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第九十三章~木下藤吉郎、大役を授かる~

重苦しい雰囲気の中、清洲城で開かれた評定だったが進展がない状況であった。

信長は静かに扇子を額に当てて考え込んでいるし、議論を交わす筈の家臣一同も口を閉じたままである。

五郎は雰囲気に耐え切れず、視線を落ち着き無く彷徨わせる。

勝家は評定が始まってから何も言わずにジッと座ったままだし、いつも飄々としている可成も皆の様子を見ながら眠そうな顔を浮かべているだけである。


「……このままだとこっちの精神が持たないよ」


五郎がぼそりと漏らすと勝家から肘で小突かれて口を噤んだ。

しかし、これだけの家臣が集まっても行き詰まっている会議は初めてである。

これまでも意見が分かれたり、決定打が無くて中々進展が無い事はあったが……ここまで皆が黙り込んでいる事はなかった。

てっきり、我こそがと役目を受ける者がいるかと思っていたのだが。

(やっぱり、勝家さんが失敗した影響は大きいんだろうな……)

しかも勝家だけではなく、信盛も関わっていて失敗したのである。

織田家の重臣二人を擁しながらの結果に皆もそう簡単に声を上げれないのだろう。


「はぁ……」


五郎が溜息をついて視線を落とした時、突然叫び声を上げた人物がいた。


「あぁ、我慢できねぇ!」

「おいっ! 利家!」

「止めるなよっ! いつまでも黙って見合っても意味が無いだろうが!」


制止する成政を振り切って声を上げたのは利家だった、利家は立ち上がって信長に向かって言い放つ。


「信長様! その役目、俺にお任せ下さい!」


その言葉に皆がざわめく、成政が頭に手を当ててやりやがったと言いたげな表情に変わる。

信長はじろりと利家の顔を見ると、騒がしくなった場を静めるために口を開いた。


「静かにしろ」


信長の一言でピタッと静まり返った広間、続けて信長は利家に告げた。


「利家、貴様は駄目だ」

「!?」

「名乗り出たその心意気は見事だがな」

「ど、どうしてですか!」

「言わずとも分かるだろう?」

「……うっ」


信長の言葉に利家は悔しそうに顔を歪ませると、ドカッと腰を下ろした。

確かに利家ならば斉藤軍に遅れを取らぬだろう、だが斉藤軍に勝つだけでは駄目なのだ。

相手からの援軍が来れば来るほどジリジリと戦力を削られる、その状態で墨俣に城を構えなければいけないのである。

一度、戦になれば利家は勇猛果敢に敵陣へと走り暴れるだろう、だがその間は築城どころではなくなる。

特に大将自ら先陣を切るようなタイプは今回の任務を与えにくいと信長は考えているのである。


「他の者はどうだ?」

「「「…………」」」

「やれやれ、誰もおらんのか」


信長は大きく溜息をつく、折角これだけの家臣を集めたというのに……。


「どうしたものか……ん?」


信長は下座からジッと此方を見ている藤吉郎に気づく、その顔を見た信長は口を開いた。


「藤吉郎、貴様はどうだ」

「は、はっ!」

「他の者に遠慮せず、話してみろ」

「……も、もしお任せ頂けるなら一つだけ妙案があります」

「ほう?」

「墨俣には長良川があります、その川を利用して敵が動く前に城を築ければと……」

「……川を利用するだと?」

「はい、兵を使って材木を運ぶのではなく上流から下流へと予め用意した材木を流すのです」


藤吉郎の策を聞いた信長は感嘆したが、そこで口を挟んだ者達がいた。


「何を馬鹿な事を! そんな悠長な事をしていたら斉藤軍に勘付かれるに決まっているではないか!」

「そうだ! それに上流まで運ぶ人員がどれ程必要になるか……」

「うむ、大体……木下殿は奉公人上がりの分際でどうしてこの場に……」


藤吉郎の事を好き勝手に話し始めた者達に苛立ちを覚えた五郎は思わず立ち上がろうとしたが、勝家に肩を押さえられて動けない。


「か、勝家さん! 手をどけて下さい!」

「落ち着け」

「あんな好き勝手を見て落ち着けって言うんですか!?」

「いいから、首が飛ぶぞ」

「へ?」


勝家が五郎に告げた瞬間にドスっと音がした、五郎が音がした方へ顔を向けると、青ざめた表情で固まっている家臣とその後ろに刺さっている短刀が鈍い光を放っていた。


「げっ……」


思わず声を上げると、信長が殺気を放ちながら口を開く。


「貴様、先程まで様子を窺いながら縮こまっていながら……藤吉郎には良く吠えるではないか、んん?」

「も、申し訳ありません! お許しを!」

「良く聞け! 何処で生まれようが身分が何であろうが、優秀であり俺に忠誠を誓う限り侮辱は許さんぞ! 分かったな!」

「「「は、はは~」」」


不機嫌な顔になった信長は腰を下ろすと、藤吉郎に向けて告げた。


「藤吉郎!」

「は、はい!」

「この役目、お前に任せる」

「よ、喜んで受けさせていただきます!」

「何か必要な物があれば俺に直接言え、用意してやる」

「はい!」


藤吉郎は深く頭を下げる、その姿を見た信長はうんうんと頷いた。

五郎は他の家臣達をこっそり窺ってみると、信長の怒りに触れたくないのか俯きがちに視線を落としていた。

その中で利家は藤吉郎に五郎が教えたグッドサインをしていた、こんな雰囲気の中であんな事が出来る胆力は流石である。


「今日はここまでにする、散れ」


信長の一言で足早に広間から出て行く家臣達、この空気から早く逃げ出したい気持ちは五郎も分かるので皆と同じように退室しようとしたが。


「おい、五郎」


信長の声にピタリと条件反射で身体が固まる。

もはや慣れてきた展開に五郎は諦めの境地で顔を信長に向けた。

そこには未だ険しい顔をした主君が扇子を持つ手で自分を招いていた。


「お前は残れ」

「やっぱりっ!!」

「藤吉郎! 勝家!」


信長は三人を呼ぶと人気が無くなった頃合を見て口を開いた。


「猿、今日はお前を呼んだ甲斐があったぞ……よくやった」

「は、はい!」

「うんうん、よくあんな空気の中で意見を出したよね」

「馬鹿者が! お前も暢気に見てないで少しは意見を出さんか!」

「えぇ……だって……」

「信長様、それより我らに何か用があられたのでは?」

「そうだったな……」


勝家の言葉に一つ咳をした信長は三人を見てから言った。


「藤吉郎、一部の家臣は快く思わないだろうが……俺はお前の才を認めている」

「……信長様」

「だが、今回は勝家も手を焼いた斉藤軍を相手に城を築かねばならん、しかしお前の知行では限界があろう」

「はい……」

「そこで必要な金は俺が出す、人員や必要な道具を集め絶対に成功させよ」

「は、はっ!」

「五郎、そこでお前にも役目をやろう」

「嫌ですっ!」

「お前には藤吉郎の補佐をしてもらう」

「無視するなんて酷い!」

「藤吉郎もお前なら気兼ねなく頼る事が出来るだろう」

「……はい、分かりました」


有無を言わせず五郎に藤吉郎の補佐を任せると、信長は勝家に告げた。


「勝家、お前は藤吉郎と五郎が困った時に動けるよう準備をしておけ」

「お任せを」

「まだ傷も治りきっていないだろうが、頼んだぞ」

「はっ」

「よし、では散れ!」

「「「はっ」」」


信長から解散を告げられた三人は広間から去って行った。

その姿が見えなくなると、信長は大きな溜息をついた。


「藤吉郎の策に期待するしかあるまい」


自分も奇策を用いて今川義元を討ったのだ、正攻法で失敗したのならば並みの策では同じ轍を踏むことになるだろう。

藤吉郎一人では難しいかもしれないが、五郎がいればなんとかなるだろう。

特に理由はないが、五郎なら大丈夫だろうと思ってしまう雰囲気を持っている。


「後は、斉藤の動き次第か……」


そう呟いた信長は外を眺めて暫くぼんやりとするのであった。

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