第八十九章~西瓜のお漬物~
「信長様、これが俺の大好きな……西瓜の漬物です!!」
「……漬物だと?」
「はい、漬物です。まぁ、簡単に塩をまぶして塩抜きしただけですが」
「これを食べろと? この俺に」
「信長様、俺が居た世界はでは知る人は知る料理なのですよ? どんな味か気にならないのですか?」
「む……」
「さぁ、どうぞ」
「五郎、これはこのまま食べるのか?」
「いえ、お醤油を少し垂らして食べて頂ければ」
「ふむ」
五郎は信長の前で自分に取り分けてある西瓜の漬物に醤油を少し垂らす。
(本当は○の素が少しでもあれば、味を調える事が出来たんだけどねぇ)
それでも西瓜の漬物は醤油だけでも十分に美味しい、五郎はこの漬物でご飯二、三杯は食べれる自信がある。
後は塩加減である、塩辛いか薄いかで美味しさが決まるので注意したつもりだが……。
「信長様、先に味見をしても?」
「おい、味見もせず俺に差し出したのか貴様!」
「あ、あはは……つい忘れてました」
「毒でも入っていたらどうするんだ、阿呆が!」
「……信長様なら平気そうだけどなぁ(ぼそっ)」
「なんだと?」
「いえ!何でもありません!」
「……全く、早くしろ!」
「へーい」
五郎の返事にピクッと顔を痙攣された信長に慌てた五郎は、西瓜の漬物を一つ口に入れた。
こりこりとした食感、少し残った果肉の僅かな甘さと塩加減が丁度良い。
そしてそれらを醤油で調えられた漬物の出来に思わず頬が緩む。
五郎の表情を見た信長は興味を持ったのかジッと漬物に視線を送る。
「信長様、完璧ですよ……これこそ俺の大好物な漬物です」
「そんなに美味なのか?」
「騙されたと思って食べて下さいよ!」
「う、うむ……」
「あっ! あんまりお醤油掛けない様にご注意下さいね、辛くなりますよ」
「むっ……これくらいか?」
「そうそう! 少しで足りなければ後で足せばいいのですよ」
醤油を垂らして軽く混ぜるよう五郎に勧められた信長は指示に従う。
それから一つ漬物を摘んで暫く眺めた後、口に入れた。
信長が漬物を咀嚼する姿をジッと見守っていると、漬物を飲み込んだ信長は口を開いた。
「五郎、不思議な味だが……悪くないぞ!」
「本当ですか!?」
「うむ……西瓜と聞いて馬鹿な事をと思っておったが……」
「うんうん、だけど残った部分も大切な食料となるんですよ」
「後で城の料理人に作らせてみるとしよう」
「やった!」
「西瓜を手に入れる事があれば、皆に振舞ってみようではないか」
満足そうに話す信長に五郎も小さくガッツポーズをした。
自分の力では中々手に入らない西瓜も信長ならば入手し易いだろう。
この喜びようだと今後も西瓜の漬物を食べる機会がありそうだ。
小さな頃から西瓜を食べると漬物にしてきた染井家の代表的な料理だったので喜びも一入である。
「ささ、信長様! ご飯と一緒に是非!」
「うむ」
「俺も頂きます!」
二人はゆっくり噛み締めながら食事を堪能すると、食後のお茶を啜りながら感想を言い合う。
「五郎、お前の知識も役に立つではないか」
「酷い……」
「この調子で頼むぞ」
「また良い材料を見つけたら、信長様に召し上がって頂きますよ」
「必要なら俺に話せ、帰蝶に内緒で買い入れよう」
「駄目ですよ!? 俺も怒られるんですから!!」
「見つからなければ良いのだ、何を心配する事がある」
「後で絶対見つかるからですよ!」
「心配性な奴め」
五郎は平然と言い放つ信長に釘を刺しておく必要がある事を感じて嘆息した。
言って聞くような人ではないが、黙って見過ごすとそれはそれで怒られる。誰にとは言わないが。
ともかく信長が買い入れると気分次第で処理しきれない量を仕入れる可能性もある。
口酸っぱく言っておかねばなるまい。自分の平和の為に。
「あ、あの……信長様」
「なんだ?」
「喜んでくれて嬉しいんですけど、買い入れる際は『絶対』に藤吉郎か勘定が出来る者に頼んでくださいよ?」
「……俺が買い入れればいいだけだろう?」
「駄目です、『絶対』に他の者に任せて下さい」
「何故だ!?」
「無駄遣いするからです!!」
興味を持ったら積極的に動いてくれるのは五郎としても嬉しいが、そのお陰で自分が関わっていない事にも巻き込まれるのだ。
出来る限りトラブルの芽は摘んでいく必要がある。
不満そうな表情を浮かべる信長をどうやって宥めるか考えていると、部屋の外からバタバタと足音が聞こえてくる。
五郎が何だろうと戸に視線を向けると同時に何者かが入ってきた。
「ずるいではないか!」
「「…………」」
「二人だけで珍しい物を食べているのだろう?」
「え、え~っと……」
「可成、貴様は主君の許可無く堂々と入ってくるんじゃない!」
「良いではないか、登城しても退屈なのだ。殿と違って儂は戦以外は暇なのでな」
可成の言葉に頭を抱える信長だった、五郎は五郎で可成に肩を組まれて身動きを封じられてしまった。
ぐぐっと可成に引き寄せられると、物凄い酒の匂いが鼻につく。
「くさっ! 可成さん酒臭いですよ!」
「そうか? まだそんなに飲んでおらんぞ」
「いやいやいや!」
五郎が必死に離れようとするがガッチリとホールドされて抜け出せそうに無い。
これだけの匂いを放っているのだ、まだ日も高いというのにどれ程の酒を飲んだのか……。
「の、信長様~……」
「可成、放してやれ」
「仕方ない」
「た、助かった……」
「可成……まさか貴様……酒を飲みに来たのではあるまいな?」
「それ以外に何がある」
「……」
再度頭を抱えた信長、可成はわっはっはっと笑いながら酒をぐびぐびと呷っている。
今度は捕まらないように距離を取った五郎は信長にそっと耳打ちした。
「信長様、この展開は……」
「五郎、なんとかしろ」
「無理ですよ!」
「役に立たぬ奴め」
「さっきまで褒めてくれてたのに!?」
「ええい、黙れ。それより可成をどうにか……」
信長が言い切る前に五郎は立ち上がると、ポンと手を叩いて可成に告げる。
「可成さん、酒の肴に俺の作った漬物は如何です?」
「ほう……長秀が作った漬物か!」
「はい、良かったら準備してお持ちしますが……」
「頼む、儂はここで待つ事にしよう」
「おい、待たんか」
「それじゃ、俺は準備してきますね!」
「五郎! 貴様!」
「うむ、その間は殿と酒でも飲んで待つとしよう」
「待て、俺は飲むとは……」
信長が何か言っていたが足早に部屋から出て戸を閉めた。
部屋の中では何やら騒ぐ声が聞こえるが、きっと二人で楽しく酒を飲み始めたに違いない。
五郎は準備という名目で抜け出したが、やる事は軽く水洗いしてから切り分けるだけである。
持って行かなければ後で可成に何をされるか分からないが、早くもって行くと今度は飲酒につき合わされるに違いない。
「信長様……貴方の事は忘れません……」
五郎の呟きに遠くから怨嗟の声が聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。
ゆっくりと城内を歩きながら厨房へと向かう、よく考えたら信長が『後で作らせる』と言っていた事を思い出す。
「そうか、俺には重大な使命があるじゃないか」
信長も気に入ってくれた西瓜の漬物の調理法を是非教えなければ。
そのせいで『多少』部屋に戻るのが遅れても許してくれるだろう。
「これも美味しい食事の為、心苦しいが仕方ない」
悪い顔で笑いながら五郎は厨房へと向かったのであった。
その時、信長は可成に押し切られて仕方がなく酒を飲まされていた。
こんな所を政秀に見つかったらまた口煩く説教されるというのに……。
「くそっ! 五郎の奴、一人だけ逃げおって!」
「殿、そうカッカするな、飲め飲め!」
「ええい、注ぎ足すな!」
「かっかっかっ!」
終始眉根を寄せながら可成の相手をする羽目になった信長は大きく溜息をついたのであった。




