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第八十七章~偵察~

「準備はいいですか?」

「うん」

「じゃ、行きますか」

「急ごう」


重治に食事をご馳走になった後、藤吉郎に合流した五郎は話し合いの結果、朝から出発する事にしたのである。

一応ちゃんとした土産も買ったが、あまり時間を掛けれなかったので大した物は買えなかった。

重治はそこまでは気づいていなかったが、丹羽長秀として信長に仕えてる事がばれたら捕まる事は間違いない。

彼の話を信じれば、今ならまだ怪しまれずこの町を出発出来るはずだ。


「もっとゆっくり居たかったな……」

「仕方ありませんよ」


「はぁ……」

「まぁまぁ、信長様が美濃を支配下に置く事が出来れば、いつでも来れますよ」

「……そうだね」


肩を落とす五郎を見て藤吉郎が声を掛けていると、突然五郎は顔を上げた。

それから藤吉郎に難しい顔をして尋ねる。


「ねぇ、藤吉郎」

「はい?」

「稲葉山城の城門だけ、見てもいい?」

「……怪しまれたら捕まりますよ?」

「大丈夫、遠くから確認したいんだ」

「それならいいですが」

「稲葉山城は相当固い城だと聞いてるから、少しでも見ておきたいんだ」

「なるほど、町から見上げるだけでしたからね、分かりました」


藤吉郎は五郎に頷くと、稲葉山の城門へ向かう事にした。


「それにしても、あんな所にお城があるなんて……自分の目で見ると攻め難いのが分かるね」

「ええ、城門を突破しないと容易には近づけません」

「城門かぁ」

「見たら分かると思いますが、城門を抜けても厄介なんですよこれが」

「そうなの?」

「まぁ、直接見たら分かると思いますよ」


暫く話しながら歩いていると、藤吉郎が立ち止まって五郎に注意を促す。

五郎は藤吉郎に従って怪しまれないように身なりを整えると、指示された方向へ視線を向けた。

門番らしい兵士が二人ほど立っている場所に城門が見える。

門の奥は見えないが、その周囲は木々が立ち並んでいる。


「あれが?」

「そうです、見て分かるでしょう?」

「……城門の周りは動き辛そうだね」

「ええ、何せ山の上にありますし、この城門以外はこの雑木林を突っ切る必要があります」

「逆に隠れて……」

「いくら木々に隠れても、見張り櫓からは見るかる可能性があります」

「う、う~ん」

「もし夜に潜入しようとしても、軽装じゃないと忍び込むのは無理でしょう」


藤吉郎の言う事も尤もだ、仮に軽装だとしても忍び込む事が出来るか怪しいものである。

それに、あんな雑木林を重い甲冑や武器を持った状態で突破するのは確かに困難だろう。

やはり城門を押さえなければ攻略するのは難しい、だが城門は思ったよりも小さいが固そうだ。


「信長様が出城を築かないと駄目だと仰る理由が分かったかも」

「ええ、そう簡単には落とせないと考えれば、出来る限りこの稲葉山城に近い拠点を築かなければ戦力を消耗するだけでしょう」

「墨俣か……勝家さん、大丈夫かな」

「柴田様なら心配いらないでしょう」

「だといいけど……」

「さて、行きましょうか。あまりうろうろしてると、怪しまれます」

「そうだね、そうしよ……っ!?」


五郎は慌てて藤吉郎を引っ張ってその場を離れる、城門が見えなくなるまで距離を取ると五郎は額の汗を拭って息を吐いた。

藤吉郎は突然の行動に驚いているようだ、五郎は周囲を確認してから藤吉郎に耳打ちする。


「城門から出てきたんだよ、重虎さんが」

「……よく気づきましたね」

「見たことがある着物だったからね」

「いつまでもここで話していると目立ちます、戻って清洲へ発ちましょう」

「うん」


来た道を用心深く戻ると、見慣れた町並みが見えてくる。

五郎は藤吉郎と頷き会うとさっさと町から出ることにした。

最後に稲葉山城を見上げると、二人は井之口から姿を消した。




その頃、重治は屋敷で重虎の帰りを待っていた。

昨日はなんとなく町に出掛けたお陰で五郎と会う事が出来たが、今日はのんびりと家で過ごしていたのだ。

重虎は朝から自分の代わりに登城している、あの飛騨守に絡まれていないか心配だが大人しくしておくように釘を刺されているので動けない。

ああ見えて約束を破ると怖いのだ、怒らせるのは得策ではない。


「だが、暇だ」


龍興が当主になってから、斉藤家の結束は綻びそうな気配が漂っている。

それも当然だろう、あの主君は飛騨守の様な男ばかりを重用した挙句に代々斉藤家に仕えてきた重臣達を嫌って遠ざけているのだ。

自分も本来は登城して評定等に加わっていた、龍興が気にいらない意見も斉藤家の……美濃国の為にと思って申していたが。


「全く聞き入れて下さらないのではな」


嫌そうな顔をして自分の意見を跳ね除けるだけではなく、窮地になってから『なんとかせよ』と丸投げされるのだ、困ったものである。

こうして自分の代わりに重虎が登城して情報を得られているのは、重虎が龍興が重用している飛騨守に気に入られているからだ。


「頭が痛いのは、龍興様が遊び耽っている事だが」


幾ら稲葉山城が堅牢といえど、このままでは織田に攻め落とされますと進言しても意味がない。

遊興に耽る龍興にとって難攻不落の『稲葉山城』に居る限り織田に負ける筈が無いと思っている節があるからだ。

それに比べて織田の動きは着々と進んでいると聞く、今も墨俣で怪しい動きを見せているようだ。


「それにしても、重虎はまだ帰ってこないのか」


そろそろ帰ってきてもいい頃合だが、もしかして飛騨守に引き止められているのではないだろうか。


「…………ふむ」


暫く悩んだ重治は部屋から出ると、屋敷の正門へと歩き始める。

正門を抜けて稲葉山城へと向きを変えた時、目の前から歩いてくる重虎を見つけて声を掛けた。


「重虎!」

「あら、兄上……どうなさったのです?」

「お前が遅いから、迎えに行こうと思ってな」

「もう、心配性なんですから」

「心配に決まっているだろう!」

「ほら、屋敷に戻りますよ」

「む、むぅ……」

「ふふふ」


重虎に背中を押されて屋敷に戻されると、重治は大人しく部屋へと足を運ぶ。

暫く部屋でぼんやりと外を眺めていたのだが、重虎がお茶とお菓子を持って入ってきた。


「兄上、どうぞ」

「すまない」


二人はお茶を啜りながらのんびりしていたが、重虎が何かを思い出した様に口を開いた。


「そういえば兄上、五郎様らしき方が稲葉山城の城門に居ました」

「……間違いなかったのか?」

「ええ、私の姿を見て慌てたように何処かへ……一体何をなさっていたのでしょうか」

「さてねぇ」


そういえば重虎にあの二人の事を教えておこうと思っていたが忘れていた。

しかし、まだ残っていたとは……もし重虎に教えていたら騒ぎになっていたかもしれない。


「……運が良かったですね、五郎殿」

「? 兄上?」

「何でもない、きっと稲葉山城を見たくてうろうろしていたんだろう、そこまで珍しい事ではないし」

「そうですね、それに……もしかしたら私の勘違いかもしれません」

「それより重虎、稲葉殿や安藤殿の様子はどうだった?」

「……龍興様に何度も諫言されておりましたが、お変わりなく」

「やはり同じか」

「兄上、このままでは家臣の皆様が離散してしまいます……!」

「せめて私達の意見を聞き入れて下さればいいが、それも叶わないのならば打つ手も無い」

「代々斉藤家を支えてきた日比野殿や長井殿を失い、このまま安藤殿を始めとする重臣の方々を失っては美濃は……」

「……」

「兄上……」

「遠からず動く必要がある、それまでは耐えるしかない」

「……」

「出来れば、荒っぽい事はしたくないが……」


重治は溜息をついて空を見上げると、少しづつ暗雲が井之口を包み込んでいる。

この天気では雨が降るのも時間の問題だろう、まるで斉藤家……そして自分の行末を暗示しているような気がしてすっきりしないまま部屋に戻るのであった。

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