」
「ええ、しかし斉藤軍の邪魔が入り中々思うように行かないのです」
「斉藤も墨俣に出城を築かれる事を恐れて必死なのだろう」
「だが、此方もここで手間取るわけにはいかないのです」
「それで? 噂に聞く丹羽殿と藤吉郎が二人揃って俺に頼みとはなんだ?」
「是非、川並衆のご助力を」
「手伝えと?」
「はい」
「藤吉郎、わざわざ俺を訪ねてきて悪いが……力を貸す気にはなれん」
「そ、そんな!」
「そもそも、お前は知っているだろう? 俺の父は織田の殿様……信長殿の父上によって所領から蹴飛ばされたのだぞ?」
「……」
「それに信長殿は情け容赦の無い御方と聞く、俺達川並衆を囮にでも使うのではないか?」
「そんな事はっ!」
「考えてもみろ、信長殿から見たらいつ謀反を起こすか分からぬ存在だ。俺達は特に織田家に恭順を示しているわけでもないしな」
「それは……」
「俺達の力なんぞなくても、人手なんぞ集まるだろ? 大人しく帰ったらどうだ」
「…………」
正勝に素っ気無く断られて藤吉郎は黙り込んでしまった。
五郎はそんな二人の話を聞きながら考えていたが、重苦しい雰囲気になった事に気づいて冷や汗を流す。
(これは……説得失敗の雰囲気?)
藤吉郎が眉間に皺を寄せながら思案顔になっているので、五郎は頭を掻きながら口を開いた。
「あの~……」
「ん? 丹羽殿、どうかなされたかな?」
「正勝殿は信長様……というより、お父上の信秀様を恨んでいるんですか?」
「ご、五郎さん!?」
「まぁまぁ、藤吉郎は静かにしててよ」
五郎の質問に面食らったのか、正勝はキョトンとした表情で五郎の顔を見た。
それから暫く含み笑いをすると口を開いた。
「本人を前にして、良くそこまで堂々と尋ねられるものだ」
「正勝殿のお話を聞いていると、恨んでいるようには思えませんし」
「ふむ……」
「それに、正勝殿は織田家に従ってはいませんが、歯向かってもいませんよね」
「…………」
「もし恨みがあるのならば、今川軍の侵攻に乗じて動いた筈でしょう?」
「…………なるほど、丹羽殿は見た目と違って頭が回るようだ」
「ひ、酷い……」
「藤吉郎、お前も面白い男に出会ったな」
「はい」
「喜んで……いいの……?」
五郎は褒められているのか怪しい言葉にもやもやしていると。
正勝は軽く咳をしてから口を開いた。
「確かに、俺は別に信長殿や信秀殿を恨んじゃいませんよ、ただがあちらさんがどう思っているか分からない、俺も一応川並衆の頭だ、皆の命を預かる以上簡単には決めれない」
「大丈夫ですよ、信長様は器の大きい御方ですから」
「……ふむ」
「『俺の様な』男や、藤吉郎の様に優秀な男を躊躇無く家臣にする御方ですから」
「確かに、丹羽殿は全く武士には見えんな」
「そ、そこは言わなくていいんです!」
「ははは! すまない!」
「それに、功に見合った褒賞も出ます」
「ほう」
「正勝殿も今のままではいずれ苦しくなると分かっておられるのでは?」
「うむ、確かにこのまま戦での稼ぎが減っていけば路頭に迷う事になるかもしれんな」
「なら、必要とされる内に力を貸せばそれだけ信長様の心証も良くなると思います」
「必要ねぇ……そもそも、何故俺達の力が必要なんだ?」
正勝の質問に答えたのは藤吉郎であった、五郎は詳しく説明するのは無理なので大人しく聞き手に回る。
「実は、長良川を利用して墨俣に築城しようと思っているのです」
「長良川を使う……?」
「はい、正勝殿は川並衆を率いて水運を行っていると聞いております」
「そうだな」
「その知識とお力を借りたいのです」
「なるほどな、確かに全く知らぬ者よりは俺達の方が動けるだろう」
「出来る限り迅速に城を築くには手馴れた者が必要なのです」
「だが、そんな奇策が上手くいくのか?」
「成功させます、そうじゃなければこうして正勝殿に頭を下げる必要がありませんから」
「……藤吉郎も言うようになったな」
「ええ、主君を見習って日々鍛錬をしてますから」
五郎が『そこはあんまり真似しない方が……』と小さく呟いたが、二人の耳には入らなかったようだ。
何とか藤吉郎は正勝にその気になって貰おうと熱弁をふるう。
正勝はそんな藤吉郎をジッと見たまま話を聞いていた。
五郎は水を差すわけにもいかないので手持ち無沙汰になりながらその光景を見守るのであった。




