第百章~墨俣攻防戦・下~
「柴田様~~~!!!」
「むっ……!」
「藤吉郎様よりご命令です! 今が好機、斉藤軍を横から分断し思う存分暴れた後、迅速に本陣に帰還されよとのこと!」
「相、分かった! 聞いたか皆の者!」
「「「「おう!!!」」」」
「これより我が部隊は本陣に気をとられている斉藤軍を横から叩く! 俺に遅れずついて来い!」
「「「「おー!!!」」」」
「伝令ご苦労、お前は長秀を護衛して本陣へ戻れ!」
「は、ははっ!」
「五郎、藤吉郎に伝えてくれ『俺も兵も士気は十分ある、此方は任せておけ』と」
「分かりました、必ず伝えます」
「頼んだぞ」
五郎に言伝を頼むと勝家は兵達を引き連れて駆け出した。
姿が見えなくなるまで見送ると、伝令を持ってきた兵が五郎に声を掛ける。
「丹羽様! 我等急いで此処を離れましょう!」
「うん、そうしよう」
「窮屈で申し訳ありませんが、私の後ろに乗って頂けますか?」
「構わないよ! 寧ろそっちの方が助かる!」
「では、お乗り下さい」
「よっ……こいっ……しょっと!」
「振り落とされぬようお気をつけ下さい! はぁ!」
「うおっと、うーん……快適だ」
急発進で多少ぐらついたが、利家や信長の駆る馬に比べればなんと安全運転なのだろうか。
勿論、速度はそれなりに出ているが振り落とされる心配をする程ではない。
一応五郎も馬に乗ってきたのだが、上手く操れず疲れたので、勝家に預けたのだ。
多少時間は掛かるが、馬に振り落とされて負傷したら目も当てられない。
「いやぁ……悪いね」
「いえ、御気になさらず!」
「遠慮せずに速くしていいからね、俺なら大丈夫だから」
「はっ!」
五郎の言葉に馬の速度が上がる、心地よい風を切りながら林を突っ切った後、本陣に到着した五郎は馬から転げ落ちると重たい身体を起こす。
伝令兵は馬の乗ったまま五郎に藤吉郎へ報告しに行く事を告げると、五郎が声を掛ける前に駆けて行ってしまった。
「あらん……俺も行こうと思ったんだけど……」
仕方が無いので五郎も徒歩で藤吉郎の元に向かおうと思っていたのだが。
誰かが自分を呼んでいる様な声が聞こえて周りを見渡す、すると遠くから此方に駆け寄ってくる特徴的な体躯が見える。
「あれは……長康殿!」
「お~い! 丹羽様~!」
「長康殿! もう合流されたんですね」
「はい、もう少しすれば正勝殿も来られるかと」
「やっぱり筏で下って来たんですか?」
「ええ! 敵も居ませんでしたし、楽々と来れました!」
「……よく筏が沈みませんでしたね」
「へ?」
「いや、何でもありません」
つい漏れてしまった言葉をかき消す様に口を開くと、五郎は長康の元に集まった川並衆を確認して考え込む。
「正勝殿を待つか、藤吉郎の元に向かうか……悩む」
勝家が斉藤軍を分断する事が出来れば、挟み込んだ斉藤軍を殲滅する為に藤吉郎も再度前に出るだろう。
「長康殿! 木下殿が前線を押し上げる前に俺達も合流しますよ!」
「むっ! 正勝殿を待たずに向かうのですかな?」
「ええ、本格的に乱戦になる前に報告したい事があるので」
「ならば急ぎましょう!」
「斉藤軍を惹きつけて後退していた筈だから追いつくはずだ!」
「皆、準備は出来ているな!」
「「「おうさ!!」」」
「丹羽様、いざ参りましょうぞ!」
「よし、出発!!」
五郎の号令に従って動き出した部隊は、藤吉郎の元へ向かう為に本陣を出るのであった。
五郎が本陣を出た時、藤吉郎は斉藤軍を誘導しながらじりじりと退いていた。
そろそろ勝家が動きを見せてもいい頃合だが、敵軍の様子を見る限りまだ耐える必要がありそうだ。
あまり戦線を下げると自軍が崩れたときに築城地点に流れ込まれてしまう可能性がある。
そうなれば今までの策も作業も全て無駄になるのだ、多少危険は伴うが此処で踏ん張るしかないだろう。
「頼みますよ、柴田様」
藤吉郎が呟きながら指揮を執っていると、後ろから兵が駆け寄ってくる。
「藤吉郎様!」
「どうした! 何かあったのか!」
「はっ、斥候からの報告です! もうすぐ柴田様が斉藤軍に突撃するようです!」
「そうか! よく伝えてくれた!」
藤吉郎は報告を受けて指示を出すと、頃合を見計らって兵達に雄叫びを上げさせる。
木下軍の雄叫びに驚いた斉藤軍は一瞬怯む、その隙に後退させていた部隊を反転させて反撃に出ると両軍入り乱れた乱戦が始まった。
藤吉郎が押し込まれない様に戦術を組み立てながら指揮していると、斉藤軍の後方から悲鳴が上がる。
どうやら勝家が斉藤軍を分断する事に成功したようだ、動揺が走り士気が下がった斉藤軍を排除する為に藤吉郎はもう一度号令を放つ。
「このまま一気に押し上げる! 皆の者進めー!!」
「「「「うおおおおお!!!」」」」
藤吉郎の号令を受けて士気を高めた木下軍は柴田軍と挟み撃ちにする形で斉藤軍を殲滅する。
まんまと戦力を減らされた斉藤軍は慌てて残った兵を引き揚げた。
勝家は深追いせずに藤吉郎に合流する事にした。
藤吉郎と勝家が斉藤軍の戦力を削って追い払った時、やっとの思いで木下軍に追いついた五郎率いる部隊は、勝鬨を上げている友軍に気づく。
「あ、あれ……敵は?」
「どうやら、既に終わったようですな」
「……ま、まぁいいか」
「功をあげる機会を逃しましたな」
「お、俺は別に……」
「むぅ、仕方ありませんな」
「それより、木下殿を探そう」
五郎が盛り上がっている兵達を眺めていると、長康が声を上げた。
「丹羽様! あちらを!」
「お、勝家さんもいるじゃないか! 行こう!」
急いで二人に駆け寄る、二人は五郎に気づくと驚いた。
「五郎、本陣に戻らなかったのか?」
「一度戻りましたよ」
「なら何故此処に来たんだ?」
「い、いや……藤吉郎に勝家さんからの伝言を伝えて加勢しようかと……」
「なるほどな」
「伝言とは?」
「いや、勝家さんが藤吉郎にこっちは任せろと伝えるように言われてね」
「そうでしたか」
「……まぁ、遅かったみたいだけど」
あははと乾いた笑いをしながら頭を掻く、五郎は二人が敵軍を追い返した事に安堵する。
「柴田様、俺は今から本陣へ戻り築城作業に集中します、前線の維持をお任せしても?」
「構わんぞ」
「このまま俺の兵を預けます、何かあれば報せて下さい」
「任せておけ、斉藤軍が立て直す前に出来る限り作業を進めてくれ」
「勿論です!」
藤吉郎と勝家はお互いに鼓舞し合うと、テキパキと次の行動に移る。
その様子をぼんやりと眺めていた五郎が自分はどうしようかなと考えていると。
「五郎さん! 五郎さんってば!」
「うひゃい!」
「驚いていないで、戻りますよ!」
「あ、ああ……」
藤吉郎に急かされた五郎は長康達に指示を出すと藤吉郎と供に本陣へと向かう。
その間に藤吉郎は五郎に今後の予定を説明した。
先程の挟撃で兵を失った斉藤軍が再編成するのに時間が掛かるはず、その間に一気に作業を進めるつもりのようだ。
その為、勝家に預けた兵以外は全て作業に割り当てるらしい。
つまり五郎も築城作業に加勢する事になるのだろう。
「肉体労働か……俺の体力持つのかな……」
「そんなに心配しなくても、五郎さんには基本的に指示を出して貰いますから」
「そ、そう? 何だか皆に悪い気が……」
「そんなに気になるなら、五郎さんもします?」
「いやっ! 皆の作業が円滑に進むようしっかり指示を伝えようかなっ!」
「あ、あはは」
五郎が全力で拒否したので苦笑する藤吉郎だった。
唯でさえ体力に自信がないのだ、半日持つかも怪しい。
「よしっ! 頑張るぞ!」
気合を入れた五郎は苦笑する藤吉郎と供に本陣へと歩を進めたのであった。




