第九十四章~下準備~
「藤吉郎、何処に行くの?」
「俺の策を成功させる為に必要な人物に会いに行きます」
「へぇ……誰なの?」
「木曽川沿いに独立した勢力を持ち、地理的な知識にも詳しい人物です」
「独立勢力……」
「今回の策にはどうしても蜂須賀正勝殿が率いる川並衆と呼ばれる者達の力が必要なんです」
「なるほど……だからこの数日、人員について全く触れなかったのか」
「はい、先ずは彼等を組み入れてからじゃないと話になりません」
「それで……宮後村にその正勝殿が居るの?」
「ええ、ですから五郎さんにも一緒に来て欲しいのですが……」
「行く! 行く行く!!」
「……あ、ありがとうございます」
テンションを急上昇させた五郎に若干引きながら藤吉郎はお礼を言った。
そんな藤吉郎に気づかない五郎は急いで身なりを整えると揚羽に出かける旨を告げに去っていく。
五郎が駆け足で離れていく姿を見送ると、藤吉郎は信長に申請した金が懐にある事を確認して溜息をつく。
「どうやって蜂須賀殿を説得するか……信長様にお願いして工面して頂いたが、なるべく使わずに済ませたいぜ」
その為に五郎を誘ってはみたが、果たして上手く行くかは謎である。
五郎と一緒に居ると面倒事に巻き込まれる事は多い、だが彼は妙な縁に恵まれているのだ、それに不思議と人に好かれるのである。
何より彼は身分で人を差別する事が無い、自分の様な身分の男に会う度に声を掛けてくれるのは彼位なのだ。
「五郎さんなら蜂須賀殿の説得も出来るかもしれない」
墨俣に城を築く為の下準備として重要な一歩である。
長良川を利用したらどうかと思いついたのも、木曽川で水運で財を成し独立するまでの勢力を築いた川並衆の事を知っていたからなのだ。
藤吉郎はぼーっと考えながら五郎を待つのであった。
一路宮後村へ向かった二人、雑談を交わしながら村に着いた二人は早速村を散策していた。
五郎が長閑な風景に目を細めながら満喫していると、藤吉郎が蜂須賀正勝についての情報を教えてくれる。
「なるほどねぇ、確かに知識が無いと怖いね」
「ええ、その為にも是非蜂須賀殿率いる川並衆が必要なんですよ」
「ふむ……」
「ただ、蜂須賀殿は元々美濃国に隣接する土地を持っていたんですが……」
「そうなんだ?」
「はい、ただ……」
「ただ?」
「蜂須賀正利殿がそれまで仕えていた斯波氏の衰退に危惧し、美濃の斉藤家に従っていた事があり、所領であった蜂須賀郷を信長様の父上である信秀様に追われてしまったのです」
「うぇっ!?」
「果たして簡単に話を聞いてくれるのかどうか……」
「それは……ねぇ、いきなり斬りかかられたりはしないよね?」
「恐らく大丈夫でしょう、いくら独立した勢力を持っていたとして、今の信長様に喧嘩を売るほど御方ではありませんよ。多分」
「多分!? ねぇ、多分って言ったよね? 今」
「……いえ」
「あっ! 目を逸らした!!」
「大丈夫ですって、何かあったら俺が守りますから」
「本当? 頼むよ!?」
五郎が必死に確認すると、藤吉郎は『分かりましたから、落ち着いて下さい』と宥める。
最近寿命が縮むような目に遭う事が増えているのだ、まして自分と藤吉郎は織田家の家臣である。
自分の所領から追い出した父を持つ信長の配下になってなどくれるのだろうか。
それに恨みを持っている可能性もある、後は血の気が多い人物で無い事を祈るばかりだ。
「はぁ、最近こんなのばっかりだ……」
「五郎さん?」
「いや……なんでもないよ」
気が進まないが、何とか穏やかに話をつけたいものである。
川並衆を率いているという事は、恐らく頭領としての信望もあるのだろう。
そんな人物が、我を忘れて斬りかかってくる訳が……。
「ない、絶対にない。そんな人は信長様だけで十分だ」
「五郎さん……信長様に知られたらどうするんですか……」
「藤吉郎が黙ってくれればいいんだよ! 内密にしてよ? ね?」
「そんな事言えませんよ、俺まで巻き込まれそうじゃないですか」
「た、確かに……」
二人はなんやかんやと話しながら村を一周してしまった。
ちらほらと畑仕事に精を出す村人の姿はあったが、その殆どが壮年の男達であった。
五郎のイメージでは村の様子から年配のご老人達がほのぼのと畑仕事をして暮らしている感じだったが、全くの逆である。
「あんまりご老人を見ないね」
「ええ」
「でも、働き盛りに見える人達が畑仕事をしてる以外は普通の村だね」
「そこまで大きな村じゃないですからね、ただ思った以上に人が住んでいる気がしますね」
「うん、大体どこの村でも若者達は出稼ぎや仕官の為に出払って、村にはご老人達が残っている所が多かったんだけど……」
「恐らく、戦へ加勢する時以外は水運や農耕で食っているのでしょう」
「あ~……なるほど」
「今は目立った戦も起きてません、それこそ国境に行けば別ですが」
「ふむ……」
藤吉郎の話を聞いて五郎は考え込む、上手く説得できれば意外とすんなり仲間に出来そうな気がするのだ。
水運業がどれ程の利益を生み出すか分からないが、主な収入源は戦での稼ぎだと予想できる。
これだけの若い労働力を持ちながら勢力を維持するには水運業と農業だけでは無理があるのではないだろうか。
「問題は、蜂須賀殿が話の分かる人かどうがだが……」
ここ数ヶ月の間に尾張国内の紛争は少なくなっている、信長が松平との同盟や浅井との同盟を経て国内の鎮圧に力を入れた為である。
もしその影響を受けているとすれば、藤吉郎の話に食いつくかもしれない。
「藤吉郎、信長様は蜂須賀殿の事は知っているの?」
「勿論ですよ」
「よく許しか出たねぇ……」
「…………」
「……藤吉郎? どうしたの?」
「五郎さん、蜂須賀殿を説得出来た時にお願いがあります」
「……えぇ~」
「五郎さんにしか出来ない事なんです」
藤吉郎の雰囲気から五郎は嫌な予感がすると、眉根を寄せて耳を塞ぐ。
自分にしか出来ない事と言われると面倒事しか浮かばないのである。
やれ子守やら、やれお使いやら、挙句の果てにはご機嫌取りまで多種多様だ。
きっと、藤吉郎のお願いも碌な事じゃない気がしてならないのである。
「五郎さん! そこまで嫌がらなくてもいいじゃありませんか!」
「嫌だ! きっと面倒な事になる!」
「諦めてくださいよ! 五郎さんはそういう運命を背負っているんですよ!」
「認めたくない! きっと偶然に偶然が重なって……」
「お願いしますよ~」
「うぅ……」
藤吉郎があまりに必死に頼み込むので五郎は悪い事をしている気がしてきた。
基本的に人に頼られると断るのが苦手な性格である、自分より年若い青年が必死になっている姿を見せられて心が揺らぐ。
「五郎さん……」
「分かった! 分かったよ! やるよ!!」
「五郎さん……! じゃ、信長様の説得をお願いしますね!!」
「ぶーーーーーー!!」
「うわっ!」
藤吉郎の言葉に噴き出した五郎は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
嫌な予感は予感でも、下手にご機嫌を損ねると命の危険を伴うお願いである。
信長は見ての通り自分に刃向う者には容赦が無い、特に父の代から因縁があるらしい蜂須賀殿を配下にしたいと言ったらどんな反応をするのか予想が出来ない。
「先に信長様を説得しておこうよ!」
「却下されたら困るじゃないですか……」
「でも……」
「どうしても蜂須賀殿の協力が必要なのです、その為にすぐこの村に来たんですから」
「あぁ……胃が痛くなってきた……」
「五郎さんなら信長様も意見を聞き入れてくれると思うんです、お願いします!」
「……ハイ」
藤吉郎に押し切られ、信長への報告と説得を頼まれた五郎は青空を仰ぎ見て目を細めた。
空はこんなに青いのに、五郎の心は曇り過ぎて大雨になりそうだった。




