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第九十章~敗走~

「勝家様!! これ以上は持ちません!!」

「……斉藤軍の動きはどうだ?」

「はっ! 斉藤軍はそれまでの弓矢による攻撃を控え、足軽隊を編成して我が陣へ向って来ています!」

「ふむ」


伝令から報告を受けた勝家はどう動くべきか考え込む。

その勝家を見て周りに居た兵達が声を上げた。


「勝家様! このままでは押し切られます……反撃に出ましょう!」

「何を馬鹿な事をっ! ここは退くべきだ!」

「このまま帰っては信長様に顔向けが出来ないだろう!?」

「落ち着け! 言い合っている場合ではないぞ!」


激しい斉藤軍の攻撃を受けて疲弊した勝家率いる軍はなんとか士気を保っているが、突出してきた斉藤軍を前に様々な意見が飛び交う。

このまま引き下がれないと声を荒げる者、ここは一旦退いて体勢を整えるべきだと冷静に話す者。

それを必死に取り成そうとする者もいるが、紛糾する陣内はとても治めれる状況ではない。


「静まれ!!!」


それまで黙っていた勝家が一喝すると、騒がしかった場が静まり返る。

勝家から発されている背筋も凍るような雰囲気に兵達は顔を真っ青に染めた。

勝家は近くに居た兵に伝令を頼むと、皆に話を切り出した。


「良いかっ! 皆の者良く聞けい!!」


そこで一拍間を置くと、皆に命令を告げた。


「我が軍はこれより退くぞ! これ以上兵を失う訳にはいかん! 良いな!!!」

「「「はっ!!!」」」


勝家の命に一斉に返事をした兵達はすぐに動き出す、その時、勝家の下に誰かが駆けつけてきた。


「勝家殿! お呼びですか!」

「信盛殿! 我が軍は清洲へ撤退する、信盛殿にはすまないが……」

「言わずとも分かります、殿しんがりは私にお任せを!」

「既に伝令は放っています、迅速に此処を引き上げます」

「話を聞けば敵は足軽隊を前面に押し出したとの事、弓隊をお借りしてもよいか?」

「ならば……信盛殿は必要な者を俺の部隊から編成して殿をお頼みします。俺は信盛殿が動きやすくなるように不必要な兵を預かり先に出ます」

「相、分かった!」


勝家から許可を得た信盛は急いで部隊を編成すると、地図を広げて部隊の兵達に指示を始めている。

信盛ならばこの窮地を切り抜けられると信じてはいるが、のんびりしている暇はない。

勝家が部下からの報告を待っていると、伝令が息を上げながら駆けて来た。


「勝家様! 準備は整いました、ご命令を!!」

「よし!」


準備完了の報告を受けた勝家は伝令に良くやったと褒めてから高らかに声を上げた。


「これより柴田軍は一足先に清洲へ退く! 殿は佐久間殿に任せてある、迅速に動け! 決して遅れるなよ!!」

「「「「おう!!」」」」


勝家の号令に一斉に声を上げた兵達を引き連れて清洲へと撤退を始めた柴田軍。

その様子を見守っていた信盛は勝家が此方を見た事に気づきしっかりと頷いた。

ぞろぞろと引き上げていく軍を見送りながら信盛は兵達に声を掛ける。


「良いか! 何としても勝家殿を清洲へ送り届けるぞ!」

「「「おー!」」」

「敵は此方の兵力を見て戦法を変えてきている、足軽の数は多いが足止めをするにはもってこいだ! 我等も生きて清洲へ帰るぞ!」

「「「はっ!!」」」


信盛は兵達の気力が尽きていない事を確認すると大きく息を吐いた。

たとえ劣勢でも気力が尽きていなければ活路を見出せる可能性は有る。

このまま士気を維持しながらなんとしても斉藤軍の追撃を防がなければ。


「ふー……」


地図に目を落とした信盛は策を考えながら勝家の後に続いて陣から出発した。




勝家、信盛軍が墨俣から撤退を始めてから数刻後、清洲城に居た信長に早馬が届く。

信長の話に付き合っていた五郎は突然の事に驚いていたが、おお慌てて部屋に入ってきた男は信長を前に伏せると大声で報告した。


「信長様! 柴田様率いる軍勢が斉藤軍の激しい攻撃を受け撤退! 現在清洲へ引き返しているとの事!」

「なんだと!?」

「殿を佐久間様が務められているようですが……どうか救援を!」

「利家を呼べ! すぐにだ!!」

「は、はっ!!」


急いで利家を呼びに行かせると、信長は険しい顔をして扇子を膝の上で叩き始める。

五郎も勝家が敗走していると聞いて頭が真っ白になったのだが、慌てて信長に子を掛けた。


「の、信長様っ!!」

「分かっている! 慌てるな!」

「で、ですけど……っ!」

「だから利家を呼んだのだ、お前がそんなに慌ててどうする!」

「はい……」


落ち着かない五郎を見て大きく息を吐いた信長は利家はまだかと思いながら五郎に声を掛ける。


「予想はしていたが、まさか勝家が敗走する程の兵力をぶつけてくるとはな……」

「それだけ相手も必死なんでしょうか?」

「だろうな」

「大丈夫なんでしょうか……」

「殿を信盛が務めているなら大丈夫だと思うが……」

「え、えっと佐久間殿って……あの?」

「む? 何度も会っているだろう?」

「あ、はい……え~っと……」


五郎がどんな人だっけと必死に思い出そうとしていると、信長はじと~っと此方を見ている。

嫌な汗を掻きながら五郎は佐久間なる人物を頭に浮かべてみるが……。


「う、うん? 違うな……これじゃない」

「おい、五郎」

「もうちょっと! もうちょっとで出てきそうなんですっ!」

「この阿呆が……全く」

「あっ!」


やっとの事で思い出した五郎は声を上げる。


「佐久間殿って、あの狐みたいな顔してる人ですよね!」

「…………」

「あ、あれ……?」

「五郎、貴様は俺の事を酷いだの、鬼だの魔王だの言っているが……その言い様はどうなんだ?」

「い、いやぁ……つい似ていたもので……」

「もっとしっかり覚えておけ、信盛もお前と同じ立場なのだぞ」

「は、はぃ……」


信長が呆れた表情で五郎を叱っていると、部屋の戸を開け放って利家が転がり込んできた。


「信長様! 勝家さんが危ないって!?」

「静かに入ってこい! きゃんきゃん騒ぐではないわ! だから貴様は犬だ犬だと……」

「信長様! 信長様!! 今はそんな事言ってる場合じゃないですよ!」

「む……そうだったな、利家! そこに直れ!」

「はっ!」

「既に聞いておるだろうが、勝家が今斉藤軍の追撃を受けながら逃げてきている、お前にはすぐに救援に向かって貰うぞ……良いな?」

「はっ! お任せください!」

「急げ!」


信長の命に返事をしてどたばたと出て行った利家を見た信長は『だから静かに出て行けと……』とぶつぶつ呟いている。

嵐の様に去って行った利家はどうやら五郎に気づいていない様だった。

五郎も一言声を掛けようと思っていたが、そんな余裕は無かったらしい。


「はぁ……」

「五郎、溜息をついていないでお前も準備をしろ」

「は、はぁ…………はあ!?」

「何を驚いている、お前も動いてもらうぞ」

「え、俺も救援に行くんですか!?」

「お前を救援に送っても何も出来んだろうが! 戯け!」

「酷い! もっと優しく扱って下さいよ!」

「ええい! 黙らんか!」

「……いいんだいいんだ、どうせ俺は信長様の玩具ですから」

「五郎!」

「ひゃ、ひゃい!!」

「勝家や信盛が戻ってきたら忙しくなる、お前は手当てが出来る者をかき集めろ……それと食事の準備をさせておけ!」

「は、はっ! お任せ下さい!」


信長の命令に急いで部屋から出ると五郎は城内に居る者達へと伝令を回した。

既に利家は城から救援に出ているようだし、手が空いている者達には片っ端から声を掛ける。


「無事に帰って来て下さいよ……勝家さん……」


勝家の無事を祈りながら城内を駆け回る五郎であった。

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