第九十二章~胃痛と会議~
「ああああ! どうしてこうなった!」
「五郎殿! もう少し静かになさって下さい!」
「は、はい……すみません……」
「全く、城から戻って来たかと思えば落ち着きも無く……」
「すみません」
「大体、信長様から与えられた大事なお役目なのでしょう?」
「はい……」
「とても名誉な事ではありませんか、何時までも喚いていないでしっかりして下さい」
「はい」
「少しは落ち着いてきたかと思えば、こうやって子供の様に騒ぐのですから……もっと五郎殿には普段から……」
五郎は揚羽の説教が長引きそうな雰囲気を感じてしまったと顔を歪めた。
こうなると自分は大人しく説教を聞くことしか出来ない、下手に逆らうと屋敷に居られなくなる可能性がある。
ここは少しでも早く終わることを祈ってじっと耐えるしかあるまい。
「うぅ……今日は不幸な日だ……」
今日は登城して墨俣に出城を構える重要な評定に顔を出したのだが、そこでも不運な目にあったのだ。
きっと神様は自分に面倒事を押し付ける事が大好きらしい。
五郎は大きな溜息をついて肩を落として揚羽から懇々と説教を受けるのであった。
それは今朝の事、五郎は信長から登城を命じられていた為に清洲城に来ていた。
勝家が帰還してから数日、今日は重臣と一部の家臣を集めて会議を行う予定になっていた。
議題は勿論、墨俣に築く城と斉藤軍への対抗策である。
織田家の重臣である柴田勝家、佐久間信盛の両名が失敗したといえど、墨俣に城を構える事は美濃攻略には欠かせない。
どうにか策を練れないかと信長が招集を掛けたのである。
「はぁ……気が重いなぁ……」
そんな重要な会議に参加する事になっている五郎は足取りが重い。
しかし、一応五郎も重臣として信長に扱われている身、そんな重要な会議に顔を出さないなんて許される筈が無い。
寧ろ強制的に参加は決まっているのだ、ピリピリした雰囲気が苦手な五郎にとって精神的疲労が大きい。
勿論、何か役に立ちたい気持ちもあるのだが、自分が口を挟めるような場面が少ないので肩身が狭いのである。
「せめて、信長様がご機嫌斜めじゃない事を祈ろう……」
五郎は上座に近い場所に座らされる、勿論、自分より位が高い可成や勝家なども座っているのだが。
一番怖いのは信長が不機嫌だと殺気が自分の席まで漏れてくる事だ。
勝家や可成等は平然としているが、五郎はいつも蛇に睨まれた蛙の様な心境を味わうのである。
「今日はきっと、気が抜けないんだろうな……うっ! 胃が痛くなってきた気がする……」
五郎はどんよりとした雰囲気を纏ったまま評定が行われる広間へと着くと、声を掛けて入室する。
そこには既に数人着席しており、五郎はいつも自分が座る席へと向かうと腰を下ろした。
視線を下座へ向けると、見知った顔が此方に気づいて手を振っている。
「利家……朝から元気だなぁ……」
利家は隣に居る成政に窘められて不満そうな顔で何やら話をしている。
その様子に笑みを漏らした五郎は下座の端で静かに座っている人物に気づいて驚くと席を立った。
「藤吉郎、君も呼ばれたの?」
「は、はい……信長様から直接命じられて参りました」
「そっか……」
「五郎さん、今日は一体何を……」
「聞いてないのかい?」
「ええ、信長様は参加しろとしか仰ってくれませんでしたから」
「そ、そう……きっと信長様の事だから何か考えがあるのかもね」
五郎は藤吉郎を見てふと思う、うろ覚えだが墨俣と聞いて何か引っかかる事があるのだ。
自分の記憶が正しければ真偽はともかくとして、藤吉郎……つまり後の豊臣秀吉の有名な話に墨俣の名前があったような……。
「え~っと」
「五郎さん? どうしたんです?」
「ちょ、ちょっと待ってね」
「は、はあ……」
急にうんうん悩み始めた五郎に呆気にとられている藤吉郎を放ったまま数分。
五郎はやっと思い出してスッキリした顔になる。
(そうだ、墨俣の一夜城だ……!)
秀吉の有名な話を思い出した五郎は藤吉郎の顔をまじまじと見る。
「ご、五郎さん? 今度は俺の顔を見て……どうしたんですか?」
「あっ! ごめんごめん、ちょっと気になることがあってね」
「???」
「あはは、気にしないで」
「はぁ……」
五郎は手を振って気にしないでと自分の席へと戻る。
藤吉郎は五郎の奇妙な行動に終始顔を傾げていた。
「もしかして、今日藤吉郎が呼ばれたのは……」
詳しくは知らないし、調べた事もないが五郎が覚えているのは、藤吉郎が墨俣に一夜にして城を築いためでたしめでたし……という話だけである。
しかし、幾ら藤吉郎が優秀だとしても勝家や信盛といった屈指の武将が失敗した墨俣の地に一夜にして城を築けるものだろうか。
「信じられないよな……流石に」
五郎が考え込んでいると後ろに気配を感じてハッとする、しかし気づくのが遅かった五郎は不意打ちを食らって『ぐえぇ』とうめき声を上げた。
「おうおう、五郎! 猿には挨拶して俺には何もないのかよ~」
「げほっげほっ! だからって突然首を絞めないでくれよ!」
「油断するからだっ! そんなんじゃ刺客に簡単にやられるぜ!」
「い、いや……いきなり刺客とか意味が分からんし……」
五郎がじゃれ付いてきた利家に文句を言っていると、利家の後ろにゆらりと現われた人物が利家の頭に鉄槌を落とす。
利家は『ぎゃわん』と声を上げて五郎の背中から転げ落ちると頭を押さえて『ぬおおおお』と呻いている。
驚いて振り向くと、呆れた表情で利家を見下ろしている成政がそこに居た。
「長秀殿、すまない。この馬鹿犬が迷惑を掛けたね」
「成政殿、いえいえ……助けて頂いてありがとう御座います」
「どうやら木下殿に声を掛けて、自分に声を掛けなかった事が不満だったらしい」
「……相変わらずだね、利家は」
「それだけ長秀殿に懐いているのですよ、きっと」
「喜んでいいのかなぁ……それ」
「ははは、毛嫌いされて噛み付かれるより良いじゃありませんか」
「確かにっ!」
五郎と成政は畳の上でまだ呻いている利家の存在を忘れて盛り上がる。
こうして成政と話すのも考えてみたら久しぶりである、落ち着いた物腰で自分の話を嫌な顔せず聞いてくれるので話は弾む。
しかし、そこに復活した利家が乱入してきた。
「成政! いきなり頭をど突きやがって!」
「大丈夫だ、それ以上馬鹿にならんだろ?」
「て、てめぇ!」
「いいから、静かにしてくれないか……皆から注目されてるぞ」
「ぐぬぅ……」
「相変わらず、仲良いよね二人は」
「ご冗談を」「誰がこんな奴と!」
「ぷっ」
「「……」」
同時に反応した二人に笑いが堪えきれずに漏れる。
二人はお互い黙って睨み合うと顔を逸らした。
信長の母衣衆は黒と赤に分かれている、同じ母衣衆ではあるが黒母衣衆と赤母衣衆はその意見の相違から口論になる事があるのだ。
まぁこの二人に限っては年が近い事もありライバルの様な関係に見えるのだが。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
「俺は落ち着いてます」
「はんっ! 澄ました顔しやがって」
「利家~……あんまり騒ぐと……」
「なんだよ? 別にまだ皆集まって居ないから平気だろっ!?」
「騒がしいぞ、利家」
「い、いてぇ……何しやがる!」
「ほう、俺に向かってそんな口を聞くとは……偉くなったなこの馬鹿犬め」
「げっ! 勝家さん!」
「げっ!とはなんだ、んん?」
「す、すみません」
「早く席に戻れ! もう一発欲しいのか?」
「けけけ、結構です!」
勝家に睨まれて慌てて利家は逃げて行った、成政は肩を竦めて後を追って席に戻る。
五郎はあははと苦笑しながら小さく手を振って見送ると、勝家が声を掛けてきた。
「五郎、何をしている行くぞ」
「はい」
「大事な話し合いの場だというのに、利家の奴は困ったものだ」
「ですが、そこが利家の良い所でもありますよ」
「ふっ、確かにな」
勝家は五郎の言葉に薄く笑うと着席した、五郎も腰を下ろすと後は信長を待つだけだ。
利家と話したお陰で少し気が楽になった五郎は勝家を軽く話しながら時間を潰すのであった。




