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第九十九章~墨俣攻防戦・中~

「五郎さん!」

「と、藤吉郎!?」

「大丈夫ですか? 上流なら流されてきたと聞きましたが……」

「……ウ、ウン ダイジョウブ ダヨ」

「お怪我は……無いようですね」

「な、なんとかね……」

「それにしても、兵から報告を受けたときは驚きましたよ」

「俺も驚いたよ、まさか木材に括り付けられて川を下るなんて」

「その様子だと……敵は居なかったようですね」

「あ~……そうだね、敵が居なかったのが救いだよ」

「しかし、そんなにびしょ濡れになって……着替えを用意させましょう」

「お願い~、いやー舵が粗くてさ。俺に飛沫が掛かる掛かる……っくしょっ!」

「それで、上流の様子は?」

「順調だね、寧ろ順調過ぎて怖い位に木材流せてるから大変だったでしょ?」

「いえ、そのお陰で大分助かってますよ」

「良かった」


五郎がほっと安堵していると、藤吉郎が用意された着替えを持って兵が現われた。

ありがとうと礼を言ってから受け取ると、五郎は着替えながら藤吉郎に続ける。


「それより、暫くしたら正勝殿達が筏で下ってくるかも」

「ええ、そう思って増員しておきましたから」

「さっすがぁ~」

「さて、それなら五郎さんは正勝殿等川並衆が合流するまで休んでいて下さい」

「待った!」

「?」

「着替えたら俺も動くよ」

「しかし……」

「大丈夫、少し落ち着く時間があったし……それに本陣で俺だけが休んでいるのはちょっとね」

「……ふむ」


五郎の言葉に藤吉郎は考え込む、自分としても五郎が動いてくれるならば助かる。

指揮が出来る人間が増えればそれだけ自分が動き回れるのだ。

何より五郎は好戦的な性格ではない、今回の目的が築城である以上無駄に兵を失う訳にはいかない。


「五郎さん、甲冑は何処に?」

「えっと、其処に……」

「……おや、面頬は何処に?」

「め、めんぼお? なんだろう……それ……」

「もしかして、着けて来なかったんですか?」

「それって、何処に着けるの?」


五郎は用意されていた甲冑を着せ替え人形よろしく、大人しく着せられるがままにしていたので未だに名称を把握していない。

五郎が藤吉郎に聞き返すと、藤吉郎は『ふむ』と漏らして何処かに姿を消してしまった。


「めんぼおねぇ……『めん』……面か? でも『ぼお』って何だろう……」

「五郎さん! これも着けて下さい」


五郎が藤吉郎から渡された防具をまじまじと眺める。


「これが『めんぼお』……お面みたいだな……」

「それで矢から顔を守って下さい、じゃないと利家殿の様に刺さりますよ」

「えっ!?」

「身を守る為に必要な事です、煩わしいかもしれませんが……」

「ち、違う! 俺が驚いたのは其処じゃないよ!」

「んん?」

「と、利家に何が刺さったって?」

「敵から放たれた矢ですが」

「その矢が何処に……?」

「顔です」

「死ぬよ!?」

「? 利家殿は生きていますが……」

「いやいやいや! 普通は死ぬでしょ! 顔だよ顔!!」


利家のトンデモ話を聞いて五郎は驚きながら叫ぶ。

こんな時に怖い事を言うのは止めて欲しい、五郎は絶対に面頬を忘れないようにしようと心に誓った。


「それよりも、五郎さんには兵を引き連れて勝家殿に合流して欲しいのですが……」

「えっ!?」

「報告によれば勝家殿は一度距離を取りながら、此方に集中している敵軍を横から叩くおつもりでしょう」

「そ、それって俺も一緒に突撃しろって事なの?」

「いえいえ! 五郎さんにそんな事させれませんよ!」

「うっ……そうはっきり言われると、それはそれで複雑な気分だ」

「勝家殿なら大丈夫だと思いますが、此方がギリギリまで敵を惹きつけてから叩いてもらおうかと」

「惹きつける……か、防壁は無事出来たんだ?」

「ええ、邪魔になるように柵も築きましたから、時間も稼げるでしょう」

「それで、俺は何をすればいいの?」

「五郎さんは勝家殿に合流してこの事をお伝えして欲しいのです、準備が出来たら早馬を送りますので」

「それ、俺じゃなくてもいいんじゃ?」

「五郎さんには伝令ついでに勝家殿のご様子や兵数を確認して報告してもらいたいんですよ」

「なるほど」

「早馬が届いたら五郎さんは此方に戻ってきてください、馬には乗れますよね?」

「い、一応……」

「では準備が出来たら声を掛けてください、俺は流石に戻らなければ……」

「りょ、了解」


藤吉郎は五郎の返事に頷いてから去って行った、残された五郎は大きく息を吐くと面頬を見つめる。


「それにしても、このお面……凄いデザインだな……」


しょうもない事を呟きながら五郎は藤吉郎から頼まれた任務について考える。

どうやら五郎が思っていた以上に築城は進んでいるようだ、この様子ならば10日も掛からないのではないだろうか。

この後、正勝達も合流する事を考えれば、今よりも作業速度は上がるだろう。


「それにしても、重いよ……甲冑……」


必死に甲冑を着込んでいるが、身を守る為とはいえ重くて堪らない。

この状態で勝家の部隊に合流する事を考えると、もっと馬に乗る鍛錬をしておくべきだったかなと思う。


「まぁいいや、おじさん頑張っちゃうもんね!」


五郎も勝家が気になっていたのだ、ちゃちゃっと伝言を届けて様子を見てくるよしよう。

その頃には正勝達と合流しているだろう、そしたら川並衆の指揮を執る事になるかもしれない。

そうすれば藤吉郎も築城に集中出来る筈だ。

一日でも早く完成させてささっと引き上げたいものである。


「よし、準備は出来た……藤吉郎に声を掛けてから出発しよう」


五郎は甲冑で重くなった身体で駆け出すと藤吉郎の姿を探しに本陣を出た。




その頃、勝家率いる陽動部隊は静かに斉藤軍の動きを窺っていた。

大分時間を稼いだつもりだが、墨俣に到着した藤吉郎の存在に気づいて慌てて兵を引き上げて行ったようだ。


「勝家様! これからどう致しましょう?」

「早馬が来るまで待つ」

「木下殿の指示に従うので?」

「うむ、恐らく俺と考えは同じだろうがな」

「ならばいつでも動けるよう皆に準備させておきます」

「頼むぞ」

「はっ!」


今回の役目は敵の殲滅ではない、勿論敵の戦力を削れる事に越したことはないが、重要なのは藤吉郎の為に時間を稼ぐ事だ。

その役目は既に果たした、後は藤吉郎の指示に従うだけである。

それに、どうせ動くならもう少し斉藤軍が伸びきったところを叩きたい。


「伸びきったところを分断すれば士気も落ちるだろう」


上手く分断すれば挟み撃ちに出来る、その為に騎馬主体の編成しているのだ思う存分荒らさせて貰おう。

前回の戦では色々としてやられたのだ、自分の存在を知らしめて動揺を誘う為にも思いっきり目立つしかあるまい。


「勝家様! 丹羽様が来られました!」

「む? 長秀殿が?」

「木下殿からの言伝を預かっていると仰ってます!」

「よし、今行く!」


勝家が五郎の元へと向かうと、其処には『ひぃひぃ』と息を荒げている五郎の姿があった。

全身を甲冑で覆われた五郎の姿に勝家は大笑いをした。


「あっはっはっ! 五郎、何だその格好は!」

「ちょっと! そこまで笑わないで下さいよ!」

「無理を言うな、その格好で笑うなと言う方が難しいわ」

「そ、そんなに変ですか?」

「お前、長秀の甲冑をそのまま着ているだろう」

「え、ええ……揚羽が『父上がきっと五郎殿をお守りしてくれます』と言うものですから……」

「身を守るのはいいが、長秀の甲冑を今のお前が着てもまともに動けんだろう?」

「実は……重くて、はい……」

「自分に合う甲冑を作らせぬからだ、もし野戦になれば逆に危険だぞ」

「は、はい……今回の戦が終わったらそうします……」


五郎がしょんぼりしながら勝家の助言を聞いていると、近くに居た兵が口を挟む。


「丹羽様、言伝は良いのですか?」

「あぁ! そうだった! ありがとう」

「そうだったな、それで……木下殿はなんと?」

「おほん、木下殿は敵をぎりぎりまで引っ張りながら後退します、頃合を見て早馬を送るので届き次第横から斉藤軍を叩くようにと」

「よし、思ったとおりだな」

「予想してたんですか?」

「まぁな、それより五郎はどうするのだ?」

「俺は早馬が届いたら本陣に引き上げるよう命じられてます」

「そうか……残念だ」

「何が残念なんですか!? 今、この甲冑で戦うのは危ないかもって言ったじゃないですか!?」

「冗談だ」

「勝家さんは真顔で冗談を言うから性質が悪いんですよ!」


五郎の叫び声に皆が笑う、きっと出番が来るまで勝家に弄られる事になるんだろうなぁと予想した五郎。

大きく溜息をつくと、五郎は勝家や兵達を眺めながらぼんやりするのであった。

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