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第九十一章~困難~

「勝家さん! まだ動かないで下さいよ!」

「俺は平気だ、怪我も矢が掠った程度だから心配いらん」

「ですけど……」

「五郎、信長様は何処に居られる?」

「今は平手殿と自室でお話を……」

「そうか、すまんな」

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺も付き添いますから!」


勝家がスタスタと歩いてくので慌てて追いかける五郎、勝家が戻ってきたのは数十分前の事である。

五郎が次々と傷ついた兵達を収容して手当ての指示と、軽い傷の兵達には食事を配らせていると勝家の姿を見つけたのだ。

後の事を傍にいた小姓に任せて慌てて駆け寄った五郎は所々に傷を負った勝家に無理矢理手当てを施していたのであった。


「勝家さん、よくご無事で……」

「殿を務めた信盛殿と利家のお陰だ」

「間に合ったんですね、良かった」

「……」


五郎が安堵していると勝家は険しい表情で信長の自室の前で立ち止まる。


「信長様、柴田勝家……只今戻りました」

「入れ」

「……失礼します」


戸を開けて入ると、同じく険しい表情になっている信長と静かに座っている政秀が居た。

勝家は信長の前に頭を伏せると……。


「此度のお役目、私の力不足によって果たせず……」

「そんなっ! 勝家さんのせいじゃ……っ!」

「五郎! 黙って聞け!」

「うっ……」


信長に諌められて五郎は言葉を詰まらせる。

勝家は気にせず続けて今回の失態を詫びると、黙したまま信長の言葉を待つ。


「勝家、此度の失態……我が軍にとっても大きなものになるぞ?」

「如何様な処分も謹んでお受けいたします」

「ふむ……」


信長が考え込むと、それまで黙っていた政秀が口を開いた。


「若様、勝家殿は織田の中でも屈指の武士……その勝家殿がなせなかったのです、どうかご容赦を」

「平手殿……!」

「…………」

「五郎殿、貴方はちょっと静かになさい。それでも信長様に仕える武士ですか?」

「は、はい……すみません……」


政秀にまで窘められてがっくりと肩を落とした五郎は溜息をつく。

五郎は勝家の処遇が心配で仕方ないのだ、それがたとえ空回りになろうとも。


「勝家、面を上げろ」

「はっ!」

「政秀の言う事も尤もだ、お前ほどの男が苦戦を強いられた斉藤軍を甘く見すぎていたのかもしれん……許せ」

「信長様!? お止め下さい!!」

「まだお前の力が俺には必要だ、よく戻ってきた」

「勿体無いお言葉」

「今は休め、墨俣については後で連絡を寄越す」

「……分かりました」

「五郎!!」

「は、はい!!」

「勝家を任せた、しっかり休むよう見張っておけ!」

「りょ、了解であります!」


突然言いつけられて変な口調で返事をしてしまう。

また妙な事をと政秀の眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった五郎は慌てて退室する。

勝家はどんな時でも変わらない五郎を見て、ふっと笑いを漏らすと信長と政秀に深く礼をして退室していった。


「ふぅ……」

「若様」

「分かっている、休んでいる暇はない」

「では……」


信長は政秀と今後について話し合うと、近々家臣を集める事を決めたのであった。




「勝家さん!」

「……ん?」

「心配しましたぜ!」

「利家、助かったぞ」

「へへ、任せて下さいよ! あれ位俺にかかれば……」

「利家! そんな事言って……ちゃんと手当て受けたの!?」

「受けた、受けたよ!」

「五郎、利家。こんな所でじゃれ合うな、行くぞ」

「「は、は~い」」


勝家に連れられて二人は傷ついた兵達が収容された場所に着くと顔を歪ませた。

呻き声を上げる兵達の声があちらこちらから聞こえてくるのだ、何度見ても慣れる気がしない。

矢を受けて苦しんでいる者、腕を切り落とされて血の気を失っている者。

しかし、生きて戻った者はまだ良い、この場所に戻って来れなかった兵達が沢山居るのだ。


「……はぁ」

「おい、しっかりしろよ五郎」

「う、うん……」

「行くぞ、二人とも」


勝家に引き連れられて手当てを受けている兵達を見て回る、一人一人に声を掛けながら勝家は歩いている。

中には勝家の言葉を最期に息を引き取る者も居た。五郎は思わず目を閉じてしまう。

この瞬間だけはいつも自分が安全な場所にいるか思い知らされる、自分も勝家や利家の様に兵達を指揮する立場である、彼等の様に常に命の危険を感じながら戦っている訳ではない。


「……」

「勝家さん、そろそろ休みましょう」

「……そうだな、五郎が倒れそうだ」

「い、いえ……俺は……」

「いいから行くぜ! ほれ、掴まれよ!」

「ちょ、ちょっと……っ!」

「やれやれ」


勝家が呆れながら利家に引っ張られている五郎を見送ると、最後に傷ついた兵達を見て嘆息した。


「……」


グッと拳を握り締めた勝家は姿が見えなくなった二人を追うようにその場を離れた。




「利家……そ、そろそろ離して」

「分かったよ」

「手が抜けるかと思った……」

「そんなに簡単に抜けやしねぇよ、相変わらずだな五郎は」

「利家と違って俺は繊細なの!」

「……へぇ~」


五郎の主張を聞き流した利家は後ろを振り返って勝家の姿を確認すると、用意されていた部屋に五郎を押し入れた。


「ふぎゃ!」

「あ、悪い」

「いきなり押さないで!?」

「……武士はいつでも油断してはならんぞ、五郎殿」

「うわぁ……寒気がするからその話し方止めて……」

「なんだとぉ!」

「利家は畏まらない方が合っているよ、うん」

「俺だって一応の作法は出来るんだぞ!」

「一応なんだ……」

「いいだろ! 別に!」


部屋の中で揉み合いながら言い合っていると、勝家は苦笑して部屋に入ってくる。

そこに小姓人がやって来ると、五郎を手招いて耳打ちをしてきた。


「丹羽様、信長様より言伝を預かっています」

「な、何かな?」

「前田様と柴田様に食事と湯浴みを世話するようにと……」

「分かった、料理は出来てるのかな?」

「既にご用意してます、すぐにお持ちしましょうか?」

「お願い出来るかな?」

「お任せ下さい」

「あっ!」

「?」

「え、えっと……俺の作った漬物もお願い誰かに尋ねたら用意してくれると思うから」

「分かりました、では」

「うん、お願い」


頭を下げて去って行った小姓を見送ると、五郎は勝家と利家に食事を持ってきて貰う事を告げる。

二人は五郎の言葉に頷くと今回の一件について話し始めた。


「勝家さん、そこまで斉藤軍に戦力が?」

「いや、戦力は大差なかったが……相手の策にしてやられたと言った方がいいだろう」

「策……ですか?」

「ああ、弓と足軽で姿を見せたと思えば、此方が応戦するとすぐに退却するのだ」

「……それなら此方の被害も少なかったのでは?」

「困った事に、さて築城の準備にかかると雨のように矢を降らされてな」

「なら反撃すれば……」

「言っているだろう、すぐに逃げていくと」

「むぅ」

「あんなに統率が取れて矢を放たれては築城所ではない、せめて野戦になれば打つ手があったのかもしれんが」


どうやら勝家は斉藤軍にじわりじわりと戦力を削られたようだ、確かに築城しながら斉藤軍を抑えるのは至難の業だろう。

ましてや斉藤軍は弓を多く用意していたようだ、勝家は進行を早める為に足軽を中心とした編成で出発しており、騎馬や弓は最低限した引き連れていなかった筈だ。


「そんな状況でよく……」

「いや、あちらも深追いするつもりは無かったようだ」

「何故です?」

「分からん、だが此方の動きを察していたのだろう、足軽や長槍を前面に進軍し来たからな」

「ふむ……」

「信盛殿の話によれば墨俣を抜けるとピタリと攻撃は止んだらしい」

「そのまま追撃して来なかったんですね?」

「ああ、恐らく戦力を温存して待ち構えている可能性が高い」

「うへぇ……」


勝家の考察を聞いて五郎は思わず声を漏らす。

唯でさえ勝家が失敗してなんとか帰ってきたというのに、どうやって墨俣に城を築けばいいのだろう。

信長があれだけ重要視している以上、美濃侵攻の重要な場所なのだろうが……本当に城を築く事が出来るのだろうか。

意見を交し合う二人を横目に深い溜息をつく五郎であった。

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